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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成26年(2014)12月3日(水曜日)
通巻第4411号
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馬英九への挽歌
台湾政治はカオス、はやくも次の総統選に国民の関心は移行した
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11月29日に投開票が行われた台湾の統一地方選挙は与党国民党の劇的な大惨敗となって、馬英九総統は国民党主席辞任に追い込まれた。
これは表層雪崩とみてよい。野党・民進党は敵失という幸運に恵まれ、望外の大勝利となった。
すでに敗北結果がでた時点で江宣樺首相らが辞任表明、内閣総辞職となり、党も幹事長以下殆どが引責辞任を表明した。この事態は台湾政府中枢と、与党中央執行部が空洞化したことを意味する。
そして。
台湾政治の焦点は2016年初頭に予定される次の総統選に移った。国民党も民進党も2016年総統選挙に臨む正式候補者はまだ未定だ。同時に立法委員(国会議員)選挙も開催されるので大熱戦となるのは必定である。
国民党がこの不利な状況を挽回するためには最高のエースを出して総統選挙に臨むしか道がない。他方、こうした状況であっても政権をとれないのであれば、民進党は国民から見放される危機に直面するだろう。
民進党はなんといっても今回の大勝利を主導した蔡英文主席が最有力候補であるが、彼女の党内基盤は盤石ではなく、裕福な家庭で生まれた彼女は出世コース一直線でエリート意識が強いため周りの意見を聞かないうえ、自派がない。
となれば党内から「もっと若くて精悍なイメージのある総統候補」として名前が挙がるのは台南市長の頼清徳である。
すでに謝長挺と蘇貞昌は不出馬を表明しており、ベテランで残るのは新北市で朱立倫にあと一歩まで迫った遊錫コン(上に「方」ふたつならべ下が「土」)がいるが、派閥力学的には党内をまとめきれないだろう。党は綱領にある「台湾独立」を凍結しており、党内四大派閥のなかで、この遊錫コンしか、独立姿勢を鮮明にしている政治家がいない。
▼ダークホウス、若手の動き
ダークホースは新しく台中市長となった林佳龍だ。
なにしろ林はベテラン政治家、胡志強を大差で破ったのである。林佳龍は台中の環状線と東西線を組み合わせる「大台中の日の出、幸福の山手線」をスローガンにするなど話題も多い。ちなみに林は現職国会議員のため近く補選がおこなわれる。天安門の指導者で台湾に亡命したウアルカイシがすぐに立候補を表明した。
国民党は未曾有の混戦に陥っており、最有力候補は新北市市長の朱立倫、ついで台北前市長の赫龍斌と副総統だった呉敦義とされる。世論調査では朱立倫が大幅にリードしている。また呉敦義は選挙大敗の責任を取らされ圏外に去ったうえ、赫龍斌は台北駅前の再開発事業を巡るスキャンダルを抱えており、出馬の可能性が薄くなった。
党長老の連戦は息子の連勝文が台北市長で無名の医師に惨敗し、また名誉主席の呉伯雄も息子が桃園市長でまさかの敗北となり、これで国民党内での発言権は著しく後退する。
となれば、本省人で馬英九最大のライバル=王金平の影響力がいやおうにも増してくるだろう。
ともかく国民党党内の内ゲバが凄く、キングメーカーが不在である。
したがって連戦や王金平、呉伯雄の各派閥が候補者一本化で妥協できないだろう。まして馬英九が党主席をやめたので、次の総統選のキングマーカーになれないばかりか立法委員の公認にも関与できない。つまり死に体(レイムダック)になる。
こうみてくると2016年に民進党に政権奪回の可能性は高い。
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1164回】
――「入唐シ玉フハ室町氏以来希有ノ?・・・豈一大愉快ナラスヤ」(名倉11)
名倉予何人「支那見聞録」(『幕末明治中国見聞録集成』ゆまに書房 平成九年)
△
