日本とトルコの友情秘話
トルコが親日国だということはよく知られています。しかしその理由として私が知っていたのは「日露戦争で日本が世界の大国、ロシアを打ち破ったから」
ということでした。トルコにとってロシアは最大の脅威だったので、その脅威を日本が取り除いてくれたということです。それも間違いではないのですが、実はもう一つ、ある歴史的事実が原因にあったのです。このことを私は知りませんでした。それは日露戦争からさらに10年以上前の明治23年(1890年)9月16日に起きた海難事故でした。
トルコと日本の100年の時空を超えた友情の物語『エルトゥールル号の奇蹟』(PHP文芸文庫・920円)を読みました。著者は秋月達郎さんです。小説ですが史実を踏まえた歴史小説です。明治23年、トルコの軍艦エルトゥールル号が難破し、艦長を初めとする219名が死亡、行方不明者が362名という大惨事となりました。当時、日本とトルコの間には国交がありませんでしたがわずかな生存者を官民挙げて助け、明治天皇は軍艦を出して生存者をトルコに送り届けるという決断をされました。日本人は(私も含めて)このことをほとんど知りませんが、トルコでは親から子へ、子から孫へと語り継がれ「いつか必ず、日本人にトルコは恩返しをしなければならない」という認識を多くの人が共有していたのです。
この物語は昭和60年(1985年)、イラン・イラク戦争のただ中のイランの首都、テヘランから始まります。イラクのサダム・フセイン大統領が「首都テヘランを含むイラン上空を飛ぶすべての国の航空機は3月19日20時半を期して無差別に撃墜する」と宣言します。テヘランに住む外国人は一刻も早くイランを脱出しようと空港に殺到しますが、日本の航空会社はイランとの直行便から既に撤退していました。日本政府は邦人救出を試みますが、自衛隊機を出すことはできず、民間航空会社も組合の反対などで、結局飛行機を出すことが出来ません。期限とされた時間が刻一刻と迫る中、テヘランに取り残された日本人の間に絶望感が漂います・・・
今も国会で「海外の邦人救出のために自衛隊を出すかどうか」という議論を相変わらず延々とやっていますが、そこで行なわれているのは「自衛官の安全をいかに保証するのか」という驚くべき議論です。危険な場所だからこそ軍隊が行くのに、その軍隊の安全が保証されなければならない? 意味不明です。
これもすべて「自衛隊は軍隊ではない」という外国人には絶対に通用しない前提
があるからです。それにしてもなぜ過去の事例にわが国は学べないのでしょうか? 憲法の制約があるのなら、なぜ憲法を変えないのでしょうか? いろいろ考えさせられる一冊です。
