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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2014年12月26日 第1501号 )
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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目次
◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 490」
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◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 490」
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≪(承前)ドイツは裏鬼門にあたるガラパゴスを狙ったのです。
「パナマの軍事的コントロールをめぐるドイツの最後の画策がなされたのは一九〇八年のことであった。エクアドル政府からガラパゴス諸島を購入しようとしたのである。この島を支配すればパナマに太平洋側から入ろうとする船舶に睨みを利かすことができた。しかしこの計画も失敗に終わった。エリフールート国務長官の勇断でこれを阻止したのである」
パナマ運河開削工事がアメリカによって始まったのは一九〇四年のことでした。完成をみた一九一四年はヨーロッパ大陸で第一次世界大戦の火蓋が切られた年でした。
この工事にアメリカが要した費用の総計は三億五千万ドル(現在価値六十億ドル)にのぼっています。民間事業ではとうてい遂行できるような規模ではありません。工事で命を落とした者は五千六百を超えています。レセップス時代の工事の死者と合わせるとゆうに三万を超えたのです。
一九一九年七月二十五日、アメリカ太平洋艦隊に所属する戦艦「テキサス」がこの運河を利用しています。ハンプトンローズ港の出港が七月十九日、サンディエゴ港到着は八月六日。わずか二週間半の行程でした。アメリカは二正面作戦のジレンマから解放されたのです。この日を待ち望んでいたセオドアールーズペルトがこのニュースを聞くことはありませんでした。このちょうど七ヵ月前(一月六日)にこの世を去っていたのです≫
こうしてアメリカ合衆国の戦略上の念願事項であった「パナマ運河」は開通した。それにしても当時の費用で3億5千万ドルという出費である。レセップスが事業化に失敗したのは当然であったろう。
更にその“暴挙”のお蔭で、3万名余の工事関係者が命を落としている。戦略の要衝であるパナマ運河開設に要した費用と犠牲は、1950年6月に勃発した朝鮮戦争(~1953年7月)における米軍の死者数33,629人と、戦費の約60億ドル/年に匹敵する。つまり、朝鮮戦争規模の建設事業だったと言いかえられるであろう。
しかし、朝鮮戦争は破壊と犠牲をもたらしただけだったが、パナマ運河建設事業は、その後の米国の戦略を大いに助けることになったのだから、セオドア・ルーズベルトが生きて完成を見ていたら大喜びしたことだろう。
事実、一九一四年には、欧州大陸で第1次世界大戦がはじまっている。その5年後には、米戦艦「テキサス」が完成した運河を通って、ハンプトンローズ港からサンディエゴ港まで、わずか二週間半で到達している。これで米国は、長年の懸案事項であった「二正面作戦」のジレンマから解放されたのである。
ところでパナマ運河が開通したとしても、欧州の大国・ドイツにとって米国はさほどの脅威ではなかった。あくまでもドイツにとって当面の“敵”はイギリスだったのである。
そこでドイツ外交の主眼は、「いつか来るその日に備えた」ものであり、当面「ドイツ側についてくれる同盟国」を増やすことであった。
今わが国では、「集団的自衛権」問題でにぎにぎしいが、第1次世界大戦前夜の欧州の勢力図を考えてみれば、如何に「寝ぼけた議論」であるかがわかるであろう。
そしてドイツは、味方が出来ない場合は、「少なくともイギリス側に味方しない国を増やすこと」が重要だとして、敵味方の振り分けを行っている。