名倉は「余カ同行ノ士中牟田倉之助」の言動を伝えている。同行者中、特に名前を挙げて記しているのは高杉と名倉の2人のみ。それだけ2人とは親しかったと思える。
中牟田倉之助(天保8=1837年~大正5=1916年)とは、後の大日本帝国海軍大将で子爵。最終ポストは海軍軍令部長。金丸家から中牟田家の養子に。20歳の安政3(1856)年に佐賀藩主・鍋島直正の推薦で長崎海軍伝習所へ。三重津海軍所を経て戊辰戦争に。函館戦争に参加した後、慶應義塾で英学を学ぶ。おそらく三重津海軍所時代に千歳丸に乗船したものと思われる。千歳丸出航時の長崎で流行していた麻疹に、中牟田も高杉も罹ってしまった。だが外国行きという千載一遇の好機を逃すまいと、両人は無理を押して乗船する。
高杉が英語の使い手と評している通り、中牟田は英語を使って上海在住の英国軍人と接触し、様々な情報の入手に努める。それらを名倉が書き記しているが、当時の日本にとっては余ほど貴重な情報であると同時に、その貴重な情報が「同行ノ士」の間で共有されていたということだろう。以下は「支那見聞録」に残る中牟田の言動だ。なお中牟田は「上海行日記」を遺しているが、入手次第、「支那見聞録」の内容と比較してみたい。
中牟田が英国の「陸軍ノ将ステユーリイニ逢テ火器ノ談ニ及」んだ際、同将軍は、英国陸軍では従来から使用していた「ミ子ー銃」を廃して「インホルトライフル」を採用することになった。だが陣形やら戦法に変化はない――と語ると同時に、「支那ニテハ現今ニモ古へノ銃砲ヲ用ヒ又弓ヲモ時アリテ之ヲ用ル」が、これは単なる飾りに過ぎないと笑っていたそうだ。
中牟田の話から、名倉は次のように考えた。確かに英国将軍のいうように、銃器から軍艦に至るまで兵器全般にわたって西洋を真似てもいいだろう。だが「気節ヲ失フ」ことは断じて罷りならん。用兵法については「西法ヲ傚傚フヘカラス」と。つまり戦争遂行上のハードである兵器は高性能なら西洋から輸入しても構わないが、やはり戦場での要諦であるソフト面の「気節」や用兵法に関しては断固として西洋のマネをしてはならない。民族独自のそれがあってしかるべきだ、と。
某日、中牟田が英軍砲台の見学結果を報告する。
英軍は製作者に因んで「アルムストロング」と名付けられた「精巧ヲ極ム」る6門の「新奇ノ大砲」を「上海ニ齎シ来レリ」。未だ外国には秘密になっているが、「英人等倉之助ノ為メニ其砲ノ放発手續キヲモ見セシメタ」とのこと。さぞや中牟田は興奮してしゃべったことだろう。想像するに、たとえば、こんな風に。
――見たこともないような新奇なアルムストロング砲からは12ポンドの砲弾が速射されるのじゃ。いやはや、拙者、甚く胆を冷やし申したぞ。斯様な新式大砲を放発された暁には、我らが腰間の利刀といえども、最早これは叶い申さんぞ。英虜なぞと蔑み申さず、ここは虚心坦懐に学ぶに如かずではござらんか。これからは断固として佐久間象山先生の説かれる和魂洋才でいかずばなるまいぞ、のう、御同輩――口角泡を飛ばしたかどうかは判らないが、上海の宿舎の一隅で名倉ら「同行ノ士」の輪に中で、興奮して語る中牟田の姿が目に浮かぶようだ。高杉も、十中八九は同席していたことだろう。
かくて名倉は「本朝ノ人トテモ頑固ニ?西虜ヲ悪ムノ餘リ」に彼らの製造した武器すらも「厭フモノアリ」。そういった人は大抵が「義気アリテ死ヲ鴻毛ヨリ軽ンスル」もの。一方、「西虜ヲ称誇」して止まない輩は「本朝ニアリナカラ本朝ヲ尚フノ意モ無シ」。どちらも頼りにはならない。ならばこそ「頑固ナルヲノミ悪キト云へカラズ」。だが、ともかくも「人々自ラ思慮?義気ヲ不失」、彼らの「長ヲ取テ我ガ短ヲ補フベキ?勿論ナリ」と。
《QED》
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)ラジオ日本からお知らせです。5日(金曜日)午後12時30分からの番組「マット安川のずばり勝負」に宮崎さんが生出演されます。宮崎先生の出番は1245頃から1357頃まで、です。
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(読者の声2)いつも有益な情報をいち早くご提供くださいましてありがとうございます。
通巻第4410号の「読者の声2」で「ST生様」が言及されている本は、ひょっとすると劉震雲の『温故一九四二』でしょうか。
