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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
平成26(2014)年5月16日(金曜日)参
        通巻第4235号 
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 ベトナムの反中暴動、最悪の被害者は台湾企業だった
  暴徒はなぜ台湾企業を中国企業と間違えたか?
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 5月12日からベトナム全土で広がった反中国抗議行動、63県のうち22地区で一斉にデモ行進、抗議集会が開催され、一部が暴徒化。工業団地を襲い、中国企業工場に放火、暴力沙汰に発展した。

 とくにハノイから南へ300キロにある台湾企業「台湾プラスチック」の工場が襲われて一名が死亡(『環球時報』は二名死亡と報道.NHKも)、90名から149名が負傷した。同社はベトナムにおける外国企業最大の投資規模を誇る。

台湾政府はただちにベトナムに抗議し、負傷者の治療補償、工場の修理補填を要求した。これは1993年に結ばれた台湾ベトナム投資協定に基づき、万一の暴動などの被害の場合、ベトナムが補償する内容となっている。
台湾企業の多くはすでに中国大陸から撤退しており、最大の移転先はベトナムである。繊維、アパレル、靴、加工食品、農水産加工、プラスチック、家具などが主な産業分野である。
 
 台湾は与野党あげて、ベトナムへの抗議ならびに現地の安全確保の方策を馬政権に要求した。また当局は「わたしは台湾人です」とベトナム語で書かれたステッカーを二万枚印刷しベトナム駐在の台湾人におくることを決めた。台湾にとってベトナムはアセアン諸国の中で最大の投資先である。

 それにしても何故、ベトナム人の抗議デモが中国企業と台湾企業を間違えたのか? 
筆者は2013年にホーチミン郊外の工業団地に台湾企業を訪問したときに目撃した或る情景を思い出した。

それは工場見学のおり、機械設備の要所に「気をつけろ」「注意を怠るな」などの訓辞、注意事項が張り紙されていたが、なんと繁体字ではなく簡体字だった。「どうして中国の省略文字を使用しているのか?」と問うと、工場長は「ベトナムで調達したコンピュータには簡体字しか入っていないからですよ」と気にもしていない風情だったのだ。「どうせベトナム人には読めませんから」。
 そのことが仇になった?


 ▲ベトナムから大脱出をはかる中国人

 他方、中国は死者がでたことに関して外交部がベトナム側に厳重に抗議した。ベトナムからは中国人らがカンボジア国境へ大量に逃げ出した。
カンボジアとの国境ゲートも粗末な入国管理オフィスがあって、パスポートの小銭を挟まないとベトナム側は円滑に通過させてくれないほど末端の官吏たちも腐敗している。強く抗議したが埒があかず、三十分ほど待たされたことも思い出した。

 中国外交部のスポークスウーマン華春栄は「ベトナムで過激な事態に遭遇する可能性がある」と旅行者に警告したとも発言した。
 同時にベトナムと国境を接する広西チワンン自治区には中国人民解放軍のあわただしい動きがみられ、中国軍には「第三級戦闘準備」態勢が取られていることが確認された。これは下位の危機レベルで、「休暇中の兵士は帰還し、随時戦争準備ができる態勢とせよ」というレベルだが、一触即発の危険性はある。
 
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)すこし古い情報ですが、豪州でも韓国系が慰安婦像の設置をやろうとしており、これについて日本政府が反論したという記事を見つけました。
 4月1日の「The Sydney Morning Herald」です。
http://www.smh.com.au/national/japan-opposes-proposed-statue-to-wwii-sex-slaves-20140331-35u8t.html
   (伊藤栄悦、在シドニー)
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(休刊のお知らせ)小誌は地方講演旅行などのため明日17日から19(月)が休刊となります
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(天安門事件25周年 東京集会 掲示板) 6月4日まで毎日内容が変わります
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天安門での17歳の死
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天安門事件2年後の1991年、劉暁波氏が書いた詩を抄録します。『天安門事件から08憲章へ』劉暁波著(藤原書店)の冒頭に収められた詩で、1989年、天安門で中国軍の銃弾で倒れた少年に捧げられたものです。

