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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2014年9月27日 第1489号 )
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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◎YOUTUBEご覧ください。
日本保守界の最高の知性の一人でありクリスチャンの富岡幸一郎氏による拙著推薦。下記チャネル桜での富岡氏の批評です。
注:富岡 幸一郎(とみおか こういちろう、1957年 - )日本の文芸評論家。関東学院大学文学部比較文化学科教授、鎌倉文学館館長。雑誌『表現者』代表編集委員
http://www.youtube.com/watch?v=ZDwxoH9rEmA
◎西村真悟
「太陽の党」復活す
本日午前、「太陽の党」の代表変更届けを総務省に行い、
「太陽の党」が復活し活動を開始することになった。
代表 西村真悟、代表幹事・国民運動本部長 田母神俊雄
午後二時から院内で記者会見し、「太陽の党」の創設者である石原慎太郎氏から代表を引き継いだ旨発表した。
そして、次の通り発言した。
新生「太陽の党」の目標は、「誇りある日本の再興」。
国民を守れなくして国家の誇りはない。
領土を守れなくして国家の誇りはない。
よって、まず、強い日本でなければならない。
その為に、国民運動を喚起して、
「戦後体制から脱却し、本来の日本を取り戻す」
具体的に、以下の実現に取り組む。
1、憲法を取り戻す・・・現「日本国憲法」廃棄
2、国軍を創設する・・・自衛隊を国軍にする
3、歴史を取り戻す・・・東京裁判史観の克服
4、教育の再建・・・教育勅語の精神に戻る
5、経済の活性化・・・総需要喚起、例えば、相続税廃止
何故、「次世代の党」への参加ではなく「太陽の党」の再興であるのか。
それは、田母神俊雄と西村真悟の野生と個性を全面的に発揮する為である。
記者会見終了後、記者から写真撮影の要請を受けて、
石原慎太郎先生、田母神俊雄そして私三人が握手した。
その時、石原先生が言った。
「暴言、暴走、トリオ」だ。
本日より、田母神俊雄と西村真悟は「太陽の党」として、
お国のために活動させていただく。
殺されてもやり抜く。
諸兄姉、同志!
どうか共に戦ってください。
目次
◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 476」
◎南丘喜八郎 福島原発一号炉は米国GEの欠陥製品だった
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◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 476」
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渡辺氏もこう書いている。
≪日本の文化を深く理解していた人物が、日露戦争後になると対日本(人)観をこれほどまでも変えてしまったのです。こうした態度の激変に多くの日本人は戸惑いを覚えてしまうのです。日本(文化)を理解する人物は親日的であるはずだというナイーブな思い込みがそうさせてしまっているのかも知れません≫
私はこれを“お人よし日本人”と表現してきたが、何度も書いたように、之では陰謀渦巻く国際社会では生き残れない。少なくとも国の代表である外交官らは、こうであってはならないはずだろう。しかし当時の外交官らは、どこか国の代表というよりも個人的なセレブ感覚に酔っていたのではないか?という気がしてならない。
つまり、日本人を、日本の代表である外交官までもが見下していた…。外交は右手では笑顔で握手しつつ、左手には棍棒を、机の下では蹴飛ばし合うものだ、とよく言われるが、それが出来ないのが“紳士ぶる?”日本の外交官だったような気がしてならない。
良く取り上げる日米開戦直前の在ワシントン日本大使館の怠慢は正にこれであった。
国家の危機を察することなく、W公使のごときは公務中に東京に新築した自宅用の家具を買い求めに走っていたと言い、野村大使さえも『ちっとも協力してくれない』とこぼしていた。その原因は一般的にW公使が松岡派という親独派に所属していたから、親米派の野村元海軍大将にことごとく反発していたのだと言われているが、これが事実だとすれば、何のための外務省なのか?と言われても仕方あるまい。
尤も折角購入した家具類は、本国に届かなかっただろうし、届いていたにしても空襲で灰になっていたに違いないが…。
この様な日本人の視野の狭さが、肝心な時に禍になってきたような気がしてならないのである。今、大きな問題になっている北朝鮮による「拉致事件」も、外務省のみならず、警察、海保などの国家機関がうまく機能していなかったからに他ならない。こうしていつもひどい目に合うのは庶民なのである…。渡辺氏は、「ルーズベルト大統領の外交思想をより冷静に読み解いていくと、彼の日本観(対日本外交)は、ある強固な外交思想のなかで確かな一貫性を持っていたことがわかるのです」と、次のように書いている。
≪「ルーズベルトの外交方針を理解する鍵は、彼が世界をはっきりと二分していた事実である。彼は地球を文明国(civilized)と野蛮国(barbarous)に分けていたのである。その上でルーズベルトは文明国が野蛮国に対しての影響力を何らかの形で拡大することが重要で、そうしない限り世界平和の実現は難しいと考えていた」
