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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成26年(2014)12月21日(日曜日)
    通巻第4420号 
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 ロシアの混乱は長期化の様相
   ルーブル暴落にこんどは労働移民が大量にロシアから帰国
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 ロシアから大量の労働移民が帰国し始めた。
原油価格暴落によるルーブルの下落により賃金は40%もの下落となり(たとえば10万円の月給は対ドルレートで6万円に目減りした)、とりわけタジキスタンからの労働移民がロシアを去った。
あるいは2015年中にタジキスタンからの労働者の四分の一は「ほかの国で職業を見つけたい」としてロシアから去ることを考えているという。
英文『プラウダ』によれば、「最大の理由は労賃下落より言語の問題で、法改正により、労働移民にもロシア語の試験が義務づけられるからだ」と解説している(2014年12月20日)。

 久しく聞かなかった闇ドル屋も登場し、外貨両替のできる銀行には一刻も早い九ルーブル紙幣をドルに換えようと行列ができた。銀行預金の目減りを看過できないからである。

 オバマ政権は12月18日に「ウクライナ自由法」によりクリミアへの制裁強化を発表した。
カナダはいちはやく同様なロシア制裁措置をとったため、ロシアは反発を強め「農作物輸入禁止ばかりか、もっと強い報復的手段を執らざるを得ない」と言明した。

 ロシア外務省は「かりにもクリミアの住民投票によって民主的にクリミア併合が決まったのであり、この民主的手続きを無視する『民主国家』とは何者なのか」と反発を強めた。

 ラブロフ外相は「米国、カナダの制裁強化は今後、米ロ関係を長期に亘った悪化させるだろう」と暗い見通しを語った。
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 ●樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1173回】      
  ――「塵糞堆ク足ヲ踏ムニ處ナシ」(納富8)
   「上海雑記 草稿」(東方学術協会『文久二年上海日記』全国書房 昭和21年)

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ほどなく大平天国は幹部間の内紛が表面化し瓦解するわけだが、問題は清国である。納富は、国家運営の根幹である財政・軍事権を英仏など外国勢力に握られていることが、清国衰亡の根本原因だと看做す。

先ずは財政だが、「上海海關ノコトハ、英人コレヲ司リ、黄浦ニ入船ノ船税ヲ取納ムルナリ。ソノ故ヲ尋ヌルニ、二十年以前コノ地初メテ開港ヲナシ、萬國ノ商客ヲ集メ貿易ヲ盛ンニセシト雖ドモ、洋商清人ノ柔弱ナルヲ侮リ、ヤゝモスレバ制令ニ從ハズ不法ノ行ヒヲナセシヲ以テ、英人ヲ頼ミ海關ノ税ヲ納メシム。然ルニ先年天津ノ戰爭ニテ英軍ニ打負ケ、和約ノ爲メ莫大ノ償金ヲ出スニ決定ス。コレヨリソノ後ハ上海ノ税銀ヲモ償金トシテ年々英人ニ占取ラルゝ由」。

つまりこういうことだ。アヘン戦争に敗れた結果、清国は英国との間で南京条約を結ばされ、上海・寧波・福州・厦門・広州の南部沿海の主要5港の開港を余儀なくされた。かくて「萬國ノ商客」が蝟集し、上海はアジア最大の貿易港へと大変貌を遂げ、税関収入も莫大なものとなった。だが「洋商」は「柔弱ナル」清国役人などバカにして命令に従わない。密輸・脱税など日常茶飯事だったことだろう。そこで英国人に代行を依頼した。ところが都合が悪いことに、第2次アヘン戦争で清国は再び「英軍ニ打負ケ」てしまい、莫大な賠償金を支払わざるをえない。だが国家財政は火の車。そこで上海港で徴する莫大な税関収入を差し出す羽目に陥ってしまった。ということは、上海が賑わい貿易取引が増加したところで、清国の国家財政を潤すことはないわけだ。やはり戦争は負けたらダメです。

次は軍事。納富は「或ヒトノ話」から説き起こすが、この「或ヒト」は上海を「徘徊」することが大好きだった名倉かも知れない。その「或ヒト」が「徘徊」を終えて宿舎に戻ろうとしたが、刻限を過ぎていたので城門は閉じられ「往來ヲ絶ス」。ところが日本人であることを知った城門守備のフランス兵が、態々城門を開けてくれた。すると「土人等コレニ乗ジ通ラント」したが、ダメだった。ちょうどその時、清国役人が輿に乗ってやって来て、フランス兵の制止を振り切って城門を通過しようとしたのだが、「佛人怒リテ持チタル杖ニテ速撃シ、遂ニコレヲ退キ回ラシメ」たというのだ。清国人、ダメのことヨ~ッ。

日本人は特例。清国人は役人も含め、自らの国土に在りながら他国の兵士の指図を受けざるを得ない。当時、上海をぐるりと囲んだ城壁には7つの城門があり、それらを英仏2国の兵士が守備し、朝晩5時を刻限に開閉していた。かくて「嗚呼清國ノ衰弱コゝニ至ル、歎ズベキコトニアラズヤ」となる。