現在、日米の集団的自衛官行使に反対している“勢力”が、どのくらい過去の歴史、とりわけ大戦前後の外交について学んでいるのか、はなはだ疑わしいものである。
当時の日本は、日英同盟を鎹にしてイギリスの側に立っていた。渡辺氏は言う。
≪アメリカの立場はまだ微妙に感じられました。桂・タフト協定ですでに日英同盟のサイレントパートナーになっていることを知らないドイツにとって、アメリカは外交工作を仕掛けなければならない重要な大国でした。それにもかかわらず、ドイツの海外拡張政策は世界各地でアメリカの権益との衝突を招きました。
サモア、ペネズエラでの衝突はその典型的な事例でした。アメリカのパナマ運河建設にも横槍を入れましたが、それも失敗しています。アメリカとの良好な関係を築かなければならない時期に、アメリカと対立するという、ちぐはぐな外交を展開したのです≫
この時取ったドイツの外交を現在の集団的自衛権問題に揺れる?日本に当てはめてみると、我が国周辺のミリタリーバランスが急激に崩れつつある時、何よりも同盟国・米国との「良好な関係」を保たなければならない時に、米国との対立を煽る勢力に振り回される愚かな外交は取るべきではなかろう。少なくとも反日勢力国に味方する国を増やさぬ外交をすべきであり、その点では安倍首相の地球儀外交は理にかなっているとみるべきだろう。この当時のドイツの“ちぐはぐ外交”を真似てはなるまい。
≪一方、(ドイツの)宿敵のイギリスは長年にわたって保持してきたイギリスの海外利権を徐々に削ることでアメリカとの接近を図りました。アメリカのパナマ運河単独建設を禁じたクレイトン・ブルワー条約改訂に応じたのもそうした方針に沿ったものでした。日英同盟を通じてアメリカを間接的同盟関係に組み入れたのも同様の考えに基づくものでした。イギリスには対米交渉にあたって手持ちのカードが豊富にありました。早くから世界の覇者として君臨した大国イギリスの外交には余裕があったのです。後れてきた大国ドイツにはそうした外交ののりしろ部分はほとんどありませんでした。
ドイツはアルヘシラス会議で頼れる国はオーストリア・ハンガリー帝国しがないことを痛感させられました。そのオーストリア・ハンガリー帝国は、国内に民族問題を抱え安心できるパートナーではありません。ドイツ、オーストリアと同盟を結んでいるイタリアは会議ではフランスを支持し、またオーストリアとは領土問題を抱えていて、必ずしも信頼できるパートナーではありません。ドイツはこの危なっかしい二つの国だけが頼りでした≫
この様な国際力学について、極東の“小国”である我が国の外交力はとてもついていけなかったのではないか? 上流階級出身者で構成された当時のタキシードを着たわが外交官には、“敵の弱点を抉り出す”ため“山賊行為”を働くことなどできなかったろう。つまり人間に潜む“裏切り”を見抜く訓練が出来ていなかったに違いない。(元空将)
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パナマ運河開削工事がアメリカによって始まったのは一九〇四年のことでした。完成をみた一九一四年はヨーロッパ大陸で第一次世界大戦の火蓋が切られた年でした。
この工事にアメリカが要した費用の総計は三億五千万ドル(現在価値六十億ドル)にのぼっています。民間事業ではとうてい遂行できるような規模ではありません。工事で命を落とした者は五千六百を超えています。レセップス時代の工事の死者と合わせるとゆうに三万を超えたのです。
一九一九年七月二十五日、アメリカ太平洋艦隊に所属する戦艦「テキサス」がこの運河を利用しています。ハンプトンローズ港の出港が七月十九日、サンディエゴ港到着は八月六日。わずか二週間半の行程でした。アメリカは二正面作戦のジレンマから解放されたのです。この日を待ち望んでいたセオドアールーズペルトがこのニュースを聞くことはありませんでした。このちょうど七ヵ月前(一月六日)にこの世を去っていたのです≫
こうしてアメリカ合衆国の戦略上の念願事項であった「パナマ運河」は開通した。それにしても当時の費用で3億5千万ドルという出費である。レセップスが事業化に失敗したのは当然であったろう。
更にその“暴挙”のお蔭で、3万名余の工事関係者が命を落としている。戦略の要衝であるパナマ運河開設に要した費用と犠牲は、1950年6月に勃発した朝鮮戦争(~1953年7月)における米軍の死者数33,629人と、戦費の約60億ドル/年に匹敵する。つまり、朝鮮戦争規模の建設事業だったと言いかえられるであろう。