「文明国間の外交においては徹底的にパワーバランスを重視した」
ルーズベルトのこの世界観に基づく外交方針を理解すると、彼が日本をどのように考えていたかがより明確になるのです。むしろ彼のこうした外交理念は対日本外交に典型的に現れたと言ってもよいほどです。
ルーズベルトは確かに当時は科学的な学問として認知されていた優生学思想の影響を受けていましたし、優生学者の友人も少なくありませんでした。それでも民族そのものの優劣、つまり人種の優劣はその形態的特徴により先天的に決定している、と主張するマジソン・グラントのような優生学者の考えには影響されてはいません。おそらく歴史学者としての眼が、友人でもあったグラントが示した頭部の形状分析で人種の優劣を測れる(「頭部インデックス」)というような主張を受け入れさせなかつたのでしょう。
「ルーズベルトの外交についての考え方は日本人に対する態度でよくわかる。ルーズベルトは、日本のその経済力と軍事力の発展を見て惜しみない(ungrudging)敬意を払っている。『ルーズベルトは、日本人はわれわれとはまったく異なる人種であるという(優生学者の)考えには与しない』と日露戦争の最中に英国の友人に述べている」≫
今でもそうだが、白人の人種差別は、島国日本人の発想を超えるものであって、とても理解できたものではなかった。しかし我が国は、既にこの頃から「人種差別撤廃論」を堂々と公言していた。ここにも日本人らしい平等さが出ているのだが、これは万世一系の天皇が掲げた「四方の海皆同胞…」という高貴な精神が作用していたからであろう。であるとすれば、少なくとも米国本土などで情報収集に当たっていた外交官らは、アングロサクソン:アメリカンなどの持つ最大の弱点をしっかりと掌握しておくべきではなかったのか? つまり、人種のるつぼと言われた米国の最大の弱点は人種差別に在り、米国籍の有色人種も、白人政府の政策に決して同意していない点を見逃すべきではなかった。つまり、明石機関がロシア国内でかく乱工作をして成功したように、日米開戦近し、というのであれば、米国内で米国の最大の弱点である「人種問題」を提起し、白人と有色人種の離間を図るべきではなかったか? もちろん今でも通用する“戦法”だが…
少なくとも白人の軍事行動に、カラードが協力しない方策をとるべきであった。しかし当時の日本国の政府関係者で、その点に着目した人は寡聞にして私は知らない。知米派と言われた多くの海軍軍人らでさえも、工業力の差は熟知していてもその点に着目していたとは聞かない。映画「トラ・トラ・トラ」を見て改めて感じたのだが、山本連合艦隊司令長官が対米通告が遅れたことを知って、「眠れる獅子を起こしてしまった…」とつぶやくシーンも、実はその点に無知であった証拠に聞こえる。
米国西海岸では、支那人の苦力や、アジア人、そして日本人に対する人種差別暴動が起きていたことは知られた事実であった。ならばこれを利用して、米国内の有色人種に対する工作を進めておくべきだったろう。
当時の米国民の90%以上は、世界大戦に参加する意思はなかったし、それを公約したからF・D・ルーズベルトは3選されたのであった。勿論日米開戦の裏には、スターリン率いるコミンテルンの謀略があったのだから、開戦は不可避だったかもしれないが、少なくとも日米開戦の決断に及ぼす一要素として、米国内の人種差別に対する反感から来る「反戦=厭戦」派に関する情報を分析して作戦計画を立てておくべきだった。視野の狭い外交官と軍人らが国を誤ったといわれても仕方ない部分があったように思う。(元空将)
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◎南丘喜八郎 福島原発一号炉は米国GEの欠陥製品だった
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月刊日本10月号【巻頭言】より
三年前の三月十一日、東日本大震災が東北地方を襲った。マグニチュード九・〇の大地震と巨大津波は福島第一原発の大事故を惹起した。福島原発事故から三年半、事故原因は解明されず、被災者の救済も進まず、政治は無策を続ける。福島第一原発の事故は本当に想定外であり、不可抗力だったのか。事故の原因は一体何なのか。何故に真相究明が遅れているのか。我々国民には知る権利がある。
大震災が発生したのは十一日午後二時四十六分、約一時間後から数度にわたって襲った巨大津波が第一原発を水没させ、全電源喪失状態に陥った。翌十二日午後一時過ぎ、原子力保安院審議官は記者会見で、第一原発周辺でセシウムが検出されたことを踏まえ「炉心溶解が進んでいる可能性がある」と明らかにした。情報を知らなかった菅直人首相は激怒、審議官は即刻広報官を辞任した。以後の会見から「炉心溶解」は「炉心損傷」に言い換えられた。
だが福島一号機は地震発生から四時間後の十一日午後六時五〇分には炉心溶解、さらに核燃料が容器の底を突き抜ける溶融貫通を起こしていたのだ。
何故こうした事態が起きたのか! 何故対応策が後手後手に回ったのか!
それは福島第一原発一号炉は米国から無理矢理押し付けられた欠陥製品だったからだ。一号機は米国の原発メーカーGE(ゼネラル・エレクトリック社)製の沸騰水型マーク?で、設計・製造から試運転まで全てGEが行った。東京電力は試運転が終わり、「マニュアル通りに運転せよ」と、キーを渡されただけだった。
マーク?の設計に携わったGEの技術者デール・ブライデンボーは当時「マーク?は、地震や津波などの大きな災害で冷却機能を喪失すると、格納容器に想定されていた以上の負荷がかかり、破裂する可能性が/驍