上海港の税収はそのまま英国女王陛下の懐を潤し、街の防衛・治安はイギリスとフランスに委ねたまま。これでは納富ならずとも「嗚呼清國ノ衰弱コゝニ至ル、歎ズベキコトニアラズヤ」といいたくもなろうというもの。だが、翻って考えるに、納富が21世紀初頭の日本に蘇えり、国内要所に点在する米軍基地を目にしたとして、肩をガックリと落としながら「嗚呼皇國ノ衰弱コゝニ至ル、歎ズベキコトニアラズヤ」と呟かないだろうか。

 西欧による籠絡の手法の1つにキリスト教の伝道を挙げる。「耶蘇堂」を築き、「愚民」に「先ズ多クノ金銀ヲ與へ」る。「故ニ愚民等ハ宗法ノ善惡ヲ論ゼズ」、キリスト教に靡いてしまう。また病院を建設して「愚民」に医療を施す。「藥劑等」も「上帝」からの施しであり、病気治癒もまた「上帝ノ救助シ玉フ」ところだと思い込ませる。かくて「ソノ教遂ニ天下ニ盛ンナリ」ということになって、民族精神は徐々に蝕まれるという仕組みだ。

財政権と防衛権は他国に握られ、精神は侵されるがまま。清国の惨状を目の当たりにした納富は、風雲急を告げる祖国に戻って行った・・・尊皇・佐幕・攘夷・開国。
《QED》
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)日本文化チャンネル桜からお知らせ。
番組名:闘論!倒論!討論!2014
テーマ:新年スペシャル討論「2015年 世界はどう展開するか?」
放送予定日:1月3日(土曜日)20:00~23:00
日本文化チャンネル桜(スカパー!528チャンネル)
インターネット放送So-TV(http://www.so-tv.jp/)
「YouTube」「ニコニコチャンネル」オフィシャルサイト
<< パネリスト:50音順敬称略 >>
加瀬英明(外交評論家)、高山正之(ジャーナリスト)、西部邁(評論家)
馬渕睦夫(元駐ウクライナ兼モルドバ大使)、宮崎正弘(作家・評論家)
室谷克実(評論家)、山口昌子(ジャーナリスト・前産経新聞パリ支局長)
司会:水島総(日本文化チャンネル桜 代表)



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(読者の声2)下記のアメリカ陸軍の公式文書は、1944年にビルマのミートキナにおいて米軍が捕虜にした韓国人慰安婦20名と民間業者2名の尋問調書であるが、当時の慰安所、慰安婦の実態に関するもっとも重要な資料の一つといえる。
なぜなら、これはうわさ話、あるいは後になってから集めた情報ではなく、現地で慰安婦本人の尋問に基づいた情報であるからである。もちろん、日本軍に対して敵対的な感情を持っていた米兵の尋問であり、予断に基づいた解釈も含まれていることは当然予想される。しかし、基本的には実態を反映した内容であるとみることができる。

この報告書の最も大事なポイントは、「序文」のところで「慰安婦は売春婦にすぎない」という明確な性格付けをしていること、「給与と生活条件」のところで実収入が、月平均750円(上等兵は月10円なのでその75倍)という超高収入であったと記録されていることである。
つまり、米軍は慰安婦を超高収入を稼ぐ売春婦、という認識をしていたのであり、「性奴隷」などとは全く考えていなかったのである。
 慰安婦の真実を知るため、そして海外の人達に理解させるために、極めて貴重な資料である。英文の案内は下記の通り。
US Office of War Information
UNITED STATES OFFICE OF WAR INFORMATION
Japanese Prisoner of War Interrogation Report No. 49

This official US record made by direct interrogation of comfort women captured on the battlefield is one of the most important source materials related to documenting the real comfort women.
In 1944, the United States Army captured some Comfort Women in Burma and were interrogated by the U.S. Army. The Army filed “Report Number 49” and it stated that the ladies were well-paid prostitutes.
It clearly defined a “comfort girl" as nothing more than a prostitute or "professional camp follower." (Preface) It also stated that their average month net pay was 750 Yen, which was 75 times higher than that of a private first class soldier’s pay of 10 Yen. (Pay and Living Condition)
These show that the comfort women were merely very highly paid prostitutes, and having absolutely nothing to do with “sexual slavery.”

*Whole copy of Report No.49:  http://www.sdh-fact.com/CL02_4/8_S1.pdf

 日本語訳全文:http://hassin.org/01/wp-content/uploads/No49.pdf
  (「実を世界に発信する会」事務局長 茂木弘道)


(宮崎正弘のコメント)有名な拉孟の闘い、ミートキナ攻防で彼女らも懸命に闘った。現場近くはまさに山の中、霧がかかり冷たい雨に震えながら付近を散策したことがあります。ミャンマー国境は、いまも武装ゲリラが出没する少数民族地帯で、ミャンマー政府軍と戦闘を継続中。中国側でも中国人民解放軍が機関銃をかかえて警備に当たっており、付近に、なんと「支那」という地名がありました。



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(読者の声3)南モンゴルの人権活動家、ハダ氏が釈放されたというニュースです。
http://lupm.org/japanese2/?p=719
(三浦生)//