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■第1286話 朴正煕の涙、クネの悔し涙(前編)

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 ニュースによれば、2018(平成30)年に韓国・江原道平昌で開催予定の第23回冬季オリンピックについて、競技の一部を日本で開催するという案が浮上しました。

 財政難のツケを日本に押しつける魂胆かも知れません。

 我々としては、頼まれても応じる義理はありません。

 それを感じ取ったのでしょう。

 平昌組織委員会の広報局長は6日、「既にリュージュとボブスレー、スケルトンの施設の工事を始めており、日本との分散開催は検討もしていない」と語りました。

 「それなら、頑張ってください」と口だけの応援をしましょう。


 今回は以下のメールマガジンに掲載された内容の転載です。

  メイル・マガジン「頂門の一針」3506号 2014(平成26)年12月4日(金)

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朴正煕の涙、クネの悔し涙
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平井修一


 世界日報11/27が「青瓦台ゲート事件」の火をつけた韓国版世界日報(セゲイルボ)のコラム「朴正煕の涙」を紹介している。


<愛国歌(韓国の国歌)が始まると、瞳に浮かんだ涙がいつの間にか滝のように流れ落ちた。

 鉱夫も泣き、大統領も泣いた。

 講堂の中はたちまち涙の海と化した。

 1964年12月10日、朴正煕大統領がドイツのハンボルン炭鉱を訪ねた時のことだ。

 講堂には作業服を着た韓国人の鉱夫と韓服姿の看護婦たちで満席だった。

 鉱夫たちの顔と服には黒い石炭の粉がこびり付いていた。

 二十歳余りの看護婦たちは貧しい家族の生計を立てるため、異邦人の死体を拭くことも厭(いと)わなかった。


 朴大統領は彼らの前で、「私たちは一生懸命、働こう。子孫たちのために一生懸命、働こう。一生懸命、働こう」と叫んだ。

 涙で喉が詰まった大統領は、この言葉だけを繰り返した。


 幼い看護婦たちは陸英修大統領夫人の前に押し寄せて「オモニ(母さん)! オモニ!」と言って泣きながら、襟がちぎれるほど陸夫人の服をつかんでしがみついた。

 夫人は母親のように彼女たち一人ひとりを抱き締めた。


 鉱夫たちは西ドイツの大統領の前で、床に両手をついてお辞儀をして懇請した。

 「どうか、韓国に援助してください。どんなことでもやります」


 朴大統領の西独訪問は“涙の外交”だった。

 大統領はエルハルト首相に「資金をちょっと貸してほしい」と何度も頼み込んだ。

 あまりにも涙を流すので、西独首相が「ニヒット・ヴァイネン(泣かないでください)」と言ったほどだ。


 当時、貧しい東方の国にさっと巨額の金を貸してくれる国はどこにもなかった。

 西独に派遣された鉱夫と看護婦の月給を担保にして、やっと1億4000万マルク借りることができた。

 この資金で韓国は“ライン川の奇跡”を 漢江に植え付けた。


 ちょうど半世紀かかった。

 来月(12月)10日、涙のその日にハンボルン炭鉱でつつましやかな記念式が開かれる。

 行事には当時の派独鉱夫・看護婦と朴寛用・元国会議長などが参加する。

 歴史の現場であることを知らせる 表示版も立てられるという>

(以上)


(後編へ続く)


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■ 歴史好きの素人が語る歴史(第1286話)(2014年12月08日号)

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