17歳という年齢が僕に告げる生命は素朴で飾らないと果てしない砂漠のように木も水も必要なく花の飾りも必要なく 太陽のほしいままの虐待に耐えられる17歳は路で倒れた 路はそれきり消えてしまった泥土に永眠する17歳は書物のように安らかだ17歳は生を受けた世界に何の未練もない純白で傷のない年齢のほかには17歳は呼吸が停止したとき奇跡的に絶望していなかった
(中略)
すべての花が、ただ一色に染まったとき17歳は絶望しなかった絶望するはずがない 君は未完成の愛を 白髪の母に託した君を家に鍵をかけて引き止めた母は五星紅旗の下で家族の貴い血脈を断ち切られた母は君の臨終のまなざしで目覚めた母は君の遺志を継いで全ての墓を訪ねた倒れる寸前にはいつも亡き君の息吹に支えられ路を歩みつづける年齢を超越し死を超越した17歳は今や永遠だ
(『17歳へ』)
この詩で歌われた少年、蒋捷連は、天安門事件が起きた6月4日には17歳、しかも、6月2日に17歳になったばかりでした。この時点では既に『人民解放』軍が戒厳軍として出動しており、天安門広場はいつ弾圧が起きてもおかしくない緊張に包まれていました。母親の丁子霜は、息子が広場に行かないよう家に鍵をかけていたのですが、息子はトイレの窓から抜け出して、天安門広場に向かい、軍に撃たれたのでした。
この少年が広場に向かったのは、様々な思いがあったと思います。自由や民主主義への憧れもあったでしょう。また、この年齢の少年が持ちがちなヒロイズムや軽率さもあってもおかしくはありません。軍隊がまさか自国民を殺すことは無いだろうという思い込みもあったかもしれない。しかし、それら全てをあわせても、この17歳の少年は、家に閉じこもっているのではなく、民主化を求める人々と共にあることを目指したのです。
少年の母親、丁子霜は、天安門事件で殺された子供たちの母親を中心に、犠牲者の家族達に呼びかけ、『天安門の母たち』という人権団体を結成、現在にいたるまで粘り強く真相究明を中国政府に求め続けています。そして、この家族達は自分の子どもや身内のことだけを訴えているのではありません。彼らの声明文を一部引用します。
『我々は強権と殺戮に関し極度の憎悪を抱いている。我々は社会の弱者達、各種の災害の被害者達に対して心からの同情を抱いている。(最近中国各地で起きた幾つもの住民運動の弾圧と虐殺を引用し)全国各地で権利の擁護を訴える民衆に対し次々に起こっている残酷な仕打ち、このような悪質な事件のことを聞くにつけ、かってそして今も相変わらず苦痛に耐えている我々「6 4」の受難者は全く気の休まるときが無い』
『(中国政府指導者に)人類の良心に基づき、約束を誠実に守り、罪が無いのに合法的権利を剥奪され、その上懇願する所もない全ての弱者に誠意を持って接してほしい。法治の原則に基づき、公民の自由と権利を尊重し、協議と対話の方法で進められている民間の権利擁護運動の最中に起こった官民間の衝突を公正かつ合理的に解決してほしい。(中略)中国共産党当局の草の根の権利擁護運動に対する野蛮な対処に抗議し、当局が民間の正当な要求に対する弾圧を停止し、誠意を持って接することを要求する』(天安門の母たちによる意見書)
劉氏は彼女らの勇気と、地道で穏健な手段ですが決してあきらめることなく政府に要求し続けていく人権改善運動を高く評価し紹介したうえで、『草の根の階層の権利擁護の要求に野蛮な弾圧を行う政権は、間違いなく民を敵とする政権である。』と明言しています。そしてこの団体が、天安門で娘や息子を、夫を、父母を失った人々が、最初は絶望の淵にあったものの、生活の苦しさ(働き手や希望を失った家庭も多いのですから)や弾圧の恐怖を乗り越えて毅然とした運動を続けていること、戦略戦術や過激な行動を一切拒否し、ただ真実を求め道義的立場に立って政府の悪政に抗議している姿に、現代中国の希望がかすかに見える思いがします。
正直に申しますが、私はこれまで、多少のお付き合いはありましたが、中国民主化運動とは疎遠でした。いくつかの点において疑問があり、また私の力不足もあり、役には立てないと思い遠ざかったというのが実情です。しかし、このような詩に触れ、また勇気ある中国人権運動を国内で展開している方々の存在を学ぶとき、やはり、中国民主化運動が大きな果実をいつかこの少年の犠牲の上に実らせることを願ってやみません。日本政府の方々へ。この詩をぜひ読んでから日中外交交渉をしてください。
(三浦小太郎)
 
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 6・4「東京集会」のお知らせ
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 すでにニューヨーク、ワシントンでは抗議行動が開始されています!
 あの衝撃の天安門事件〔1989年6月4日〕から四半世紀。ことしは世界各地で中国共産党の凶暴な独裁政治を糾弾し、自由・民主・法治・人権をもとめる集会が開催されます。
          記
 とき    6月4日〔水〕午後6時~8時15分(午後5時半開場)
ところ   アルカディア市ヶ谷 三階大ホール(JR・メトロ「市ヶ谷」徒歩三分)
      http://www.jstc.jp/map/kenshu-mapARCADIA.html
 入場(会場分担金) おひとり1000円 (外国人留学生と学生は無料。ID提示)
       <どなたでも、予約なしでご参加いただけます!>
 主催   「天安門事件二十五周年 東京集会」実行委員会」
呼びかけ人 黄文雄、石平、相林、ペマ・ギャルポ、宮崎正弘 水島総
共催   「アジア自由民主連帯協議会」(ペマ・ギャルポ代表)
「頑張れ日本! 全国行動委員会」(田母神俊雄 代表)
「国防問題研究会」(玉川博己 代表幹事)

 プログラム 天安門事件の犠牲者に黙祷(司会 古川郁絵)
       基調講演 石平「私は天安門事件で中国を捨てた」
       ゲスト 陳破空(在米、亡命作家)
発言 ペマ・ギャルポ(チベット)、イリハム・マハムディ(ウィグル)
相林(中国)、オルホノド・ダイチン(蒙古)、王明理(台湾)、ベトナム
フィリピン、ミャンマー代表ほか水島総、藤井厳喜、西村幸祐
ならびに国会議員挨拶など・
 浄財の送り先   郵便振替 00180(6)486092
          名義人  「天安門事件25周年東京集会」

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賛同者(五十音順、敬称略)
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浅野和生、阿羅健一、荒木和博、一色正春、井尻千男、井上和彦、伊原吉之助、入江隆則
植田剛彦、潮匡人、梅原克彦 //