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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成27年(2015)4月4日(土曜日)
通巻第4506号
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中国主導の「ニカラグア運河」は2019年に完成する筈がない
中南米に今後十年間で2500億ドルを投資するという大風呂敷に似て
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中国の「無謀」というより「発狂的な」海外投資の典型は対ベネズエラに行われた。
反米政治家だったチャベス大統領の中国べた褒め路線にのっかって、中国は450億ドルをベネズエラ一国だけに投資した。
担保はベネズエラが生産する石油であり、昨今は一日60万バーレルを輸入する。基本的ルールとは、幕末維新の日本が英米独露から押しつけられた不平等条約の中味を思い出すと良い。つまりカネを貸す見返りが関税だったように中国は猛烈に石油を確保して、その前払いを利息先取りを含めて行っているのである。
将来のディスカウントを貸し付け利息に算定して計算しているわけだから、原油代金はおもいのほか安くなっている筈である。
パナマ運河をこえて、ベネズエラ石油は中国へ運ばれる。後述するようにニカラグア運河とパナマ運河拡張プロジェクトは、このベネズエラへののめり込み路線と直結するのである。
ともかくベネズエラは歳入の過半が石油輸出(輸出の96%)によるものである。ベネズエラ原油価格は1バーレル99ドル(13年)から、2015年四月現在、なんと1バーレル=38ドルに墜落したため、2015年は2013年の三分の一の歳入に落ち込むことは必定である。
ベネズエラはOPEC(石油輸出国機構)のメンバーでもあり、勝手な行動も許されずチャベルを引き継いだニコラス・マドゥロ大統領は悲鳴を上げて中国に助けを求める。
しかし中国はベネズエラ鉱区を買収し、投資しているが、石油市場の悪化により、これ以上の投資が出来ない。
2015年1月に急遽、訪中したマドゥス大統領は「中国開発銀行を通じて、200億ドルの融資に合意した」と北京で発表したが、実際に実行に移されたか、どうかは不明である。
「結果を見極めなければ判定ができない」というのは『井戸の中の竜』(DRAGONIN THE ROOM)を書いたボストン大学のケビン・ギャラガー教授である。
ベネズエラのみならず、中国は中南米全体で1000億ドルもの投資をしており、二位はエクアドル、三位がアルゼンチンと、いずれも社会主義路線をすすめる準独裁国家。チャーチルがいみじくも言ったように、「社会主義なんて、他人の懐がつきればおしまい」ということである。
エクアドルでは銅山開発を中国企業が行っている。環境汚染、農地取り上げに反対する先住民族が中国企業に抗議にでむいたところ、死体で発見される事件がおこり、鉱区では住民の反対運動が盛んである。
メキシコでも中国が売り込んだメキシコシティ → ケレタロ間210キロの新幹線プロジェクトが白紙に戻った。11月APECで北京に出発するときにメキシコ大統領が発表したのだ。
ブラジルへは主に鉄鉱石鉱区への投資だが、香港企業をふくめての直接投資は2005年から2011年までに170億ドル。またブラジルへは武漢製鉄、レノボ、グリーディ、華為技術、中興通訊(ZTE)信など錚々たる中国企業が軒を競うかのように進出している。
アルゼンチンへの中国投資は鉱山開発に加えて鉄道事業に集中しており、キルチネス大統領が訪中のおりには鉄道インフラ整備への投資の他、人口150万人のコルドバ市の地下鉄四本の実現に向けて投資協力などが謳われた。
▼こうみてくると、ニカラグア運河は本気かどうか怪しくなる
ここへ出てきたのがニカラグア運河建設という大プロジェクトである。パナマ運河の三倍強の長距離を東西に運河で結ぶ工事で、実際に2014年に着工された。
香港に設立された「香港ニカラグラ運河開発投資」(HKND)という会社が推進主体で工事に500億ドル、付帯して倉庫、工業団地など合計1000億ドルを投資して2019年開業を謳っている。
ところが、このニカラグラ運河も暗雲がただよい始めた。
ニカラグラ南部ノバス県では農地没収を懼れる住民らが立ち上げり「環境破壊反対」のデモを行った。
プラカードには「中国は出て行け」と大書されていた。
ニカラグアは人口600万人しかいないため、この運河プロジェクトで雇用が20万人も生まれると聞けば、政府は前向きになるだろう。
ところが、専門家の多くが「実現不可能」とみている。
いや中国自身、半信半疑なのかもしれない。それゆえに工事主体は中国政府ではなく、「香港ニカラグラ運河開発投資」というダミー会社(なぜかこの会社、香港という地名の冠をつかいながら本社登記は北京である)
中国はニカラグラ運河開発とは別にパナマ運河の拡張工事に乗り出しており、53億ドルを投じて、現在の二倍の規模に運河を拡大するとして、「いざニカラグア運河で失敗しても次の伏線を引いている」のである。
現在最大のコンテナ輸送でも5000コンテナ積載が上限、これを13000コンテナを積載できる「新パナマックス」を就航させるという。
そうなると、いまの輸送力三敗増を計ろうとしている。
2015年1月9日に北京で開催された「ラテンアメリカ、カリブ海共同体」(33ヶ国。CELACという)総会の席上、習近平は憮然として表情で、「中国は今後10年間に2500億ドルをラテンアメリカとカリブ海諸国に投資する」とぶち挙げた。
