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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成26年(2014)12月19日(金曜日)
    通巻第4419号 
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 ロシア、想定外の経済苦境だが西側へ衝撃的な対抗策を発表
  ルーブル下落をいう経済危機は「克服可能」と表明(プーチン大統領)
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 ロシアのプーチン大統領は12月18日、恒例の記者会見をおこない、「最悪のシナリオは、このルーブル安、原油下落という経済苦境を脱するのに二年かかる」とした。「しかしながら資本規制は見送る」。

 原油安はロシアばかりか米国を撃った。シェールガス開発が一気に挫折する展望となって、サウジアラビアの思惑は着々と図に乗っている。

 三月のクリミア併呑とウクライナ問題を契機に欧米はロシア制裁にでた。濾紙は農作物輸入を留めるなど対抗措置を講じた。
 ロシアに経済政策を継続する欧米には、一方でドイツのようにエネルギーをロシア依存する国があってEUの制裁強硬路線に反対する国もがあり、他方ではフランスのように武器取引を制限する国などとの温度差が顕著である。

 ブリスベンのG20で、プーチンは予定を切り上げて急遽帰国した「事件」があった。プーチンは前夜、ヒルトンホテルでメルケル独首相と六時間密室の会談をしており、ウクライナ問題を討議したが、その翌日だけに様々な憶測を呼んだ。
 メルケルは東独出身でロシア語が流ちょう、プーチンはKGB時代にドレスデンに滞在したためドイツ語が流ちょうである。

 プーチンが帰国後、ロシアは重大な路線変更を発表した。
 ロシアは原油とガスの輸送ルートを大幅に変更すると衝撃の発表だっただが、日本のマスコミでは話題となっていない。
不思議である。

 つまりウクライナ経由の対欧輸送ルートをトルコ経由とするのである。
EU諸国のなかでも、ロシアへのエネルギー依存度に濃淡があって、フランスから南欧にかけてはロシアとは貿易額もエネルギー依存度も低いから衝撃は薄いが、このロシアの路線変更に狼狽した国々がある。

 ▼ユーラシアの新しいグレートゲームが始まった

 こうしたプーチン大統領の西側接近外交から東へ向きを変えるという外交路線の変更はピョートル大帝以来のロシアの基本姿勢の変更にいたるか、どうか。ともかくG20から帰国後のプーチンは中国寄りをさらに鮮明にし、その上でトルコに急接近した。また先週はインドを訪問している。

 「ノーザンストリーム」(北海からドイツへのルート)はそのままだが、「サウザンストリーム」(黒海からルーマニアを経由して欧州へ輸出)をトルクメニスタン、アゼルバイジャンからトルコを経由してバルカンで分岐させ、オーストリア、イタリアなどへの輸出ルートに変更する。
このための投資は50億ドル。半分をガスプロムが負担するとした。

従来の「サウザンストリーム」は黒海からブルガリアを経由する計画だったため「通過料」を失うブルガリアは欧州議会に対ロ制裁を解くよう強く抗議した。

最大の裨益者はトルコである。
しかもトルコはイラン原油がイラクを経由してシリアに運ばれる輸送ルートの建設に反対し、カタールのガスをイラクからシリア経由トルコへ運ぶルートを提案していた。
小誌はトルコのイスラム回帰と脱欧州の動きに注目してきたが、欧米マスコミで悪評高いエルドアン大統領は「勇士連合」に加わったもののISIL対峙には消極的であり、むしろオスマントルコ帝国復活の夢を描いてきた。

 2015年の展望は経済危機が続行され通貨戦争が再発することになるだろう。

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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1172回】         
  ――「塵糞堆ク足ヲ踏ムニ處ナシ」(納富7)
   「上海雑記 草稿」(東方学術協会『文久二年上海日記』全国書房 昭和21年)

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 「既ニ歸リ去ラントスルトキニハ、盤上ニ餘リシ菓子ナドヲ盗ミ、或ハ殘酒ヲ取ツテ飲ムモアリ。實ニ犬猫ニ異ラズ」。浅ましいばかりだ。貧すれば鈍し、鈍すれば貧す。小説家の城山三郎が三井物産社長、国鉄総裁などを務めた石田禮助の評伝の書名を『粗にして野だが卑ではない』としたが、それを借りて表現するなら、納富の目に映った上海の下っ端役人の姿は「粗にして野であり卑が過ぎる」といったところだろう。

 加えるに武器はハリボテ状態でナマクラそのもの。兵士を眺めるに、「ソノ殆ンド狐狸ノ行裝ノゴトシト。官府ノ困窮コレヲ以テ知ルベキナリ」。語るに落ちたとは、こういう状態を指すに違いない。

 下っ端とはいえ役人の惨状は、そのまま民間にも及ぶ。その最たるものがアヘンだ。
 「清人云フ、鴉片烟ソノ味ヒ甚ダ美ナリ。然レドモソノ害ノ甚シキハ人命ニ及ブ」。だが気持ちが爽快でなく、或いは体調が優れない時、アヘンを吸えば「精神頓ニ明發ス」から、吸わないわけにはいかない。だがアヘンは「コレヲ吃スレバ一月ニシテ?必ズ生ズ」。ならば厳禁すべきものを、いや自ら避けるべきであろうに。

 千歳丸が雇った水路案内人は30歳ばかり。英語もできて収入も多いらしい。中牟田が尋ねると、父母妻子なし。博打もしないし、「女色飲酒ニモフケル」様子も見られない。「多クノ大金ヲ得テソノ衣服ダモ完タカラズ。永ク貧窶ノ體ナルヤ」と中牟田。すると、「我他事ヲ欲セズ、嗜ムトコロハ唯阿片煙ノミナリ。故ニ得ルトコロノ金多シト雖ドモ、コレガ爲ニ不足ナリト云フ」のであった。ここまで聞いても誰もが信じない。アヘンの値段が高いといっても、財布がスッカラカンになるほどのことはないだろう、というわけだ。

