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国史百景(13): アバダンの日章旗(下)
~ 出光「日章丸」の帰還

 イギリスの圧力をものともせずにイラン石油を持ち帰った出光は、日本国民を奮い立たせた。
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■1.「紀伊国屋文左衛門と言われたが、とんでもないことです」

 昭和28(1953)年4月、アバダンに日本船らしきタンカーが入港したという報道が次々となされ、やがて出光興産の「日章丸」と断定された。佐三はもう隠す必要はないと、記者会見に臨んだ。

「日章丸はアバダンに安着いたしました。イランの国有石油会社から石油を買い付けて、目下積荷中です」と佐三が語ると、記者団はどっと沸き、質問が相次いだ。英国に拿捕される心配はないのか、トラブルは生じないのか。佐三は一つひとつ丁寧に答えていく。

 最後に記者の一人が質問した。「現代の紀伊国屋文左衛門のご感想を聞きたい」 元禄時代、嵐で江戸への航路が閉ざされてミカンの値段が暴騰していた時に、紀伊国屋文左衛門は嵐をものともせず江戸にミカンを運んで巨利を得た。その故事になぞらえた質問だった。佐三はきっとなって答えた。

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 紀伊国屋文左衛門と言われたが、とんでもないことです。思い違いも甚だしいと言うべきでしょう。諸君は私が一出光のために、これを決行したと考えておられるのでしょうか。
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 会見場がしーんとなった。


■2.「広い大道」を行くような「ごく自然な歩み」

 佐三は続けた。

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 断じて違います。私はそんなちっぽけな目的のために、日章丸と50余名の乗組員の貴重な生命を危険にさらすようなことはしません。・・・

 諸君はイラン石油の輸入を、突飛な離れ業のように思っておられるらしいが、そうではない。広い大道をゆっくりと歩いているような、ごく自然な歩みなのです。それは私が常日頃主張する人間尊重主義のドラマの一幕に過ぎません。[1,p218]
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 石油しか資源のないイランでは、AI社に石油を独占されて、80%もの国民が栄養失調になるほど苦しんでいる。かたや日本では経済発展しようにも、国際石油資本から高い石油を買わざるを得ない。

 イランから直接石油を買い付けて日本に運ぶことは、真に両国民の幸福を考えたら、「広い大道」を行くような「ごく自然な歩み」である。それが佐三の言う人間尊重主義であった。

 それをあたかも「突飛な離れ業」のように見なすのは、欧米石油資本の独占を当たり前のように考えているからだろう。イランの国民から石油を買い叩き、日本には高い値段で売る。それは利益尊重主義であって、人間尊重主義ではない。

 しかし、英政府は「AI社の利益保護のため、あらゆる手段を取る用意がある」と関係各方面に伝えた。日章丸は果たして、イランの石油を日本にまで運ぶことができるのか。世界が固唾を呑んで成り行きを見つめていた。


■3.英霊の御加護か

 日章丸は2昼夜と5時間かけて、ガソリンを一杯に積み込んだ。ガソリンの重さで、船底と河底は1mもない状態になった。ここで座礁しては世界の物笑いになりかねない。福田二等機関士は、こう証言している。

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 間もなくズシンという音がして(JOG注:浅瀬に乗り上げ)、一瞬船体がぐらついた。やっと浅瀬を乗り切ると、ディーゼルエンジンを冷却している船底弁に土砂がつまり、シリンダーの温度が上がった。そのため一時停止して、掃除し、次の瀬を乗り切った。炎暑の機関室で死闘が繰り広げられた。[1,p222]
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 ペルシャ湾に出ると、英国艦隊のアンテナにかからぬように、一切の交信を断って、全速力で航行した。インド洋を横切ると、往路で使ったマラッカ海峡では拿捕される可能性が高いので、スマトラとジャワの間のスンダ海峡を通った。

 ところが、ここには浅い海底に、戦時中に撃沈された日本の輸送船の残骸がたくさん横たわっている。それらに触れたら座礁である。目の良い乗組員を選んで夜通し見張りをさせた。

 朝起きてみると、後方に沈没した日本船のマストが二本突き出ていた。日章丸はその真ん中を通ってきたのである。皆ぎょっとした。出光を応援する英霊の御加護か。


■4.全面対決の始まり

 日章丸が東シナ海を航海している頃、英国のロバーツ駐日公使が外務省を訪れ、厳重な抗議をした。「出光興産の行動はイラン石油に関する英国の法的措置を破るものであり、黙視できない」 いよいよ外交問題となってきた。

 佐三はAI社が東京地裁に日章丸に積んできた石油製品の差し押さえを請求してくるだろうと読んだ。石油製品を船に積んだ状態で差し押さえられたら、日章丸は身動きできなくなる。裁判の前に積み荷の陸揚げを完了しなければならない。

 佐三は考えた。裁判所は日曜日は休みである。土曜日に港について、日曜日にかけて陸揚げしてしまえばよい。日章丸に「5月9日(土曜日)正午、川崎港に帰着せよ。午後より陸揚げの予定」と暗号電報を打った。

