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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2014年5月3日 NO.号 )

              
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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◎西村真悟
平和を望むなら、闘いに備えよ

 「平和を望むなら、闘いに備えよ」
 
 この言葉は、古代ローマ帝国の軍学者ウェゲディウスが発したものであると教えられた。

 しかし、言っておく。
 この言葉は古代ローマの言葉であると同時に、
 現在の我々が「実践」すべき言葉である。
 何故なら、我が国が、
 現在直ちにこの言葉の実践に突入しなければ、
 我が国の存立は確保できないからである。
 
 闘いに備えることは、平和の為の戦略である。
 平和を確保できずして、国民の福祉はない。
 よって、
 闘いに備えることは、最大の福祉である。
 国防が、最大の福祉である。

 五月に入っても、
 我が国の政治は、「国家の自衛とは何か」、も解らず、
 未だに「集団的自衛権」の「神学論争」を続けている。
 
 そして隣国では今、大勢の修学旅行生を乗せて沈没した大型フェリーの悲惨な事故への対処に関して、
 政治批判が渦巻き始めたと報道されている。
 
 しかし之は、対岸のことか。
 波が来ればればすぐ傾き、傾けば復元できずに沈む船に、
 大勢の国民を乗せて、平気で動かしているのは、
 現在の我が国の政治ではないか。
 
 船内に閉じ込められた多くの国民を、
 救助することもできないのは、
 北朝鮮に拉致された多くの国民を救出できない、
 現在の我が国ではないか。

 本日は、明日五月三日に、札幌で、「憲法」について話すために北海道に出発するが、その前に、
 
 我が国家をして「闘いに備える」ことができなくする規範は、
 国家の最高法規でも何でもない!
 という単純明快なことを指摘しておく。
 
 何故、単純明快か。
 諸兄姉、ご自分のことを考えていただきたい。
 貴方自身や幼い貴方の子供が無頼漢から攻撃を受けたとき、
 たとえ殺されても、その攻撃を防がないという規範など、
 諸兄姉の規範ではないではないか。
 これと同じだ。
 単純明快、ドゴールの、知性と本能が、国家を救う。

 それと、「本能」がでたので付け加えておく。
 北海道の同志と共に、
 サッポロビールを飲みジンギスカンを食べるのが楽しみだ。
 
 何故、サッポロビールか。
 それは、サッポロビールが、
 朔北の大地に屯田兵によって創設された帝国陸軍第七師団を象徴する「☆」を、今もそのままラベルに刻んでいるからだ。
 精鋭の第七師団は、日露戦争の旅順要塞攻防戦に於ける肉弾突入部隊である白襷隊と二〇三高地の激戦に投入され、
大東亜戦争では激戦地ガダルカナルで闘い、遂に、沖縄戦に於いてその激闘の歴史を終える。
 現在、第七師団の朔北の地では、
 陸自第二師団が、その最強の伝統を守っている。



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目次
◎南丘喜八郎    高野長英の不屈の魂に学ぼう!!
◎ 奥山篤信 フランス映画『ある過去の行方Le pass!) 2013
◎ 奥山篤信 英豪映画『レイルウェイ 運命の旅路 The Railway Man 2014
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◎南丘喜八郎    高野長英の不屈の魂に学ぼう!!

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月刊日本5月号【巻頭言】より

 東京・青山の表参道と国道246号線の交差点近くに、「高野長英隠れ家および自決の地」と書かれた碑が建っている。嘉永三年(一八五〇)十月三十日、ここ青山百人町で、沢三泊の偽名で潜伏していた高野長英は、幕府の捕方に襲われ、所持していた脇差で自ら喉を突いて自刃した。四十七歳であった。

 高野長英は明治時代の文明開化を先取りした近代思想の先駆者であり、幕末期に最も傑出した存在だった。

 この碑から程近い善光寺別院の境内に、高野長英のレリーフが彫られた碑がある。明治時代、後藤新平ら郷里水沢の有志により、勝海舟が撰文した立派な碑が建立されたが、戦災で大部分が壊され、後に再建されたものだ。



