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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2014年9月12日 第1486号 )
☆☆甦れ美しい日本☆☆
☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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クライン孝子氏のブログより奥中正之氏の書評転載
盟友奥中正之氏より
<<先般ご紹介した、奥山篤信著「人は何のために死ぬべきか」の記述によって、今日日本を覆う「平和主義」について新発見がありました;
同書121頁の「第二節 エゼキエル書に見る指導者の欺瞞」のパートに、旧約聖書のエゼキエル書第13章の7節~16節の記述を引用している。
曰く:「彼は、平和がないのに、『平和だ』と言うということ」
エゼキエルは前6世紀頃、つまり神武天皇がご即位なされた頃の、ユダヤ民族の預言者である。
現在、我が国の平和主義者は、「戦争放棄と軍隊不所持を規定した憲法があるから、68年間わが国は平和であった」と主張している。
現実はさにあらず、現行憲法の縛りで竹島はやすやすと韓国に奪われ、憲法規定の欺瞞に惑わされている隙をつかれて、900人近い同胞が北朝鮮に拉致された。そして今シナは尖閣を奪い返すと我々を脅している。
日本は決して平和ではない。
平和がないのに、彼らは『平和』だと言っている。
ここに現代日本人と2,500年前のユダヤ民族との共通点を発見した。
ユダヤ民族は、他民族との攻防、民族浄化、民族大虐殺等厳しい環境の中にいて、なおも欺瞞的平和主義に陥っていた。
私たち日本人は、大都市の大部分を焼夷弾で焼き尽くされ、原爆を2発も落とされ、さらに和平交渉を頼んでいたソ連に裏切られて、ついに戦いに破れた。そのシヨックの大きさ、さらに戦後GHQによる精神解体を被って、戦争忌避衝動から欺瞞的平和主義に溺れることとなったのであろうが、2,500年前のユダヤ民族と、今日の日本人とのメンタリティーの共通性に「人間の弱さ」を私は見る。
しかしユダヤ民族は聖書によって、常に神のみ言葉に接し、それを自戒の糧として、ローマとの死闘において、「マサダの砦」をシンボルとして残し、2,000年の時を経て、イスラエルを再興した。
私たちが欺瞞的平和主義から覚醒し、日本人並びに日本国の再興を期すためには、上述した「人間の弱さ」を自覚し、先人が残した私たちの精神土壌をしかっりと見据えて生きなければならないと痛感している。
奥山篤信著「人は何のために死ぬべきか」は、我々持つべき民族の原点を見据える好機を与えてくれる図書である。
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奥中 正之 >>
◎西村真悟
インド首相、日本軍兵士を訪れる
アイデンティティー誌を主宰している葛目浩一氏によると、日本のメディアは無視して一切報道していないが、この度、我が国を訪問したインドのモディ首相が、インド国軍の創設者であるネタジ・チャンドラボースとともに戦い、インド国内に進撃してインパールに迫った日本軍の九十九歳になる老兵士に会って跪いたという。
まことに感動的ではないか。
インドは忘れてはいない。しかし、日本は忘れている。
このインドのモディ首相の老兵士訪問を知ったとき、私の瞼には、ミャンマー(ビルマ)中部の灼熱の大地から遙か西方を眺めた時の情景が甦った。
その西の彼方にインパールがある。
その行く手を阻むアラカン山脈が見えた。
その谷間にはチンドウィンの激流が流れている。
チャンドラボースと今年九十九歳の日本軍兵士は、あの川を渡りあの山脈を越えてインド領に入りインパールそしてコヒマに迫ったのだろう。
チャンドラボースに率いられたインド国軍が日本軍とともに、イギリス軍と戦い、インド領内に進撃した。
これが、インド独立を決定づけたのだ。
このインド独立を決定したイギリス軍との戦いに参加した九十九歳の元兵士を、七十年後にインド首相が訪れた。
感動せずにはおれない。
しかもその戦いは地獄の戦いだった。
当時の日本軍兵隊は言った。
「地獄のビルマ、天国のジャワ、生きて帰れぬニューギニア」
数年前、ビルマ中部のパガンから西のアラカン山脈を眺めて、
嗚呼英霊よ、
と目をつぶった時、
瞼の中が鮮血に染まったような灼熱の赤になって驚愕した。
インパール作戦を始めビルマ戦線で戦死した十九万将兵の霊が私の周りに押し寄せてきたように思えた。
イギリスの東南アジア地域連合軍総司令として日本軍と戦い、最後のインド総督となったマウントバッテン伯爵は、あれほどの苦難の中でも秩序を失わず勇戦敢闘した日本軍のような軍隊は、地球上に二度と再び現れないでしょうと語った。
インパール作戦は、戦後の我が国では、ノモンハンとともに無謀で無意味な戦いと見られてきたが、七十年後の現在においても、インド首相が、その戦闘に参加した九十九歳の老兵士に跪く作戦である。
昭和十五年五月から九月にかけてのノモンハンでのソビエトとの戦闘についても書いておきたい。
日本軍第二十三師団二万人は、モンゴル・満州国境付近でジューコフ将軍率いる二十三万のソビエト軍との戦闘に突入する。
日本軍は二万に対して、ソビエト軍は二十三万である。
どうなったのか。
日本軍は、一万七千人が死傷したが、
二十三万のソビエト軍を打倒したのだ。
撃墜されたソビエト軍戦闘機は、千六百七十三機。
