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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成26年(2014)9月8日(月曜日)弐
通巻第4330号
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「大日本帝国海軍」のTシャツ男、群衆に囲まれ剥ぎ取られた
中国いたるところに「中国夢 我的夢」(中国の夢は私の夢)の大看板
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近日おきた事件らしい。
山東省泰山で第二十八回泰山登山ラリーが開催された。天津から参加した30歳前後のわかい中国人男性は「万朶の桜 大日本帝国海軍」と書かれた旭日旗のTシャツ姿だった。
ほかの参加者から抗議が出たのか、囲まれて、つかみ合いの論争、警官が現れたときにはシャツははぎ取られていた。
背中の入れ墨は「自由の女神」だった。
http://china.dwnews.com/photo/2014-09-07/59607422.html
男は少年時代に日本にいたことがあり、政治的意図をもってのパフォーマンスではないらしいが、日本の海軍旗がおもわぬ所でも普遍的に知られるマークだということが同時にわかった。
いたるところに立つ看板は「中国夢、我的夢」だが、殆ど中国人はこちらには関心がないようである。
他方、中央の権力闘争劇は、いま広東省の幹部と山西省の「石炭閥」の手入れに入っている。
ところが、次々と拘束されているのが李克強系の団派(共青団人脈)ばかりで、江沢民派ばかりかと思われた汚職追放キャンペーンの標的が、習近平政権の連立相手である共青団にも及んでいるのかと観測がひろがっている。
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◆書評 ◇しょひょう ▼ブックレビュー ◎BOOKREVIEW◆
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ヤルタの密約で東欧、満州、そして中国を失った米国
「FDRはいったい何のために日本に戦争を仕掛けたのか?」
当時のFDRの最大の政治ライバルが怒りを込めて告発
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ハミルトン・フィッシュ、渡邊惣樹訳『ルーズベルトの開戦責任』(草思社)
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『太平洋戦争』史観がひっくり返る決定版がでた。本書の出現はおそらく論壇を揺らすだろう。
真珠湾攻撃がルーズベルトのしかけた陰謀による行為だったことは、いまや歴史学界における常識となりつつあるが、米国ではまだそうした真実を述べると『修正主義』のレッテル貼りが行われる。
日本の卑怯な奇襲という位置づけ、直前のハルノートをFDRは巧妙に隠したが、事実上の対日最後通牒だった史実は徹底的に無視され、米国史学界ではまだルーズベルト陰謀論は主流にはなっていない。
本書の著者は当時FDR(フランクリン・ルーズベルト大統領)の最大のライバルで、「大統領が最も恐れた」議会共和党の有力者ハミルトン・フィッシュである。
しかもハミルトン・フィッシュはオランダ系移民の名家、FDRの住居のあるNYが、彼の選挙地盤でもあり、実はふたりはそれまでの二十年間、仲が良かった。
共和党の重鎮でもあったハミルトンがFDRと袂を分かったのは、移民によって建国された米国は不干渉主義のくにであり、しかも欧州で展開されていた、あの血なまぐさい宗教戦争に嫌気がさして新天地をもとめてきたピューリタンの末裔が建国したくにであり、その理想からFDRの開戦準備はおおきくはずれているとして、正面から反対したのだ。
しかし、本当のことを知るのはFDRの死後である。
だからこそ、ハミルトン・フィッシュは、この『ルーズベルトの開戦責任』をFDRならびに関係者の死後まで辛抱強くまち、さらに祖国の若者がまだ戦っているベトナム戦争の終結まで待って、ようやく1976年に刊行したのだった。
そして日本語訳はさらに、原著刊行から38年、じつにFDRの死から70年後、第一次世界大戦から百年後になって、ようやく日の目を見ることになる。
書かれている内容は瞠目すべき諸点を含んでいる。
趣旨はルーズベルト大統領が議会を欺き、真珠湾奇襲の翌日に開戦を議会に求めて、これには当時の共和党指導者としてのハミルトンも賛成演説をせざるを得なかった経緯が詳述されている。
米国の不干渉主義は一夜で覆った。
しかし、けっきょくヤルタの密約で東欧、満州、そして中国を失った米国の悲嘆、FDRはいったい何のために参戦したのか、国益を損なったという怒りをハミルトンが告発したところが本書の特色である。
要は「なにがなんでも戦争をしたかった」のがFDRだったのだ。
余談だが、七月にバンクーバーに行ったおり、評者(宮崎)は、渡邊さんから、原書を見せて貰った。すでに翻訳は完成していると言っていた。九月にはやくも刊行にこぎ着けたのは慶賀に堪えない。
さて本書の重要部分である。
第一はFDRがおこなったニューディール政策が完全に「失敗」していたという事実を把握しなければならない。このため、社会主義者、共産主義左派がホワイトハウスに潜り込み、「訳の分からない組織が乱立した」(38p)。
使い放題の資金をばらまく組織が社会主義者らによってオーガナイズされ、それでも経済不況は終わらなかった。
猛烈にFDRは戦争を必要としていた。ウォール街の利害とも一致した。
FDRは「スターリンの友人であるとのべていた。スターリンは世界最悪の殺人者である。FDR自身は確かに共産主義者ではない。彼はキリスト教を信じていた」
ところが、周辺にはコミンテルンのスパイがうようよとしており、FDRの展開した「政策は間違いなく社会主義的であり、我が国の集産主義化あるいは国家社会主義化への地ならしとなるものだった(中略)。この事実はFDRがフェビアン社会主義者であることを示している」
第二はFDR自らが、殆どの権力を集中させ、議会に知らせずに「日本に対する最後通牒を発した。そして戦争への介入に反対する非干渉主義者を徹底的に迫害した。(中略)FDRは世界の半分をスターリンに献上した。そこには中国も含まれる。それはヤルタでの密約の結果であった」(45p)
なぜなら「レーニンが立てていた計画の第一段階は東ヨーロッパの共産化であった。それがヤルタ会談で(スターリンはあっけないほど簡単に目標の獲得に)成功したのである。次の狙いが中国の共産化であった。それもスターリンの支援によって成功した」
第三は世界観の誤認であろう。
なぜヤルタ会談でFDRは、そこまでスターリンに譲歩したのか?
