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『三橋貴明の「新」日本経済新聞』
2014/07/16
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From 佐藤健志@評論家・作家
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●●マスコミが言わない「韓国の不都合な真実」とは
https://www.youtube.com/watch?v=e9f7FntISwU
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あれ?
まだ水曜なのに、どうして佐藤健志のメルマガが来ているんだ?
──と、思った方のために。
今週より、毎週水曜に書かせていただくことになったのです。
東田剛さんが引退してしまいましたので。
作詞をやめただけでも惜しいと思っていたのに、メルマガからも引退してしまうとは。
ただし信頼すべき筋からの情報によれば、東田さん、数々のヒット曲で得た作詞印税により、富士山麓に豪華な山荘を建てられたとのこと。
きっとそこで、日本の将来を憂いつつ休養されるのでしょう。
お疲れさまでした!
というわけで、あらためてよろしくお願いします。
さて。
初回でも書いたように、政治は筋を通してナンボ。
筋の通らない形で実行される政策は、よしんば良いものであっても、裏目に出てしまうことが多いのです。
しかも政策のよしあしは、簡単に分かるものではない。
近代保守主義の祖、エドマンド・バークも、『フランス革命の省察』でこう言い切っています。
「政策の真の当否は、やってみればすぐにわかるとは限らない。(中略)綿密に考案され、当初はちゃんと成果もあがっていた計画が、目も当てられない悲惨な失敗に終わる例は珍しくない。見過ごしてしまいそうなくらいに小さく、どうでもいいと片付けていた事例が、往々にして国の盛衰を左右しかねない要因に化けたりするのだ」
「政治の技術とは、かように理屈ではどうにもならぬものであり、しかも国の存立と繁栄にかかわっている以上、経験はいくらあっても足りない。もっとも賢明で鋭敏な人間が、生涯にわたって経験をつんだとしても足りないのである」
(「新訳 フランス革命の省察」12‐13ページ)
バークの議論をもっとご覧になりたい方はこちらをどうぞ。
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だからこそ、
「これは国のためになる政策なんだから!」
などと自己陶酔にひたり、強引な形で政策を実行してはいけないのですよ。
そういうのは、おのれの英知や判断力にたいする自己過信と申します。
他方、やはり初回でも書いた通り、筋の通った形で政策を実行するうえで欠かせないのは、言葉を的確、かつ誠実に用いること。
言葉の使い方がいい加減な政権は、それだけで信用に値しません。
戦後日本における最高の知性の一人、福田恆存さんの名言にならえば、
「文章というものは、それのみを判断の基準にしても間違いのないほど客観的な存在」なのです。
(「文学者の文学的責任」より。単行本『平和論にたいする疑問』収録。読みやすさを考慮し、表記を一部変更)
以上の点を踏まえるとき、最近の安倍政権はまったく信用できません。
言葉の使い方がメチャクチャだからです。
集団的自衛権の行使容認に際しては「(憲法)解釈の一部変更だが、解釈改憲ではない」と言い張り、成長戦略をめぐっても「もはやデフレ状況になく、デフレ脱却に向けて着実に前進」と述べる始末。
ふたたび福田恆存を引用しましょう。
「(われわれはこれらの文章から)執筆者の対社会的態度の不純さを感じるのです。そこには居丈高な調子はあるが、少しの正義感も誠実も信念もないことを、われわれは感じ取るのです」(同)
とはいえ、この両者をさらにしのぐのが、さる6月30日、イギリスの「ファイナンシャル・タイムズ」紙に、首相が自分の名義で発表した文章。
タイトルいわく、
私の「第三の矢」は日本経済の悪魔を倒す!!
原文をご覧になりたい方はこちらをどうぞ。
http://www.mofa.go.jp/p_pd/ip/page4e_000101.html
もとのフレーズは「Japanese economic demons」ですから、たしかに「日本経済の悪魔」、ないし「日本経済に取り憑いた悪魔」としか訳しようがない。
ついでにここは、外務省の公式サイト。
それに載っているのですから、首相の私見を述べたものというより、政府の公式見解に近いものと見なしてよいでしょう。
問題の文章、一本調子で起伏に乏しいところにもってきて、「ベンチャー精神」を「venture spirit」と直訳するなど(あれは「entrepreneurship」でなければおかしいと思います)、英語としても関心しない出来です。
だとしても、最大の問題はタイトル。
本紙編集長・三橋貴明さんの名言ではありませんが、経済政策をめぐる主張はムード的な印象論ではなく、具体的なデータを基盤とすべきもの。
だいたい私の理解するかぎり、経済学とは合理主義的な世界観に立脚した学問であり、神だの悪魔だのといった宗教的世界観とは無縁のはずです。
経済における「神の手」は、あくまで「見えざる手」でなければならない。
にもかかわらず、「日本経済の悪魔」と来ました。
私はアベノミクスについて、その評価はともかく、いちおうは経済政策なのだろうと思っていたのですが、どうもオカルト的な呪術に近いもののようです。
瑞穂の国の資本主義を繁栄させるには、首相みずからが先頭に立って悪魔祓いをやらねばならない、そういうことなのでしょう。
ドリルで岩盤をぶち抜く時代は終わった!