 さらに東京と横浜の地裁には上申書を提出して、「AI社が提訴してきても、同社の言い分を聞いて差し押さえの裁定を出さないようにしてほしい。こちらの言い分も聞いて欲しい」と訴えた。これでAI社が差し押さえの請求をしても、両社の口頭弁論によって、土曜日中には結論を出せず、日曜日の休廷に持ち込める。

 呉に駐屯している英国の残留軍が飛行機を飛ばし、土佐沖を航行している日章丸を確認した。AI社はこの情報をもとに、5月6日、東京地裁に対して積み荷の「処分禁止の仮処分の申請」を出した。

 7日、出光は記者会見を開き、「イラン石油の買い入れは国際的にも国内的にも公正な取引であり、英国政府の関与すべき筋合いではない」と発表した。国内の自動車業界6団体は「イラン石油輸入を積極的に支持する」と宣言した。

 東京地裁は日章丸の仮処分をどうすべきかの公判を9日に開くと決定した。出光の読み通りである。対決が始まった。


■5.「俯仰(ふぎょう)天地に愧(は)じない行為を以って」

 9日(土)正午、日章丸は川崎港に入ってきた。「日章丸、バンザイ」の声が港に満ちた。新聞記者たちが小舟で押し寄せてくる。新田船長はインタビューもそこそこに、陸揚げ作業を始めた。

 裁判は同日、昼過ぎから東京地裁で開かれた。AI側弁護士は、イランの石油国有化が無効であることから説き始め、したがって日章丸の積載する石油製品はAI社の所有であり、それを確定する本訴の前に出光が石油を処分しないよう、譲渡その他一切の処分行為を禁止する仮処分命令を出されたい、と主張した。

 AI社側のデベッカー弁護士は、こう要請した。「日章丸はいま川崎に着き、積み荷の本件石油を陸揚げしつつある。出光はこの石油をどこまで移動させるのか分からないので、そのまま船を刺し押さえて欲しい」

 出光側の弁護士は「出光興産は石油を移動させることはしない。陸上のタンクに揚げたら、そのままにしておく」と断言した。しかし、デベッカーは「出光社長は何をするか信じられない」と追求した。

 来村裁判長は傍聴席に視線を移した。「それではいま、出光社長が法廷に来ておられますので、ご当人から証言をとったら良いと思います。出光社長、どうぞ」

 鎮まり返った法廷の中で、佐三は立ち上がり、証言席に立った。面を上げ、きっぱりとした口調で語った。

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 この問題は国際紛争を起こしておりますが、私としては日本国民の一人として、俯仰(ふぎょう)天地に愧(は)じない行為を以って終始することを、裁判長にお誓いいたします。[1.p229]
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 廷内に感嘆の声が漏れた。「結構です」と裁判長は結んだ。敗戦国の卑屈さなど微塵も感じさせない堂々としたやりとりだった。


■6.「私は出光興産ガンバレと叫ばずにはおられない」

 出光のとった行動は、当時の日本国民を奮い立たせた。ある主婦は次のような手紙を出光に送った。

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 私は今度貴社のイラン石油買い付けの記事を拝見して、誠に一日本人として感激してしまいました。敗戦以来、男も女もただ卑屈としか思われぬほど、・・・余りにも情けない現状に悲憤を感じていました矢先に、日本にも男らしい社長さんがおられたということは一大発見で、この方の元に働く方々の幸福がうらやまれます。

 英国の訴えなど物の数ではないような強い信念と、国民をして安い石油で国のために増産させてくださろうという愛情こそ、こんどの壮挙となったのであります。只々ありがとう存じます。国民みな貴社の勝利を祈っております。[1,p231]
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 毎日新聞には、次のような高校生からの投書が掲載された。

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 イラン国民の大部分が惨めな生活をしているのは、同国から出た石油をアングロ・イラニアン会社が占有していたからではないか。大体、この占有ということが不自然なのだ。

こんど出光興産の日彰丸が積み込んできたイラン石油の事をいかに考えているのだろうか。ただ自分の国が栄えさえすれば、他民族のことなどは、どうなってもかまわないいと考えているのだろうか。私は出光興産ガンバレと叫ばずにはおられない。[1,p231]
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 出光の行動は、敗戦に萎縮していた日本国民に「大国民の態度」と、「堂々と再建設に進まなければならぬ」大道を思い出させたのであった。


■7.裁判官と外務省の矜持

 裁判はわずか3週間で決着した。北村裁判長は主文を読み上げた。「本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする」

 廷内にどよめきが起き、拍手が沸き起こった。AI社側は控訴するなど粘ったが、最終的には訴えを取り下げた。後で分かったことだが、イギリスは敗戦国日本を属国のように思っていたので、裁判には勝たないまでも負けることはないだろうと思っていたそうだが、北村裁判官はそういう事を許す人物ではなかった。

 外務省は英国のロバーツ公使を招いて次のような正式回答を渡した。イランからの石油を買…

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