その天文学多岐な金額は眉唾で、いかにも大風呂敷が好きな中国の打ち上げ花火に終わるのであろう。
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◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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主知主義の傲慢が充満する朝日新聞社内に、こういう記者もいたんだ
朝日のブンヤという感性にすこしもジャーナリズム精神がない理由が分かった
永榮潔『ブンヤ暮らし三十六年 ――回想の朝日新聞』(草思社)
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まず有名人らの鼻持ちならない傲慢さが、行間からしみ出てくる。
司馬遼太郎とも小田実とも、実際に筆者の永栄氏は付き合って、その態度や会話の経過を淡々と叙しながら、読者に人物判定の判断をゆだねる。
だから直接に司馬遼太郎の大江健三郎も批判をしないという無言の批判、この筆法は端倪すべかざるものがある。
朝日嫌いの石原慎太郎のゲラの朱筆入りをとりに追いかけると、約束より早くゴルフを切り上げ、仲間と飲み歩いている場所に追いついた。そのときに見せた悪態。石原は朝日記者を殆ど人間扱いしていないが、筆者はそれに耐えて、ゲラに朱筆を入れて貰ったら、さすが仕上がりは一流作家のものだったとか、その場に居合わせたミッキー安川が慰めてくれたとか。でも、どうしてそこにミッキーさんがいたのかなぁ。
反対に小田実の原稿は自らの売り込みで7-8枚というのに60枚もFAXが来て、そのうえ中味が出鱈目でなっていなかったことなどさりげなく、嫌みもなく、社内でもボス交が蔓延り、先輩記者の強引な駆け引きの中、やはり特筆して傲慢不遜だったのが船橋洋一だったそうな。
この本、朝日新聞記者の「朝日社内風物詩」的な物語、しんみりと滋養があって、やけに面白い読み物だった。
驚くような描写は社内の新入生歓迎会の場で、入ったばかりの新人左翼が執拗に「天皇の戦争責任」を幹部につぎつぎと難詰する。四回も同じ質問をして会社幹部をうんざりさせた馬鹿がいた話も、さもありなんと思うが、「吉田証言」をめぐりインチキ報道の総括については筆者がすでに定年で朝日を去ったあとのことゆえ、社内事情が分かりかねる。
『月刊ASAHI』時代に「中国高官ディープスロート手記」が連載された。途中で担当となった筆者が、この作者に面会すると、中南海のインサイド情報だから、てっきり商社マンに頼んで直接原稿を運んでいたのかと問うと、「あれはわたしが書いているフィクションだ」と言うので、その場で連載を打ち切った。
朝日の論壇時評や書評に保守系の学者ブンカジンの著作が取り上げられることはまずないが、社内の空気たるや、「諸君」「正論」に書く人を知識人とは見ていないという一部の記者の幼稚性、左翼小児病的症状が蔓延っている雰囲気もよく分かる。
ところが筆者の永栄氏が雑誌編集長をつとめたメディアは積極的にこれらの人々、たとえば西尾幹二、小堀桂一郎、藤岡信勝氏らを登場させたところ、売れ行きが伸びたとか。
よくも悪くも傲慢な主知主義が充満している朝日新聞社内に、こういう記者もいたことを知ると、朝日新聞の記者等にはジャーナリズムの精神、信念が希薄であるという理由がよく分かった
おそらく朝日新聞が嫌いな人は、この本を読まないだろう。
げんに筆者がインタビューを申し込むと「朝日なんかに答えられるか、この馬鹿」と怒鳴った阿川弘之氏や、実名入りがぞろぞろ。奇妙なほど慇懃無礼だったのが瀬島龍三だったとか。
評者(宮崎)は、ところで大学三年間を『朝日新聞』を配り、集金し、拡張して大学へ通っていた。「日本で一番良い新聞」と信じて専売所に住み込み、三年かかって朝日が「日本で一番悪い新聞」だと悟った。
この精神遍歴の過程は拙著『保守の原点』(小川栄太郎氏との共著、海竜社)で詳述した。早稲田紛争で左翼が横暴に自治会を独裁し、内ゲバで殺し合い、共産主義の脅威を目の当たりにみていなければ、評者(宮崎)はひょっとして、いまごろ、この著者とおなじような朝日新聞回顧録などを書いていたかもしれない。そう考えた時だけはゾッと鳥肌が立った。
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1224回】
「糞穢壘々トシテ大道ニ狼藉タリ」(小室1)
『第一遊清記』(小室信介 明治十八年 自由燈出版局)
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思えば明治以来の日中関係は、「同文同種唇齒ノ國」×「怨みに報いるに徳を持ってす」×「日本人民も中国人民も同じく日本軍国主義者の被害者だ」によって大きくタガを嵌められ、身動きできなかったということだろう。
その果てが、「子々孫々にわたる日中友好」という見事なまでの“戦略言語”である。「英雄ブランド」の中国製ボロ万年筆と共に「子々孫々にわたる日中友好」が真顔で熱く語られていた時代を思い起こせば懐かしく、恥ずかしく、苦々しいばかり。だが日本人にとっての躓きの始まりは、やはり「同文同種唇齒ノ國」というインチキを盲信して(いや正確に表現するなら、「盲信させられて」)しまったことだろう。であればこそ、日本と日本人にとっての中国問題という本来の視点に立ち戻るためには、中国側からする一連のマインドコントロールを解く必要があるはずだ。//
