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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成27年(2015) 1月3日(土曜日)
通巻第4429号 <臨時特大号>
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ルーブルは対米ドルで41%下落、ロシアはインフレに襲われた
ロシア人は「国際ファンド筋の謀略」と分析し、制度の見直しを検討中
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ロシアで悪名高いのはジョージ・ソロスである。
通貨ルーブル暴落の背後に彼ら国際ファンドがいると推定有罪のロジックである。またロシアのメディアを読んでいると、金融取引の国境をなくし、通貨があらゆる国々の市場を徘徊するグローバル経済への警戒を一段と強めたことが分かる。
プラウダ(英文)の語彙は「グローバリスト」ではなく「トランスナショナル・エリート」という新語が登場している(筆者はロシア語が読めないので、これをロシア語で何というのか知らないが)。
このトランスナショナル・エリートたちが束になってルーブルの暴落を仕掛けてきたという論理展開で語られており、かれらファンド筋と「共闘」しているのがサウジ、UAEなどの産油国であるという。
以下、プラウダの分析によればこうだ。
エコノミスト等は原油価格の暴落を「需給関係、とりわけ中国など新興国の経済成長が緩慢となり需要が減ったが、産油国は増産している」。だから原油価格とガス価格は下落するが、サウジはこれによって第一に米国のシェールガス開発に歯止めをかけながら、これをバーターとしてイラン制裁を強めた。
産油国の第二の狙いは周辺のシーア派の影響力の削減にあり、究極の目的はイスラエルである。
ともかく原油下落はロシア経済を直撃するのであり、つきつめていけば米国の陰謀であり、これに加担したのがサウジ、UAEであるとする。
また米国議会もなぜかロン・ポールら少数派をのぞいてトランスナショナル・エリートの論理に振り回されており、そのグローバル・エコノミストらが陰でルーブル暴落を牽引したのだとするのがロシアの論理である。
「アラブの春」という突発的な珍現象で北アフリカ諸国に「民主化」が叫ばれたが、リビアは内戦が激化してカダフィ時代より治安は悪くなり、チュニジアは不安定となり、エジプトは軍事政権にもどった。
じつはサウジはエジプトの軍事政権に120億ドルを支援した。この額は米国の対エジプト支援の十倍であり、他方、イランはイラクとシリアの同盟者に(つまりシーア派組織に)毎月15億ドルを支援している。原油価格の下落はイラン経済をも撃ち、対シーア派支援に甚大な影響が出ている。
▼ネオリベラルを「トランスナショナル・エリート」と定義するロシアのメディア
ロシアは、こうしたネオリベラルともいえるトランスナショナル・エリートとの通貨戦争に突入したものの、ロシア中央銀行は効果的な政策発動ができない。
つまり現状に対抗策をとれないのだ。ロシア中銀は十二月に突然金利を6・5%上げたが、何の効果もなかった。
モスクワでは中央銀行への不満が高まっているが、ソ連崩壊後、急速に改変設立されたロシア中銀は、制度的に変動相場制をとり、為替の裏付けはドルの外貨準備高と金備蓄である。
したがってロシアは外貨準備を4990億ドルから4000億ドルに減らしたが対外債権もあり(米欧の経済制裁で凍結されている)、ロシア国富ファンドは820億ドル規模である。すなわち他の国の脆弱性と比べるとロシア通貨が暴落する理由は見あたらないという。
ただし、2014年だけで、1350億ドルがロシアから海外へ逃げた事実がある。またロシア経済、とりわけ国家財源の四分の三が原油とガスである。経済のブロック化、ユーラシアにおける独自の通貨圏構築による対欧米対抗などと言っても、時間は限られている。
かくしてプーチンに焦りの色が濃くなった。
ロシアの希望とは逆に原油価格はまだ下降方向にあり、サウジなど産油国に減産への方向性が見られない。
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◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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吉田松陰の先師は山鹿素行であり、徳川儒学に批判的だった
その教典を松下村塾で吉田松陰は熱心に塾生に解説し、注釈した記録、
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吉田松陰『武教全書講録』(全訳注 川口雅昭、K&Kプレス)
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吉田松陰が先師・山鹿素行の武士道を松下村塾と野山獄で熱心に説き起こし、武士道を綿々と講義した。
その記録が戦後初めて、しかも両者を併記し、懇切な現代語訳の注釈を松陰学の大家・川口雅昭教授が施した待望の書物である。
まずは吉田松陰の開講の辞がある。
「国恩の事に至りては、先師、萬世の俗儒外国を尊び我が国を賤しめる中に生まれ、独り卓然として異説を排し、上古神聖の道を究め、中朝事実を撰れたる深意を考えて知るべし」。
(いまも同じですね。欧米の学説の亜流が政治経済の主流をしめているんですから)。
