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■第1252話 カレーライスと海軍(2/3)

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 今回は以下のメールマガジンに掲載された内容の転載です。

  メイル・マガジン「頂門の一針」3417号 2014(平成26)年9月5日(金)

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(前回から続く)


 高木兼寛 1849‐1920(嘉永2‐大正9)たかぎかねひろ

 明治・大正期の軍医。宮崎県生れ。

 幼名藤四郎。

 石神良策,W. ウィリスに医学を学び,1872年(明治5)海軍省出仕。

 75年ロンドンのセント・トマス病院医学校に留学し,80年帰国,東京海軍病院長となる。

 81年成医会をつくり,成医会講習所(京橋区鎗屋町、現在の銀座4丁目)の所長となる(東京慈恵会医大はこれを原点としている)。

 翌82年有志共立東京病院(同大学付属病院の前身)を設立し,85年同院に看護婦養成所を設立し,日本最初のナイチンゲール式近代看護教育を開始した。

 成医会講習所は何回かの名称・組織の変更を経て今日の東京慈恵会医大に至るが,ドイツ医学主流の当時にイギリス医学を導入した。

 85年には海軍軍医総監となる。


 海軍軍陣医学の近代化への貢献は大きいが,とくに脚気減少のために努力した。

 開化期の先端的文化人としての活躍(鹿鳴館のバザー,神前結婚,オーナードライバー,洋装のすすめ)も忘れることができない。


 日露戦争と脚気をテーマとして書かれた吉村昭の小説「白い航跡」(講談社文庫)では海軍軍医総監として、理屈はまだ分からないけれど、とにかく肉や麦(パン)、カレーライスを食べさせれば脚気は治るんだから良いという高木。 


 対する陸軍軍医総監 森林太郎(鴎外)はドイツ派医学の代表として脚気黴菌説のパスツールにしたがって農村出身の次男、三男たちに白米をたらふく食べさせ、結果として脚気患者を大量に出現させた。

 そればかりか、高木を、いわば学無き者として、罵詈雑言を浴びせて非難した。


 明治天皇がこれに注目された。

 皇后が脚気を患っておられた。

 そこで高木を陪食に招き、栄養の話を聴かれた。

 その結果、脚気は治癒した。

 天皇は高木を4度も陪食に招かれた。

 鴎外は1度もなし。鴎外が「勲章なぞ貰うな」と遺言して死んだのは腹癒せではないかと私は思ってしまう。          


(次回へ続く)


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■ 歴史好きの素人が語る歴史(第1252話)(2014年09月17日号)

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