http://amzn.to/1HT5fay
もしそうでしたら、すでに一度映画化されているようです。ただ、中国で作られているので内容は都合良く脚色されているようですが。
http://bit.ly/1y73ej9
別の本のことでしたらご放念ください。
(IM子)
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(読者の声3)日本でもシェンノート氏と未亡人を顕彰するよい方法を考えました。ISIS等のテロ組織に外国から参加することを「シェンノート現象」と呼ぶことにします。
またISISを「イスラム国」と呼ぶことはイスラム教徒に対する誹謗であり非常に無礼なことである考えます。「反イスラム国」と呼ぶことを提案します。
東京に「天安門記念館」を作るには時間がかかりますが、以上の提案は即実行できます。
(ST生、千葉)
(宮崎正弘のコメント)シェンノートは、志願したかたちですが、蒋介石からも莫大な報酬をえていたようですし、中国人の夫人は「くの一」だったろうと推測できます。
「志願」を名乗ったアメリカのパイロットは、ほぼ全員が米軍兵士だった。法外な報酬につられて雲南省へやってきた懸賞金目当てのあばずれ男だった側面もなきにしもあらずでしょう。ですから、あの戦争の初期段階も宣戦布告なしの、しかし実際は「日米戦争」だったのです。
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(読者の声4)第143回「士気の会」は、公益財団法人「世界平和研究所」主任研究員の藤和彦先生「シェール革命の正体~ロシアの天然ガスが日本を救う~我が国が目指すべきエネルギー戦略とは何か」を下記のとおり開催いたしますので、是非お越し下さい。
藤 和彦先生講演会 「シェール革命の正体」~ロシアの天然ガスが日本を救う~ 我が国が目指すべきエネルギー戦略とは何か」
平成26年12月13日(土)18時10分~20時30分
懇親会21時~23時頃
港勤労福祉会館 勤労会議室 (交通:JR山手線 田町駅西口 徒歩5分、地下鉄浅草線、三田線 三田駅 A7出口徒歩1分)
申込:12月12日23時(懇親会は12月11日23時)までに以下メールアドレスに講演会及び懇親会の参加の有無を明記の上で申し込みください。
jimu@shikinotsudoi.sakura.ne.jp
講演会料金(当日受付時にお支払いください)
一般事前申込:1500円、学生事前申込:1000円、高校生以下無料
当日申込:2000円
懇親会料金(当日受付時にお支払いください) 一般事前申込3500円、学生事前申込3000円(一般当日申込4000円、学生当日申込3500円)//
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平成26年(2014)12月3日(水曜日)
通巻第4411号
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馬英九への挽歌
台湾政治はカオス、はやくも次の総統選に国民の関心は移行した
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11月29日に投開票が行われた台湾の統一地方選挙は与党国民党の劇的な大惨敗となって、馬英九総統は国民党主席辞任に追い込まれた。
これは表層雪崩とみてよい。野党・民進党は敵失という幸運に恵まれ、望外の大勝利となった。
すでに敗北結果がでた時点で江宣樺首相らが辞任表明、内閣総辞職となり、党も幹事長以下殆どが引責辞任を表明した。この事態は台湾政府中枢と、与党中央執行部が空洞化したことを意味する。
そして。
台湾政治の焦点は2016年初頭に予定される次の総統選に移った。国民党も民進党も2016年総統選挙に臨む正式候補者はまだ未定だ。同時に立法委員(国会議員)選挙も開催されるので大熱戦となるのは必定である。
国民党がこの不利な状況を挽回するためには最高のエースを出して総統選挙に臨むしか道がない。他方、こうした状況であっても政権をとれないのであれば、民進党は国民から見放される危機に直面するだろう。
