映画「氷雪の門」

 東日本大震災の時、迫りくる大津波を目の前に見ながら逃げようとせず、住民に避難を呼びかけ続けた遠藤未希さんという南三陸町の職員がいらっしゃいましたよね? 遠藤さんの死はまさに「殉職」と呼べるものだと思います。うら若い女性が危険を顧みず、恐怖と戦いながら自分の責務を最後まで全うしようとする姿は美しい、と感じました。大東亜戦争の敗戦を目の前にして、やはり同じように自分の責務を全うして結局、自決した9人の乙女を描いた映画「樺太1945年夏 氷雪の門」が今、靖国神社の中の「遊就館」の映像ホールで上映されています。この映画は昭和49年(1974年)に製作されましたが、さまざまな理由で一般公開されるのが遅れ、ようやく2010年から一般の劇場で見られるようになった「幻の映画」です。

 今は「サハリン」というロシア語で呼ばれている南樺太は九州ぐらいの広さがあり、多くの日本人が住んでいました。1945年8月7日、スターリンは「日ソ中立条約」を一方的に破棄し、戦車部隊が国境を超えて突進してきました。もちろん、これは国際法違反であり、火事場泥棒のような卑怯な行為です。
 樺太に住む日本人にとってはまさに晴天の霹靂でした。日本が戦争に負けるということはうすうす感じていたとしても、まさかソ連が攻めてくるとは思いもしなかったからです。それまで樺太は空襲もなく内地よりも安全だということで、わざわざ樺太に疎開した人もいるぐらいでした。わずかの守備隊しか配置していなかった樺太はあっという間にソ連軍に蹂躙され、なんと! 10万人を超える犠牲者(ほとんどが女性や子供、老人)を出す事態になりました。

 真岡(まおか)という町の郵便通信局に勤務していた電話交換手たちにも避難命令が下されました。しかし、刻々と変わる戦況を前線にいる部隊や各地の警察、消防、役場などに伝える通信手段は電話しかありません。広い樺太に情報を伝える電話の仕事はとても重要で、熟練した交換手にしかできないものでした。彼女たちは迷った末、避難しないことに決めます。樺太に生れ、樺太で育った彼女たちにとって内地は遠いところ、という感覚もあったのだと思います。

 映画「樺太1945年夏 氷雪の門」は今では考えられないようなオールスターキャストです。丹波哲郎、若林壕、千秋実、田村高広、南田洋子、二木てるみ、藤田弓子、関根恵子、岡田可愛・・・・懐かしいスターが若々しい演技を見せてくれます迫力満点の戦闘シーンは陸上自衛隊の協力を得て撮影したそうです。脚本も良いし音楽もカメラも素晴らしいです!

 「氷雪の門」は今月いっぱい、遊就館で上映されています。午前10時、午後1時の一日二回上映です。見ようと思ってもなかなか見られない映画なので、この機会に是非、見に行ってみてくださいね~  ↓

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