これに対して日本軍は百七十九機。
破壊されたソビエト軍戦車は、八百台。
これに対して日本軍は二十九台。
ソビエト軍指揮官のジューコフ将軍は、東部戦線で最終的にドイツ軍を打倒して英雄(ゲローイ)となったが、戦後、西側の新聞記者に「どの戦いが最も苦しかったか」と質問されて、
即座に「ノモンハンだ」と答えたという。
ノモンハンで二十三万のソビエト軍に勝利した二万の第二十三師団の将兵は、ジューコフだけではなく、スターリンを震え上がらせた。
これが、あのスターリンが、昭和二十年の八月九日まで日本軍に手を出さなかった理由である。つまり、スターリンから北海道を守ることができた理由である。
ノモンハンの第二十三師団二万の将兵が最後まで日本を守っていたのだ(福井雄三著「世界最強だった日本陸軍」PHP)。
☆西田昌司参議院議員
【Showyou通信 VOL.423】-2014.9.12-
★伝えよう、美しい精神と自然。
-日本の背骨を取り戻そう-
【Showyouビデオレター】
『脇 参議院幹事長の功績に感謝』を更新いたしました
是非ご覧下さい。
http://www.showyou.jp/videoletter/
【番組出演】
BS日テレ『深層NEWS』に出演いたします
~激論!生殖医療法と家族のあり方~
放送日:9月19日(金)22:00~23:00(生放送)
是非ご覧下さい。
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【昌友塾のご案内】
日 時:平成26年10月4日(土)19:00~
会 場:六孫王会館 http://www.showyou.jp/showyou-juku/
地 図:http://goo.gl/maps/r8rie
※初めてご参加される方は事前にご連絡お願いいたします。
office@showyou.jp(担当:柿本)
目次
◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 474」
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◎佐藤守 「大東亜戦争の真実を求めて 474」
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続いて渡邊氏は「アメリカの戦争準備」、つまり、ルーズベルト外交の基本の分析に入るのだが、その前に、息抜きとして、映画「トラ・トラ・トラ」の感想を書いておきたい。
実は「20世紀FOX」から、来春再販予定である「トラ・トラ・トラ」のDVDリメイク版の、航空活動に関する解説を依頼された。
そこで改めてこの名作をゆっくり見直したのだが、1970年代にこれほどの内容の作品が製作されていたことに改めて感動した。
実は私はこのころ、福岡県の築城基地に勤務していてF-86F戦闘機で、連日訓練に明け暮れていた頃なのだが、遠賀川のほとりにある芦屋基地内に、戦艦・長門、空母・赤城の原寸大オープンセットが忽然と姿を現したことを覚えている。
このセットに近接して米軍の岡垣射爆撃場があり、射爆撃訓練中に上空からこれを眺めたものである。まるで木造の家を作るように、日に日に建造物はその正体を明らかにしていき、やがてベニヤ板でできているとは思えない、実物大の長門と赤城が出現した時には感嘆したものであった。その後T-6練習機が集められ、空自も協力して上空を飛行するシーンの撮影などが始まったため、射爆撃訓練を一時中止して撮影に協力させられた記憶がある。撮影終了後、再び射爆撃訓練を開始したが、オープンセットはしばしその威容を誇っていたから、「せっかくだから攻撃訓練の目標にしようじゃありませんか?」と上司に言うと「バカ!あれは日本の軍艦だ」と怒られた。
そんな体験があるので、今回の解説依頼は何かの縁かと嬉しかったのだが、限られた字数だから、航空攻撃シーンの解説に制限された。
しかし、1970年当時、米国政府の情報伝達ミス?でキンメルは壊滅的な被害を受けたのだから、これが米国で公開されてもさほど人気が出なかったというのも理解できる。勿論「勝った方の」日本ではヒットした。しかし、ブルーレイを3度も見返して史実に忠実な米国側の心意気に感心するとともに、改めて我が方の政治外交の稚拙さが浮かび上がってきた。
今や日米戦は、スターリン(コミンテルン)の謀略に引っかかったことは明らかになっているが、この映画を鑑賞しつつ、懸命に日本軍の攻撃に備えようとする米軍情報関係者の焦りと、日本側の卑怯なだまし討ちに持っていこうとする米政府のシナリオが、あの、日本大使館のたるみによって“達成”され、最後に山本長官が「眠れる獅子を起こしてしまった」と慨嘆したとおりになったことが、如何にもこの戦争の理不尽さを示しているように思われるのだが、米国人には理解できまい。
この映画は極力、当時明らかになった軍事史実をもとに、素直に描かれているのだが、その後に判明したルーズベルト大統領側近に張り巡らされたコミンテルンの罠と、同様に日本政府内部に張り巡らされたゾルゲ情報網などの事実を下敷きにしてこの映画を改めて読み解くと、何と愚かな戦争をした事か!と慨嘆する。勿論日米双方が、である。
双方が、共産主義者に操られているとも知らずに、懸命に闘う生々しいシーンを見る度に、その陰でほくそえんでいたであろうスターリンらの姿が彷彿とするのである。
そういう点ではこの映画における日米間の駆け引き、情報戦もさることながら、その背後に張り巡らされていたコミンテルンの謀略が改めて浮き彫りになる//