民進党はなんといっても今回の大勝利を主導した蔡英文主席が最有力候補であるが、彼女の党内基盤は盤石ではなく、裕福な家庭で生まれた彼女は出世コース一直線でエリート意識が強いため周りの意見を聞かないうえ、自派がない。
となれば党内から「もっと若くて精悍なイメージのある総統候補」として名前が挙がるのは台南市長の頼清徳である。
すでに謝長挺と蘇貞昌は不出馬を表明しており、ベテランで残るのは新北市で朱立倫にあと一歩まで迫った遊錫コン(上に「方」ふたつならべ下が「土」)がいるが、派閥力学的には党内をまとめきれないだろう。党は綱領にある「台湾独立」を凍結しており、党内四大派閥のなかで、この遊錫コンしか、独立姿勢を鮮明にしている政治家がいない。
▼ダークホウス、若手の動き
ダークホースは新しく台中市長となった林佳龍だ。
なにしろ林はベテラン政治家、胡志強を大差で破ったのである。林佳龍は台中の環状線と東西線を組み合わせる「大台中の日の出、幸福の山手線」をスローガンにするなど話題も多い。ちなみに林は現職国会議員のため近く補選がおこなわれる。天安門の指導者で台湾に亡命したウアルカイシがすぐに立候補を表明した。
国民党は未曾有の混戦に陥っており、最有力候補は新北市市長の朱立倫、ついで台北前市長の赫龍斌と副総統だった呉敦義とされる。世論調査では朱立倫が大幅にリードしている。また呉敦義は選挙大敗の責任を取らされ圏外に去ったうえ、赫龍斌は台北駅前の再開発事業を巡るスキャンダルを抱えており、出馬の可能性が薄くなった。
党長老の連戦は息子の連勝文が台北市長で無名の医師に惨敗し、また名誉主席の呉伯雄も息子が桃園市長でまさかの敗北となり、これで国民党内での発言権は著しく後退する。
となれば、本省人で馬英九最大のライバル=王金平の影響力がいやおうにも増してくるだろう。
ともかく国民党党内の内ゲバが凄く、キングメーカーが不在である。
したがって連戦や王金平、呉伯雄の各派閥が候補者一本化で妥協できないだろう。まして馬英九が党主席をやめたので、次の総統選のキングマーカーになれないばかりか立法委員の公認にも関与できない。つまり死に体(レイムダック)になる。
こうみてくると2016年に民進党に政権奪回の可能性は高い。
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――「入唐シ玉フハ室町氏以来希有ノ?・・・豈一大愉快ナラスヤ」(名倉11)
名倉予何人「支那見聞録」(『幕末明治中国見聞録集成』ゆまに書房 平成九年)
△
名倉は「余カ同行ノ士中牟田倉之助」の言動を伝えている。同行者中、特に名前を挙げて記しているのは高杉と名倉の2人のみ。それだけ2人とは親しかったと思える。
中牟田倉之助(天保8=1837年~大正5=1916年)とは、後の大日本帝国海軍大将で子爵。最終ポストは海軍軍令部長。金丸家から中牟田家の養子に。20歳の安政3(1856)年に佐賀藩主・鍋島直正の推薦で長崎海軍伝習所へ。三重津海軍所を経て戊辰戦争に。函館戦争に参加した後、慶應義塾で英学を学ぶ。おそらく三重津海軍所時代に千歳丸に乗船したものと思われる。千歳丸出航時の長崎で流行していた麻疹に、中牟田も高杉も罹ってしまった。だが外国行きという千載一遇の好機を逃すまいと、両人は無理を押して乗船する。
高杉が英語の使い手と評している通り、中牟田は英語を使って上海在住の英国軍人と接触し、様々な情報の入手に努める。それらを名倉が書き記しているが、当時の日本にとっては余ほど貴重な情報であると同時に、その貴重な情報が「同行ノ士」の間で共有されていたということだろう。以下は「支那見聞録」に残る中牟田の言動だ。なお中牟田は「上海行日記」を遺しているが、入手次第、「支那見聞録」の内容と比較してみたい。
中牟田が英国の「陸軍ノ将ステユーリイニ逢テ火器ノ談ニ及」んだ際、同将軍は、英国陸軍では従来から使用していた「ミ子ー銃」を廃して「インホルトライフル」を採用することになった。だが陣形やら戦法に変化はない――と語ると同時に、「支那ニテハ現今ニモ古へノ銃砲ヲ用ヒ又弓ヲモ時アリテ之ヲ用ル」が、これは単なる飾りに過ぎないと笑っていたそうだ。