しかし、朝鮮戦争は破壊と犠牲をもたらしただけだったが、パナマ運河建設事業は、その後の米国の戦略を大いに助けることになったのだから、セオドア・ルーズベルトが生きて完成を見ていたら大喜びしたことだろう。
事実、一九一四年には、欧州大陸で第1次世界大戦がはじまっている。その5年後には、米戦艦「テキサス」が完成した運河を通って、ハンプトンローズ港からサンディエゴ港まで、わずか二週間半で到達している。これで米国は、長年の懸案事項であった「二正面作戦」のジレンマから解放されたのである。
ところでパナマ運河が開通したとしても、欧州の大国・ドイツにとって米国はさほどの脅威ではなかった。あくまでもドイツにとって当面の“敵”はイギリスだったのである。
そこでドイツ外交の主眼は、「いつか来るその日に備えた」ものであり、当面「ドイツ側についてくれる同盟国」を増やすことであった。
今わが国では、「集団的自衛権」問題でにぎにぎしいが、第1次世界大戦前夜の欧州の勢力図を考えてみれば、如何に「寝ぼけた議論」であるかがわかるであろう。
そしてドイツは、味方が出来ない場合は、「少なくともイギリス側に味方しない国を増やすこと」が重要だとして、敵味方の振り分けを行っている。
現在、日米の集団的自衛官行使に反対している“勢力”が、どのくらい過去の歴史、とりわけ大戦前後の外交について学んでいるのか、はなはだ疑わしいものである。
当時の日本は、日英同盟を鎹にしてイギリスの側に立っていた。渡辺氏は言う。
≪アメリカの立場はまだ微妙に感じられました。桂・タフト協定ですでに日英同盟のサイレントパートナーになっていることを知らないドイツにとって、アメリカは外交工作を仕掛けなければならない重要な大国でした。それにもかかわらず、ドイツの海外拡張政策は世界各地でアメリカの権益との衝突を招きました。
サモア、ペネズエラでの衝突はその典型的な事例でした。アメリカのパナマ運河建設にも横槍を入れましたが、それも失敗しています。アメリカとの良好な関係を築かなければならない時期に、アメリカと対立するという、ちぐはぐな外交を展開したのです≫
この時取ったドイツの外交を現在の集団的自衛権問題に揺れる?日本に当てはめてみると、我が国周辺のミリタリーバランスが急激に崩れつつある時、何よりも同盟国・米国との「良好な関係」を保たなければならない時に、米国との対立を煽る勢力に振り回される愚かな外交は取るべきではなかろう。少なくとも反日勢力国に味方する国を増やさぬ外交をすべきであり、その点では安倍首相の地球儀外交は理にかなっているとみるべきだろう。この当時のドイツの“ちぐはぐ外交”を真似てはなるまい。
≪一方、(ドイツの)宿敵のイギリスは長年にわたって保持してきたイギリスの海外利権を徐々に削ることでアメリカとの接近を図りました。アメリカのパナマ運河単独建設を禁じたクレイトン・ブルワー条約改訂に応じたのもそうした方針に沿ったものでした。日英同盟を通じてアメリカを間接的同盟関係に組み入れたのも同様の考えに基づくものでした。イギリスには対米交渉にあたって手持ちのカードが豊富にありました。早くから世界の覇者として君臨した大国イギリスの外交には余裕があったのです。後れてきた大国ドイツにはそうした外交ののりしろ部分はほとんどありませんでした。
ドイツはアルヘシラス会議で頼れる国はオーストリア・ハンガリー帝国しがないことを痛感させられました。そのオーストリア・ハンガリー帝国は、国内に民族問題を抱え安心できるパートナーではありません。ドイツ、オーストリアと同盟を結んでいるイタリアは会議ではフランスを支持し、またオーストリアとは領土問題を抱えていて、必ずしも信頼できるパートナーではありません。ドイツはこの危なっかしい二つの国だけが頼りでした≫
この様な国際力学について、極東の“小国”である我が国の外交力はとてもついていけなかったのではないか? 上流階級出身者で構成された当時のタキシードを着たわが外交官には、“敵の弱点を抉り出す”ため“山賊行為”を働くことなどできなかったろう。つまり人間に潜む“裏切り”を見抜く訓練が出来ていなかったに違いない。(元空将)
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