2014年夏、総理はエクソシストになる!
日本経済、それは神と悪魔がぶつかる聖なる戦場だ!!
ほとんどホラー映画のノリですね。
題名は「ハルマゲドン・エコノミー」か。
しかし経済学とオカルトの混同を不問としても、この言葉づかいには以下に挙げる問題があります。
1)不必要。
タイトルというのは、文章全体の内容を要約したもの。
本文と無関係なタイトルをつけるのは、邪道というかデタラメです。
ところが安倍首相が自分名義で寄稿した文章のどこを読んでも、「悪魔」という表現を正当化しうるものは見当たりません。
「私の『第三の矢』は日本経済の弊害を是正する」で十分なのです。
注目を集めたいあまり、不必要にドギツイ表現を使った、そう批判されても仕方ありません。
2)無内容。
不必要にドギツイ表現であれ、それなりに内容があるのなら、使うことも(まだ)正当化されます。
ところが問題の文章のどこを読んでも、「日本経済の悪魔」が具体的に何なのか、まったく書かれていません。
いい加減な印象論の見本、そう批判されても仕方ないでしょう。
3)自己絶対化。
悪魔とは、普通に考えれば絶対的に悪い存在です。
それを倒すと意気込んでいる以上、総理は自分を絶対的に正しい存在、つまり「神」(ないし神の使徒)と位置づけていることになる。
この発想、民主主義よりも神政政治(政治的支配者が、神の代理者として絶対権力を主張する政治形態。「神権政治」とも言う)に近いものではないでしょうか?
この発言については、まだ指摘すべきことが多々ありますが、スペースがありません。
私の公式サイト「DANCING WRITER」のブログで、もっといろいろ書きましたので、詳細はそちらをご覧下さい。
URLは http://kenjisato1966.com。
関連したブログ記事は以下の10本です。
「ディーモン 悪魔の日本経済」(7月9日配信)
「瑞穂の国のエクソシスト」(同)
「神のお告げでやったんだ!」(同)
「オーメン 最後の経済成長」(7月10日配信)
「悪魔から身を守ろう!」(同)
「首相発言はなぜセンスが古いか」(同)
「キリストからデカルトへ」(7月11日配信)
「悪魔祓いの正しいやり方」(同)
「震災ゴジラ! と首相発言」(同)
「総理か、ボウイか」(7月13日配信)
サイトのトップページにアクセスのうえ、
「新日本経済新聞+α」(本日、7月16日配信)という記事をご覧になれば、それぞれの記事が容易に見つかります。
画像を添付した記事もありますので、論旨がビジュアル的にもご理解いただけるのではないかと思います。
引退された東田さんへのリスペクトもありますよ。
なお、最後の記事タイトルに出てくる「ボウイ」は、ロック・ミュージシャンのデイヴィッド・ボウイです。
それはともかく。
こんな言動がなされる背景について、さらに知りたい方はこちらをどうぞ。
「国家のツジツマ」(DVD付デラックス版)
http://amzn.to/1jvCnXM
「国家のツジツマ」(通常版)
http://amzn.to/1lXunmr
「僕たちは戦後史を知らない」
http://amzn.to/1lXtYQM
「震災ゴジラ! 戦後は破局へと回帰する」
http://amzn.to/1lXtSsz
最後に、初回のメルマガに寄せられたコメントより、「日本財布論、改め、日本連帯保証人論」さんの質問へのお答えを。
集団的安全保障に賛成することは、「日本」を主語として行動するのではなく、「国連」を主語として行動することに行き着くのでは、という質問でした。
本来は、ご指摘の通りだと思います。
集団的安全保障と、たんなる軍事同盟との間に完全な一線を引こうと思ったら、主権国家を超えた国際的統治機構の存在が前提となる。
国連どころか、世界政府があれば、いっそう理想的でしょう。
ただし国連は、国際的な統治機構と呼ぶに足るだけの主体性を持ち合わせていませんし、今後も持つようになる可能性はきわめて低い。
安全保障をめぐり、国連を主語にして行動することは、少なくとも本来あるべき形では「したくてもできない」ものだと言わざるをえません。
だとしても安全保障をめぐる自国の行動について、
「自分たちの権益や戦略のためにだけやっているのではなく、世界的な普遍…
[続きはコチラから]
https://mypage.mobile.mag2.com/WebLeading.do?id=CaDKtYVApLF&position=4500#position
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