 高野長英は文化元年(一八〇四)、陸奥国水沢で生まれたが、幼くして父を亡くし、医師だった母方の高野家に養子として迎えられた。十七歳で江戸に出て蘭方医学を学び、後に長崎でシーボルトに師事した。

 長英は語学の天才で、全国の俊秀が集まったシーボルトの鳴滝塾でも傑出した語学力を発揮し、幕末最高の蘭学者と謳われた。渡辺崋山、小関三英らと尚志会を作って海外事情を研究するうちに政治に開眼、鎖国下の日本の危機を痛感する。長英の国際情勢分析は鋭く、国を憂うる心情は切実だった。

 長英は鎖国政策を厳しく批判して、『戊戍夢物語』を著したが、これが幕府の忌憚に触れ、「蛮社の獄」に連座する。当時、幕府目付の鳥居耀蔵は、朱子学を金科玉条とする林家の系譜を継ぐ反洋学派の筆頭だったが、長英に対する鳥居の憎悪は言語に絶するほど激しいものだった。

 「蛮社の獄」は幕末最大の言論弾圧事件だった。幕府の執拗な迫害に、同志の崋山、三英は結局自ら命を絶ってしまうが、江戸小伝馬町に入獄し、終身禁固刑となった長英は決して絶望しなかった。

 入獄六年目の弘化二年(一八四五)、小伝馬町の獄舎が放火と見られる失火で全焼し、長英はこの機に逃亡を図る。この火事は、これを機に脱獄を企んだ長英の仕業であった。当時、小伝馬獄は出火した時、「切り放し」と称し、期限を切って囚人を開放する仕来りになっていたが、長英はこの「切り放し」を利用し、脱獄することを狙ったのだ。長英の狙い通り獄舎は全焼した。長英は旧知の医師高野隆仙宅に身を隠した。

 脱獄直後、長英は人相書から身元が割れるのを恐れ、硝酸で顔を焼き、容貌を一変させた。その後幕吏に捕縛されるまでの六年間、長英は逃亡生活を続けたのだ。当時の状況下で、牢破りの長英が全国各地に潜伏し、逃亡生活を続けることは絶望的であった。

 幕吏の執拗な探索の目を掻い潜って、長英を庇護したのは、宇和島藩主の伊達宗城や伊豆韮山代官の江川英龍、薩摩の島津斉彬などの有力者、さらに仙台の侠客鈴木忠吉ら有名無名の数多くの人々だった。

 長英の情熱は逃亡中も決して衰えることはなかった。逃亡中も翻訳に力を注ぎ、兵学上の大翻訳事業と高く評価される『三兵答古知幾』を完成させた。しかし、この訳書が余りにも優れた出来栄えで、筆写されて蘭学者や兵法者たちに流布したため、既に死亡したと信じられていた長英生存の有力な根拠になってしまったという。



 嘉永三年、江戸南町奉行所は長英の住まいを探知する。長英は青山百人町で小伝馬獄で一緒だった男に町で出会い、逃走資金をせがまれて自宅に案内した。この男は釈放を条件に長英の探索を命じられた南町奉行所の手先だったのだ。長英は遂に幕吏に捕縛された時、脇差で喉を突き自刃したと伝えられる。

 この時の幕吏の一人加藤某の直話を記録した高橋梵仙の著書『奥羽史談』に、長英最期の模様が記されている。「十手を以て散々打のめし、弱る処を取つて押へ縄を懸けたれども手痛く打れしゆえ、半死半生にて立つ事ならず、余儀なく駕を傭ひ、南町奉行屋敷へ護送の途中、長英は一言うめくと其儘絶命なりたりとぞ」

 歴史小説家・吉村昭は長英の逃亡生活を中心に『長英逃亡』を著したが、長英の最期に関しては通説と異なり、この高橋梵仙著『奥羽史談』を参考に、幕吏による撲殺説をとっている。