素行は儒学を徹底的に批判したため、徳川幕府に睨まれ、赤穂藩に預けられる。後の、赤穂浪士の決起には山鹿思想が濃厚に流れていることは明白である。
『中朝事実』は山鹿素行の代表作のひとつ、尊皇攘夷の源流となる思想書である。
この『武教全書』のなかで山鹿素行は次のように言い残した。
「凡そ仕官の途は朝に出づる時は人に先づ、夕退くときは人に後る」
ともかく早起きして人より先に勤務に赴き、人より遅く退出せよと刻苦勉励を説く。
吉田松陰は、この先師の教えをさらに拡大し、そうした真剣勝負の日常こそが重要である年、浩然の気を養う大切さを説いて次のように言った。
「所謂浩然の気を養うの『公孫丑上篇』工夫なり。凡そ人は浩然の気なければ、才も智も用に立つ者にあらず。この気は血気客気に非ず、人の本心より靄然(あいぜん)として湧出し、如何なる大敵猛勢にも懼れず、小敵弱勢も侮らず、如何なる至難大難をも恐怖せず、宴安逸楽にも懈怠せず、確乎として守る所あり、奮然として励むところのある気、これなり」
山鹿素行の「燕居」の部分。
武士は「燕居休暇の日多きときは、則ち其の志怠たりて、家業を慎まず、殆ど禽獣に類す」
吉田松陰も時間を無駄に過ごす安逸な姿勢を嫌ってこう言った。
「武義を論ずるは固より書をひらいて購読することなり、然れども読書の弊最も多し。或いは異俗を慕い、或いは時勢に阿り、或いは浮華に走り、或いは文柔に流るるの類枚挙に堪えず」。
この『武教全書講録』は、これまで吉田松陰全集に入っていたが、戦後は抄訳しかなく、また吉田松陰がもっとも尊敬し『先師』とよんだ山鹿素行の著述を並列して比較しつつ読むと、そこには正気が宿るのである。
▼エコノミストへの苦言
吉田松陰は同『武教全書講録』の「与受」の項目で次のような節約的経済論を述べている。
「(財政は)英断を以てして浮議に移されず、寛裕にして急功を求めざるに非ざれば成就せぬなり。初年先ず俸銭施与賞賜等を総計して、一年中需要の金銀幾両と算し、本年適当の相場にて現米何石にあたると見積もり、大阪御運送米の内にて是を控え、大阪へは金銀を輸して事を了し、(中略)管理米多くして金少なく、大いに急迫して浮議起こすべし。なにほど浮議おこすとも構うことなし」云々。
これは鎖国状況下の限られた生産という枠があった時代の農本主義経済学の要諦にある節約、節約、節約。そして刻苦勉励の精神論に近いのだが、『武士は食わねど高楊枝』という道徳律の盛んなるときにあっても工夫を述べている箇所だ。
就中、松陰は、「余に剣呑の弁あり」と最初に断っているように、はなはだ危険な、喧嘩を売るような論理であることを百も承知で述べているのである。
その後幕末から維新、明治新政府にいたり、貿易が盛んとなって軽工業から重工業へ日本経済は飛躍する過程で、この議論は通用性を失うものの、この節約のなかに工夫を求めるという精神はいまも生きる。上杉鷹山、保科正之らの思想の流れにある。
評者(宮崎)は、ここまで読んできて、次の西郷隆盛の言葉を思い出した。
『南州翁遺訓』のなかで大西郷はこう言っている。
「租税を薄くして民を裕(ゆたか)にすれば、即ち国力を養成するなり。故に国家多端にして財用の足らざるを苦しむとも、租税の定制を確守し、上を損じて下を虐げぬもの也。能く古今の事跡をみよ。道の明らかならざる世にして、財用の不足を苦しむ時は、かならず局知小慧の俗吏を用い巧みにし聚斂(しゅうれん)して一時の欠乏に給するを、理財に長ぜる良臣となし、手段を以て過酷に民を虐げるゆえ、人民は苦悩に堪えかね、聚斂を逃れんと、自然きつ詐狡猾に趣き、上下互いに欺き、官民敵讐と成り、終に分崩離斥に至るにてあらずや」(猪飼隆明解説『南州翁遺訓』、角川ソフィア文庫)。
西郷は沖永良部に流されて獄中で日々衰弱していく中でも過去の経験から農民の苦境に同情し、国税を押しつける官吏のこざかしさを非難している。
都合の良い論理をまぶして経済政策を詐欺のように展開する官吏を「局知小慧」と比喩するあたり、西郷の面目躍如たる文章である。
現代人、とりわけ財務省官吏、体制御用のエコノミスト諸氏、これらの言葉をいかに聞くか?
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【知道中国 1179回】
――「我國萬世一統。所以冠萬國也」(日比野6)
「贅肬録」「没鼻筆語」(東方学術協会『文久二年上海日記』全国書房 昭和21年)
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丁髷と同じように、いや、それ以上に興味を持たれたのが日本刀だった。
ある日、友人宅に赴くと「刀子(コガタナ)ヲ出シ大ニホコリ云フ」には、これは日本の刀というもの。鋭さは如何、と。そこで日比野は笑いながら、「我國刀釼ノ利ナル萬國ニヒイヅ、兄シルトコロナリ」。以下に双方の遣り取りが綴られているが、その場の雰囲気を想像しつつ、翻案してみたい。
――「貴公の手にする刀子ごときは、紙を切り木を削るほどのナマクラものにして、敢えて利鈍を論ずるまでもないものでござる。我が腰のもの、これこそが真の日本刀と申さば、ひとたび鞘を払えば虎が吠え、如何な猛獣であろうが、斬り棄てるも思うが儘。貴国古代第一等の名刀と誉れ高い干将莫耶に勝ること数十等」。すると友人は不機嫌な様子。しばらくして、「この刀子、いくらアルカ」。そこで日比野は笑いながら、「日本刀なれば百金、あるいは千金に値するものしにて、貴公のそれは価値なしと申すしかなかろうて・・・」。いよいよ不機嫌になり、ならば刀を見せてくれ、と。//