「FDRはソビエトに極東方面への参戦を促したかった。満州を含む中国をソビエトに差し上げる。それが条件になったしまった。(中略)戦いでの成果の分配と戦後の和平維持、それがヤルタ会談の目的に筈だった。しかし結果はスターリンの一人勝ちであった。イギリスはその帝国の殆どを失った。アメリカは朝鮮戦争とベトナム戦争の種をヤルタで貰ったようなものだった。戦後三十年に亘る冷戦の原因を造ったのはヤルタ会談だった。ヤルタへの代表団にはただの一人も共和党員が撰ばれていない。中立系の人物も、経済や財政政策の専門家もいなければ、国際法に精通した人物のいなかった」(287p)
つまり病んでいた(肉体的にも精神的にも)FDRの周囲を囲んだスパイらの暗躍とスターリンの工作司令に基づきアメリカの政策を間違った方向へ舵取りし、世紀の謀略の成就に成功したというわけである。
翻訳者の渡邊惣樹氏がまとめの解説をしている。
「ルーズベルトの死後、彼の対日外交の詳細と日本の外交暗号解読の実態が次第に明らかになり、ハルノートの存在が露見すると、フィッシュはほぞを噛んだ。窮鼠(日本)に猫を噛ませた(真珠湾攻撃)のはルーズベルトだったことに気づいたのである。彼は、対日宣戦布告を容認する演説を行ったことを深く愧(は)じた。彼はルーズベルトに政治利用され、そして、議席を失った」
本書はアメリカにとって「不都合な真実」が書かれており、いまだにフィッシュは「修正主義」のレッテルを貼られている始末だが、修正主義は左翼のプロパガンダ用語に他ならないのである。
そして総括的読後感はといえばスターリンに騙されたFDRは、ただの政治屋に過ぎず、世紀の陰謀を巡らし、そのためスパイを使いこなしたスターリンはまさに孫子の兵法を見事に実践し、孫子から二千数百年を経て、「出藍の誉れ」の典型的な謀略政治家となったのだ。
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)喫緊「ウクライナ情勢」ですが、マレーシア航空機撃墜の続報が出なくなったことからもウクライナ・アメリカによる謀略の疑いが濃厚ですね。
ウクライナのようなロシアと国境を接する借金だらけの二流国家がEUやNATOに加盟できるはずもなく、キエフの指導者はよほどうまい話を吹き込まれていたのでしょうか。1930年代のポーランド、英仏の支持をうけヒトラーの要求を強硬にはねつけた挙句が独ソによるポーランド分割でした。EUの支援が口先だけと気づいたのかキエフもロシア側との停戦に合意したようです。
新聞その他メディアによるプロパガンダは100年以上前から盛んですが、「シリア情勢は実はPhotoshop捏造だらけだったことが判明」という記事。
http://matome.naver.jp/odai/2138008767102579701
メディアは売れるためならなにをしてもいいという確信犯なのか。朝日新聞など慰安婦報道をめぐる「記事の取り消し」はしても「謝罪拒否」ですから確信犯としか思えません。
上記記事にはBBCの例も。「英国BBCが虚偽の報道。イラク戦争の犠牲者の写真を使った。その後このことを指摘されると写真を削除して、何の説明も謝罪もなかった。
http://www.youtube.com/watch?v=XtREm5lN1Ro
場所と日時が特定できる情報が入っていない写真など「証拠」にならないことは、空爆後の上海南駅で泣き叫ぶ赤ん坊や南京大虐殺の証拠とされる写真が演出・偽物ばかりだったことからも明らか。
湾岸戦争の油まみれの海鳥もプロパガンダでした。ウクライナでのマレーシア航空機撃墜関連とされる動画では市街地の歩道にまで遺体が散乱していましたが、ほとんど外傷もなく眠っているような遺体ばかり。御巣鷹山の日航機事故の遺体とは違いすぎて、これもプロパガンダなのだろうか、と思ったほど。どんなニュースもまず疑ってみる必要がありそうです。
(PB生、千葉)
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(読者の声2)貴誌に分掲載されていた「ベトナム紀行」の感想です。
ダナンの変貌ぶりに驚きです。2000年前後には高層ビルもお洒落なレストランも大型スーパーもなかったように思います。今や隣国カンボジア・プノンペンにもイオンのショッピングモールがオープンし、開店セレモニーにはフン・セン首相と岸田外務大臣が並んだほどですから、インドシナの好景気がうかがえます。
http://sankei.jp.msn.com/economy/news/140630/biz14063019260017-n1.htm
http://blog.compathy.net/2014/08/21/aeon-mall-in