中牟田の話から、名倉は次のように考えた。確かに英国将軍のいうように、銃器から軍艦に至るまで兵器全般にわたって西洋を真似てもいいだろう。だが「気節ヲ失フ」ことは断じて罷りならん。用兵法については「西法ヲ傚傚フヘカラス」と。つまり戦争遂行上のハードである兵器は高性能なら西洋から輸入しても構わないが、やはり戦場での要諦であるソフト面の「気節」や用兵法に関しては断固として西洋のマネをしてはならない。民族独自のそれがあってしかるべきだ、と。
某日、中牟田が英軍砲台の見学結果を報告する。
英軍は製作者に因んで「アルムストロング」と名付けられた「精巧ヲ極ム」る6門の「新奇ノ大砲」を「上海ニ齎シ来レリ」。未だ外国には秘密になっているが、「英人等倉之助ノ為メニ其砲ノ放発手續キヲモ見セシメタ」とのこと。さぞや中牟田は興奮してしゃべったことだろう。想像するに、たとえば、こんな風に。
――見たこともないような新奇なアルムストロング砲からは12ポンドの砲弾が速射されるのじゃ。いやはや、拙者、甚く胆を冷やし申したぞ。斯様な新式大砲を放発された暁には、我らが腰間の利刀といえども、最早これは叶い申さんぞ。英虜なぞと蔑み申さず、ここは虚心坦懐に学ぶに如かずではござらんか。これからは断固として佐久間象山先生の説かれる和魂洋才でいかずばなるまいぞ、のう、御同輩――口角泡を飛ばしたかどうかは判らないが、上海の宿舎の一隅で名倉ら「同行ノ士」の輪に中で、興奮して語る中牟田の姿が目に浮かぶようだ。高杉も、十中八九は同席していたことだろう。
かくて名倉は「本朝ノ人トテモ頑固ニ?西虜ヲ悪ムノ餘リ」に彼らの製造した武器すらも「厭フモノアリ」。そういった人は大抵が「義気アリテ死ヲ鴻毛ヨリ軽ンスル」もの。一方、「西虜ヲ称誇」して止まない輩は「本朝ニアリナカラ本朝ヲ尚フノ意モ無シ」。どちらも頼りにはならない。ならばこそ「頑固ナルヲノミ悪キト云へカラズ」。だが、ともかくも「人々自ラ思慮?義気ヲ不失」、彼らの「長ヲ取テ我ガ短ヲ補フベキ?勿論ナリ」と。
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(読者の声1)ラジオ日本からお知らせです。5日(金曜日)午後12時30分からの番組「マット安川のずばり勝負」に宮崎さんが生出演されます。宮崎先生の出番は1245頃から1357頃まで、です。
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(読者の声2)いつも有益な情報をいち早くご提供くださいましてありがとうございます。
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またISISを「イスラム国」と呼ぶことはイスラム教徒に対する誹謗であり非常に無礼なことである考えます。「反イスラム国」と呼ぶことを提案します。
東京に「天安門記念館」を作るには時間がかかりますが、以上の提案は即実行できます。
(ST生、千葉)
(宮崎正弘のコメント)シェンノートは、志願したかたちですが、蒋介石からも莫大な報酬をえていたようですし、中国人の夫人は「くの一」だったろうと推測できます。
「志願」を名乗ったアメリカのパイロットは、ほぼ全員が米軍兵士だった。法外な報酬につられて雲南省へやってきた懸賞金目当てのあばずれ男だった側面もなきにしもあらずでしょう。ですから、あの戦争の初期段階も宣戦布告なしの、しかし実際は「日米戦争」だったのです。
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懇親会21時~23時頃
港勤労福祉会館 勤労会議室 (交通:JR山手線 田町駅西口 徒歩5分、地下鉄浅草線、三田線 三田駅 A7出口徒歩1分)
申込:12月12日23時(懇親会は12月11日23時)までに以下メールアドレスに講演会及び懇親会の参加の有無を明記の上で申し込みください。
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一般事前申込:1500円、学生事前申込:1000円、高校生以下無料
当日申込:2000円
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