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■第1199話 バルチック艦隊の敗因(後編)

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 今回は以下のメールマガジンに掲載された内容の転載です。

  メイル・マガジン「頂門の一針」3295号 2014(平成26)年5月5日(月)

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(前編から続く)


●編制・装備

 当時のロシア社会は、貴族の上級士官が庶民の水兵を支配するという構造的問題を抱えていた。

 上官と兵士ではなく、主人と奴隷のような関係の軍隊は、ときに対立や非効率を産んだ。


 水兵の中にもロシア革命にも繋がる自由思想の芽が育ち始めた時期で、無能な高級士官への反発が戦う意義への疑問を産み、士気を削いでいた。

 結果、サボタージュが頻繁に見られた。


 ロシア海軍の水兵の内、優秀な者は太平洋艦隊と黒海艦隊に集められており、バルチック艦隊の水兵の質は最も低かった。


 航海前に多くの新水兵を乗せたが、マダガスカルでの長期滞在中など、十分に戦闘訓練を行ったものの目的が明らかでなく「訓練のための訓練」となってしまって実戦に有効でなかった。


 バルチック艦隊主力のボロジノ級戦艦の中には、完工しておらず工員を乗せたまま出港した艦もあった。

 ロシア艦は家具調度品や石炭などの可燃物を多く積んでいた。


 当時の艦艇は木造部分が多く、浸水よりも火災で戦闘不能になることが多かった。

 鹵獲されたものの沈没は免れた戦艦「オリョール」では乗員達が自主的に木製家具の処分などを行った。


 撃沈された戦艦「アレクサンドル3世」などでは「居心地が悪くなる」などの理由で木製品の処分が行われずそれが明暗を分けた。


●指揮統率

 バルチック艦隊司令部は長い航海の終わりに疲れきった状態での戦闘を避けるべく、終始、守勢の行動をとった。

 また、ウラジオストクに一目散に逃げ込んで、十分な休養の後、日本艦隊と対峙しようという考えも、決戦の勢いを鈍らせた。


 結果、自艦隊に有利な状況での先制攻撃の決心を欠き、チャンスを生かせなかった。

 ロジェストヴェンスキー提督が規律を重んじすぎる性格で、各艦の勝手な発砲に過敏なほど嫌悪感を示した影響も大きい。


 後年、東郷は緒戦でロシア艦隊の隊形の不備を指摘して

  「ロシアの艦隊が小短縦陣(2列縦列)で来たのが間違いの元だったのさ。

   力の弱い第二戦艦隊がこちら側にいたから、敵が展開を終えるまでに散々これを傷めた。

   あのときもし、単縦陣で来られたらああは易々とならなかったろう」

と述べている。


●気象

 海戦当日の気象は、「天気晴朗ナレドモ浪高シ」とあるように、風が強く波が高く、東郷らの回り込みによって風下に立たされたバルチック艦隊は、向かい風のために砲撃の命中率がさらに低くなった。


 喫水線を高く設計したロシアの艦艇は、波が高いと無防備の喫水線以下をさらけ出すことになり、魚雷1発だけで撃沈された。

 さらにこの構造は波高の時は転覆しやすかった。

「ウィキペディア」


(完結)


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■ 歴史好きの素人が語る歴史(第1199号)(2014年05月14日号)

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