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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2014年12月4日 第1499号 )

              
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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注:富岡 幸一郎(とみおか こういちろう、1957年 - )日本の文芸評論家。関東学院大学文学部比較文化学科教授、鎌倉文学館館長。雑誌『表現者』代表編集委員
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目次
◎佐藤守   「大東亜戦争の真実を求めて 486」
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◎佐藤守   「大東亜戦争の真実を求めて 486」
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≪(承前)キューバ沖で予想されるスペイン艦隊との決戦にどうしても必要であった最新鋭戦艦「オレゴン」は米西戦争開戦前には、サンフランシスコ海域に配備されていました。「オレゴン」はサンフランシスコの造船所で建造され、太平洋艦隊に配属されていたのです。スペインとの戦いが不可避の情勢を受けてサンフランシスコを出港した「オレゴン」がフロリダに到着したのは、出港からすでに二ヵ月以上が経った五月二十四日のことでした。アメリカの宣戦布告(一八九八年四月二十五日)からも一月も過ぎていたのです≫

この戦艦「オレゴン」の行動が、当時の米国海軍の弱点を非常によく表している。

日露開戦に当たって、東洋に向かったロシアのバルチック艦隊を迎え撃つために、わが連合艦隊が憂慮したのは、日本列島の南、すなわち太平洋側を通るかそれとも直接対馬海峡に向かうのか、という判断であった。

両海域を封鎖するに足りる海軍戦力が当時のわが国にはなかったからである。

≪「パナマ運河建設への世論の関心が高まったきっかけは米西戦争であった。戦争勃発当時サンフランシスコにいた戦艦『オレゴン』はキューバに向かっていた。マゼラン海峡を通りキューバを目指す『オレゴン』の動静は逐一メディアによって報じられた。運河ができていればその航海は四千マイルであったが、(マゼラン海峡経由では)さらに八千マイルの航海を余儀なくされたのだった。それは日数に直せば二十日以上のロスであった。この事件によって運河が必要か否かの議論から、運河開削ルートを早急に決め、工事をいつから始めるべきかの議論に移ったのだった」

 マッキンレー大統領の暗殺を受けて大統領に上がったルーズベルトは、アメリカ主導の運河建設の最大の障害であったイギリスとの条約(クレイトン・ブルワー条約)を破棄させることに成功します(一九〇一年十一月)。

この条約は英米いずれかの国による運河の排他的建設と利用を禁じたものでした。およそ五十年前に結ばれたこの条約はアメリカの自由な行動を拘束し続けていたのです。

 半世紀前には圧倒的な海軍力を持ち、アメリカ外交に強い影響力を持っていたイギリスもヨーロッパ大陸のドイツやロシアの台頭でアメリカとの融和が欠かせなくなっていました。ましてや南アフリカの戦い(ボーア戦争、一八九九~一九〇二)でイギリスの国力は著しく削がれていた時期です。アメリカ単独で運河開削事業を遂行するという強い意思に抵抗する力はもはやありませんでした≫

この様な国際情勢を我が国周辺情勢に当てはめて考えれば、新たに台頭した中国という“脅威”と、国力が衰退しつつある同盟国米国の影響が想像できるであろう。そして我が国がとらねばならない「防衛戦略」に欠かせないものが『集団的自衛権行使』という、ごく当たり前の条件の確立であることもわかるであろう。

≪単独事業を容認する新しい条約(ヘイ・ポンセフォート条約)をイギリスとの間で成立させると、ルーズベルト政権はパナマを領有するコロンビアとの交渉に入っています。この交渉はスムーズに進んでいます。一九〇二年秋には条約原案が成立し、両国議会の批准を待つばかりになったのです。全長五十三マイル、幅六キロメートルにわたる運河建設権限のアメリカヘの譲渡は、コロンビア政府への一千万ドルの支払いと年間二十五万ドルの貸借料が条件でした。もちろん運河建設のルートはレセップスープロジェクトに沿ったものでしたから、その残余資産を引き継いでいる新パナマ運河会社との資産買取交渉はアメリカ政府が別個に行う必要がありました。ところが、イギリスとの条約改定もコロンビア政府との交渉も順調に進めてきたルーズベルト政権にとって想定外の事態が起きてしまうのです。コロンビア議会がいっこうに条約を批准しようとせず、一九〇三年八月十二日には、条約案そのものを拒否した上に千五百万ドルの追加要求を決めてしまうのです。ルーズベルトはコロンビ
アの態度に激高しています≫

 これに倣えば、流動的アジア情勢に対処すべきわが国の国策も浮かんでくる。まず、南西方面(尖閣)、次いで本州南部に広がる広大な海域の警備能力の強化である。

勿論、日米条約の信頼性を高めることは言うまでもない。対コロンビアのように“激昂されない”ためでもある。

≪「ボゴタ(コロンビアの首都)にいる姑息な野郎ども(jackrabbits in Bogota)に文明のハイウェイとなる運河の建設を止めるようなことをさせてはならない」

「議会がこの条約を批准しないのであれば、パナマ州はコロンビアから独立するであろう」コロンビア上院の批准拒否を受けたルーズベルト大統領には四つの選択肢がありました。第一はコロンビアヘの外交工作を継続し、コロンビア議会の軟化を期待する。第二はパナマールートと同時に検討されていたニカラグア湖を利用したルート(ニカラグア・ルート)に変更する。第三は今後の対策については米国議会に委ねる。そして四つ目はコロンビアの要求に屈せずパナマ・ルートを確保する方法でした。ルーズベルトは第四の方策を選択しました。

 一九〇三年十月の半ば、マヌエル・グエレーロがニューヨークの港を南に向かって旅立っていきました。この初代パナマ共和国大統領になる人物を追うようにして、同じ港をアメリカ海軍砲艦「ナッシュビル」(千三百七十一トン)が出港していきました。ワシントンからパナマの港町コロンの沖合いを遊弋する「ナッシュビル」に、「革命は始まったか?」の問い合わせの電信が入ったのは十一月三日のことでした。「まだである」と返信されたその三時間後、コロンの町に叛乱が始まったのでした。その先頭に立ったのは私設消防隊のメンバーでした。新パナマ運河会社が彼らを雇って騒がせたのです≫

この“戦略”こそアメリカが得意とする戦法であり、やがて真珠湾、キューバ、トンキン湾…などに適用されていくのだが、日本人は気が付いていなかった。(元空将)

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