 明治維新に先立つこと十六年前、長い逃亡生活の末、長英は幕吏に撲殺された。

 この瞬間、高野長英の脳裏に浮かんだのは一体何だったのか。

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◎ 奥山篤信 フランス映画『ある過去の行方Le pass!) 2013

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イランの監督の映画は巨匠キアロスタミを筆頭にキラ星のごとくである。まさに物質社会に毒されたハリウッドそして、その毒され方は多少少ないとはいえ欧州映画など、娯楽作品や性の問題を扱った映画が世界の主流の中イラン映画は独特の人間関係のきめ細かさを描いている希有の辺境映画といえる。
この映画の監督アスガル・ファルハーディーはまさにイランで教育を受けた本場のイラン人監督であり、脚本家でもある。第3作『水曜日の火花』では2006年のシカゴ国際映画祭でヒューゴー金賞を受賞していらい国際的にも認知されているが、僕が見始めたのは第4作、カスピ海岸へ旅するイラン人グループが遭遇する悲劇を描いた『彼女が消えた浜辺』であり、見事2009年ベルリン国際映画祭の銀熊賞 (監督賞) を受賞した。2011年、ファルハーディーはベルリン国際映画祭にて『別離』が金熊賞および銀熊賞 (女優賞) と銀熊賞 (男優賞) を獲得した。
この映画を楽しみにでかけた。なんと昼下がりの1時から二時間にも拘らずまんじりともせずこの細やかな人間関係の描写、そしてこの監督の謎解きを観客もどんどん考えさせながら進めて行く手法に堪能したのである。間違いなく本年僕のベストテンに残る素晴らしい映画で第66回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門にて、ベジョに女優賞をもたらした。しかし第86回アカデミー賞外国語映画部門のイラン代表作品であったが逃した。僕が見た三つの作品で最高と考えるが・・・
ストーリーはテヘランに住むアフマドは、4年前に別れたフランス人妻マリの要請により正式な離婚手続きを完了するためにパリを訪れることから、色々な人間関係がぶつかり合いそして傷つけ合いながら、収束に向かって描かれて行くのである。とにかく三つの作品を通じてこの監督の間合いのうまさには仰天する。
登場人物は
アフマド 妻との離婚手続きでパリを訪問する
マリ フランス人の美貌の女性で次々と男性をくわえこみ男性は去って行く奔放な女性
サミール マリの現在のイラン人の恋人
マリの長女リュシー ベルギー在の元父親とマリとの子
次女 同様
長男 マリとサミールの子
サミールの妻 フランス人で自殺未遂植物人間 その理由が謎として物語展開の核となっている。
サミール経営の洗濯従業員 不法就労のイラン人女
フランス映画だが、まさにイランをそのままパリに持ち込んだようなパリとは異質の世界である。ただマリなど一握りのフランス女性を描くことで生活の合理性やパリ的男女関係の奔放さと泥臭いペルシャ文化との差を浮き彫りにしているのだろう。
マリに扮する ベレニス・ベジョがカンヌ映画祭女優賞を獲得した。

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◎ 奥山篤信 英豪映画『レイルウェイ 運命の旅路 The Railway Man 2014

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エリック・ローマクスの自叙伝『泰緬鉄道 癒される時を求めて』(The Railway Man)の映画化。第二次世界大戦中、タイとビルマ間を往来する泰緬鉄道の建設に捕虜として従事させられたイギリス人将校と当時施設にいた日本人通訳・永瀬隆の姿を描く。
僕はこの映画がもし政治的意図で今更の公開なら納得いかない。虚構の河野洋平談話に基き、隣国が捏造の
歴史で日本を恫喝しているなかでもし、英豪がこれに悪のりして創ったとすれば許し難い暴挙である。そもそも帝国主義路線で世界貧困国を奴隷のように侵略支配したのは誰なのか?//