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中国の軍拡目標はアジア太平洋での覇権確立。そしてその第一段階が台湾併呑。
もしこの島が「中国の不沈空母」と化せば日本は・・・。中国膨張主義に目を向けよう。
ブログ「台湾は日本の生命線!」 http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/
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84年前の殉職日本人教師、山岡栄氏を讃え続ける台湾の人々の心
(附:台湾チャンネルの関連報道動画)
ブログ「台湾は日本の生命線」より。ブログでは関連写真も↓
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-2354.html
2014/05/19/Mon
日本統治下の台湾で、烏山頭ダムや嘉南大などの壮大な灌漑事業を完成させた八田與一技師の命日である五月八日には、今でも毎年現台南市のダムの畔に建つ墓と銅像の前で追悼行事が行われているのは有名だ。
今年のその日も八田氏に感謝する大勢の人々が参列したが、実はその翌九日にも、台中市でもう一人の日本人の追悼行事が営まれている。
こちらの話は現地以外ではほとんど知られていないようだが、その日本人は山岡栄氏という。
一九〇二年に愛媛県伊予郡中山町で生まれ、伊予実業学校を卒業。伊予郡連合青年団長として活躍し、昭和天皇の御大礼に際しては地方賜饌に召されて記念章を賜った。一九三〇年一月、当時の台中州東勢街の東勢農林国民学校に教師として赴任。同年五月九日、豪雨のために早引きした生徒七名、父兄二名が帰宅中、食水渓に架かる橋が流されたため、中州に取り残されたことを知るや、直ちに現地へ駆け付け、救出のために川に飛び込むも、たちまち激流に呑み込まれ、岩に体を打ちつけて亡くなった。享年二十九。九名はその後救出された。
この勇気ある行動は人々を感動させ、同年十一月、現地では水越幸一台中州知事が揮毫した「殉職山岡栄先生之碑」が建立され、そこで毎年追悼会が行われるようになった。またこの義挙は教科書にも掲載されている。
しかし日本統治の終焉で、この美談は碑とともに忘却されて行ったという。
だが二〇〇三年に至り、現地の産業、環境、教育の発展に取り組む新社郷白冷社区総体営造促進会が碑の存在を知り、さらには訪日して山岡氏の遺族を訪ねた。そして二〇〇六年五月九日、現地では遺族も招いて追悼会が催された。
二〇〇七年四月、台中県(現台中市)文化資産審議委員会は碑を「歴史建築」として登録、同県文化局により遺跡として保存されることとなった。
命日の追悼行事も毎年開催され、二〇〇八年には山岡氏の精神を学ぶ目的で「山岡杯写生大会」が開催され、新社高校(東勢農林学校の後身)や現地の小中学校の生徒が参加した。
今年の命日にも新社高校の先生や生徒、白冷社区総体営造促進会の他、山岡氏の遺族や故郷の中山町の人々が碑の前に集い、献花や植樹を行った。
新社高校の代表を務めた女生徒は「私は中州に取り残された時との家族ではないが、それでも山岡先生の行いに対し、感謝、尊敬している。それは生命の大切さを教える教育の上でも最良の題材でもあり、皆が学ぶべき典範と言える」と述べた。
これは八田與一氏についても言えることだが、世のため人のために我が身を擲つ精神は尊いが、それに感謝し、その偉業、義挙を称え続ける台湾の人々の心も清く尊いと思うのである。
なお中山町の盛景寺前にも山岡氏の殉職記念碑があるそうだ。一九三五年三月、伊予郡連合青年団などが建てたという。
■「殉職山岡先生之碑」-台中市新社区中和街4段240巷2號
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【台湾チャンネル】第31回、八田與一氏墓前祭と殉職日本人教員の追悼と顕彰・他 [桜H26/5/15]
http://youtu.be/iba4mlnI--c
今回は日本統治時代の日本人功労者の追悼会が今も毎年行われているという話題。5月8日には巨大ダム建設などの灌漑事業で不毛の地だった嘉南平野を一大穀倉地帯に変えた土木技師、八田與一氏の墓前祭が台南で、そして翌9日には川の中州に取り残された生徒らを救おうとして激流に呑み込まれた教師、村岡栄氏の追悼会が台中でそれぞれ開催されたことを紹介。そして馬英九政権が中国と締結したサービス貿易協定の発効を阻止した「ヒマワリ学生運動」が、中国、馬英九総統の台湾統一の計画を見事狂わし、習近平に台湾籠絡の謀略の立て直しを余儀なくさせているとの状況を説明し、台湾民衆の民主主義運動への支持を呼び掛けます。キャスター:永山英樹・謝恵芝
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今年のその日も八田氏に感謝する大勢の人々が参列したが、実はその翌九日にも、台中市でもう一人の日本人の追悼行事が営まれている。
こちらの話は現地以外ではほとんど知られていないようだが、その日本人は山岡栄氏という。
一九〇二年に愛媛県伊予郡中山町で生まれ、伊予実業学校を卒業。伊予郡連合青年団長として活躍し、昭和天皇の御大礼に際しては地方賜饌に召されて記念章を賜った。一九三〇年一月、当時の台中州東勢街の東勢農林国民学校に教師として赴任。同年五月九日、豪雨のために早引きした生徒七名、父兄二名が帰宅中、食水渓に架かる橋が流されたため、中州に取り残されたことを知るや、直ちに現地へ駆け付け、救出のために川に飛び込むも、たちまち激流に呑み込まれ、岩に体を打ちつけて亡くなった。享年二十九。九名はその後救出された。
この勇気ある行動は人々を感動させ、同年十一月、現地では水越幸一台中州知事が揮毫した「殉職山岡栄先生之碑」が建立され、そこで毎年追悼会が行われるようになった。またこの義挙は教科書にも掲載されている。
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二〇〇七年四月、台中県(現台中市)文化資産審議委員会は碑を「歴史建築」として登録、同県文化局により遺跡として保存されることとなった。
命日の追悼行事も毎年開催され、二〇〇八年には山岡氏の精神を学ぶ目的で「山岡杯写生大会」が開催され、新社高校(東勢農林学校の後身)や現地の小中学校の生徒が参加した。
今年の命日にも新社高校の先生や生徒、白冷社区総体営造促進会の他、山岡氏の遺族や故郷の中山町の人々が碑の前に集い、献花や植樹を行った。
新社高校の代表を務めた女生徒は「私は中州に取り残された時との家族ではないが、それでも山岡先生の行いに対し、感謝、尊敬している。それは生命の大切さを教える教育の上でも最良の題材でもあり、皆が学ぶべき典範と言える」と述べた。
これは八田與一氏についても言えることだが、世のため人のために我が身を擲つ精神は尊いが、それに感謝し、その偉業、義挙を称え続ける台湾の人々の心も清く尊いと思うのである。
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今回は日本統治時代の日本人功労者の追悼会が今も毎年行われているという話題。5月8日には巨大ダム建設などの灌漑事業で不毛の地だった嘉南平野を一大穀倉地帯に変えた土木技師、八田與一氏の墓前祭が台南で、そして翌9日には川の中州に取り残された生徒らを救おうとして激流に呑み込まれた教師、村岡栄氏の追悼会が台中でそれぞれ開催されたことを紹介。そして馬英九政権が中国と締結したサービス貿易協定の発効を阻止した「ヒマワリ学生運動」が、中国、馬英九総統の台湾統一の計画を見事狂わし、習近平に台湾籠絡の謀略の立て直しを余儀なくさせているとの状況を説明し、台湾民衆の民主主義運動への支持を呼び掛けます。キャスター:永山英樹・謝恵芝
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