 すると「須臾ニシテコノ者我輩ノ所ニ來リ、美ナル箱ヨリ阿片烟ノ具ヲ出シ、平臥シテコレヲ吃スルコト凡ソ半刻。皆コレヲ奇トシ傍ニ依テ見物ス。然ルニソノ烟座ニ滿チソノ臭モ亦惡ムベシ」。面白そうに眺めていたが、アヘン煙が放つ悪習に一同は我慢が出来なくなった。そこで「コレヲ静止スレドモ更ニ耳ニ通ゼズ。眸?蕩ケテ眠ルガゴトクナリケレバ、ソノ久シクシテ過チアランコトヲ恐レ」た。おそらく中牟田が怒りを露わに刀の柄に手を掛け、「キサマ、黙っておけばいい気になりおって」とでも大声で怒鳴ったに違いない。水路案内人は「アハタゞシクソノ具ヲ収メ出デサリヌ」。もはや処置ナシ、である。

 かねて納富は、清朝の「官軍?々敗レヲ取ル」原因は、戦場でもアヘンを吸うからだ。眸?蕩ケテ眠ルガゴトクナリケレバ」、敵軍の接近も判らない。予め定まった吸引時間になれば、戦闘を中断してしまう、と聞いていたが半信半疑だった。ところが「今コノ者ノナスヲ見テ」、やっと納得できたという。かくて「憐レムベク又戒ムべキニアラズヤ」と。

 太平天国は当初は明朝の再興を掲げ破竹の勢いであった。だが時の経過と共に勢いは失せ、「現今ニハ専ラ天主教ヲ奉ジ愚民ヲ服セシメ、不從者ハコレヲ誅殺シ賊徒ヲ集メ駿夫ヲ捕ヘコレヲ兵勇ニ充テ、タゞ亂暴狼藉ヲナスノミト云ヘリ。コレ全ク賊中ノ將戰死シ或ハ降シヨリ、法令モ自ラ邪道ニ墜チタルナリ」。当初は異民族である満州族の清朝を撃ち倒し、漢民族の明朝を再興しようなどと“大義”を掲げていたが、今では邪教の天主教を前面に押し出し、かき集めた愚民を俄か兵士に仕立てる体たらく。指揮官は戦死し、あるいは投降し、もはや乱暴狼藉の限りを尽くす盗人夜盗の集団に成り果ててしまった。

 にもかかわらず「尚逆勢ノ中國ニ隆ンナルハ、タゞコレ清朝ノ衰弱シテ暴臣政ヲ取ルヲ以テナリ。若シ一旦コレヲ改メ仁政ヲ四海ニ施サバ、從令兵革ヲ動カサズトモ賊匪ノ亡ビンコト掌ヲ指スガゴトクナラン」と。だが最早、清朝に「仁政」を求めるのはムリ。
 というわけで、清朝も太平天国も共に・・・「ダメよ~ダメダメ」、でござるのう。
《QED》

(ひいずみかつお氏は愛知大学教授。華僑と京劇研究の第一人者。このコラムは小誌に独占的に連載されております)。
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)このアメリカ陸軍の公式文書は、1944年にビルマのミートキナにおいて米軍が捕虜にした韓国人慰安婦20名と民間業者2名の尋問調書であるが、当時の慰安所、慰安婦の実態に関するもっとも重要な資料の一つといえる。
なぜなら、これはうわさ話、あるいは後になってから集めた情報ではなく、現地で慰安婦本人の尋問に基づいた情報であるからである。もちろん、日本軍に対して敵対的な感情を持っていた米兵の尋問であり、予断に基づいた解釈も含まれていることは当然予想される。しかし、基本的には実態を反映した内容であるとみることができる。

この報告書の最も大事なポイントは、「序文」のところで「慰安婦は売春婦にすぎない」という明確な性格付けをしていること、「給与と生活条件」のところで実収入が、月平均750円(上等兵は月10円なのでその75倍)という超高収入であったと記録されていることである。
つまり、米軍は慰安婦を超高収入を稼ぐ売春婦、という認識をしていたのであり、「性奴隷」などとは全く考えていなかったのである。
 慰安婦の真実を知るため、そして海外の人達に理解させるために、極めて貴重な資料である。英文の案内は下記の通り。
US Office of War Information
UNITED STATES OFFICE OF WAR INFORMATION
Japanese Prisoner of War Interrogation Report No. 49

This official US record made by direct interrogation of comfort women captured on the battlefield is one of the most important source materials related to documenting the real comfort women.
In 1944, the United States Army captured some Comfort Women in Burma and were interrogated by the U.S. Army. The Army filed “Report Number 49” and it stated that the ladies were well-paid prostitutes.
It clearly defined a "comfort girl" as nothing more than a prostitute or "professional camp follower." (Preface) It also stated that their average month net pay was 750 Yen, which was 75 times higher than that of a private first class soldier’s pay of 10 Yen. (Pay and Living Condition)
These show that the comfort women were merely very highly paid prostitutes, and having absolutely nothing to do with “sexual slavery.”

*Whole copy of Report No.49:  http://www.sdh-fact.com/CL02_4/8_S1.pdf

 日本語訳全文:http://hassin.org/01/wp-content/uploads/No49.pdf
  (「実を世界に発信する会」事務局長 茂木弘道)//