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■第1190話 日本は侵略国ではない(5/6)

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 今回は以下のメールマガジンに掲載された内容の転載です。

  メイル・マガジン「頂門の一針」3274号 2014(平成26)年4月12日(土)

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(前回から続く)

●京都産業大学教接 丹羽春喜氏

 中国全土(満州事変以前は満州をも含む)に広がった異常に過激な排日・抗日運動や、中国在住日本人に村する迫害・狼藉・虐殺事件の頻発、一九二七年の南京事件(わが領事舘が共産党系中国軍により襲撃・略奪された)、一九二八年の済南事件、三六年の西安事件(中国共産党が蒋介石に「国共合作」による抗日戦開始を強要)、そして、日中間の全面戦争につながった三七年七月七日の盧溝橋事件、さらに、同年夏に幾度も結ばれた停戦協定を、そのつど中国軍側からの暴発的攻撃再開によってぶち壊してしまうことになった広安門事件(三七年七月二十六日)や通州事件(同年七月二十九日-多数の在留民間日本人が虐殺された)など、そのすべてが、この線(注:ソ連の「日中両国を闘わせる」という戦略)での中国共産党ないしその同調者グループによる謀略工作によって、発生させられたものである。


 私は、一九八八年六月の訪中のさい、北京の「中国人民革命軍事博物館」で、中国共産党中央委員会による一九三七年四月十五日付けの「対日抗戦を実現せよ」という「全党同志」への指令書が陳列してあるのを見て一驚を喫した。

 すなわち、盧溝橋事件よりも三カ月も前に、中国共産党はこのような指令を出していたのである。

 (中略)


 盧溝橋事件では、一九三七年七月七日の午後十時四十分に中国側から最初の銃撃を受けたあと、数回の銃撃を受けながらも、同地で演習中の日本軍部隊は、演習を中止したまま七時間後の午前五時半まで、応戦をさし控えて隠忍していた。

 そして、中国側の攻撃がいよいよ本格化して、日本軍がきわめて危険な状況になってきて、はじめて反撃を行なったにすぎないのである。

 (現代アジア研究会編『世紀末から見た大東亜戦争』所載「日本を陥れたもの」プレジデント社刊)


●独協大学教授 中村 粲氏

 日本側に戦争計画など全くなかつたことはいくつかの事実が立証する。

 例へば清水中隊は空包の他に万一の場合に備へて各自実包三十発を携帯してゐたが、実包は厳重に包装され、間違っても使用できない状態になつてゐた。

 (中略)

 のみならず、同中隊はその夜(注:7月7日)の演習に鉄帽さへ携行してゐなかった。

 清水中隊長は二日後に予定された中隊教練検閲を控へて兵の過労を防ぐため、鉄帽も携行させてゐなかつたのである。

 我軍は鉄兜なきまま中国軍との紛争に巻き込まれて行ったのだ。

 (中略)


 この一事を以てしても、日本軍謀略説は崩壊する外ない。

 鉄帽不所持は我軍が交戦を予想してゐなかつたことを立証する決定的事実と云つてよい。

 (前掲『大東亜戦争への道』)


Q8 日本は先の大戦(大東亜戦争・太平洋戦争)で東南アジアの国々を相手に戦争をしたのですか?

A8 開戦および終戦の詔書に目を通してください。


●昭和16年12月8日 開戦の詔書
 抑々(そもそも)東亜ノ安定ヲ確保シ以テ世界ノ平和二寄与スルハ、丕顕(ひけん)ナル皇祖考、丕承ナル皇考ノ作述セル遠猶ニシテ、朕ガ拳々(けんけん)措カザル所。

 而シテ列国トノ交誼ヲ篤クシ、万邦共栄ノ楽ヲ偕(とも)ニスルハ、之亦(これまた)帝国ガ常二国交ノ要義卜為ス所ナリ。


 今ヤ不幸ニシテ米英両国卜釁端(きんたん)ヲ開クニ至ル。

 洵(まこと)二已ムヲ得ザルモノアリ。豈(あに)朕ガ志ナラムヤ

 (中略)

 事既二此二至ル。

 帝国ハ今ヤ自存自衛ノ為、蹶然(けつぜん)起ツテ一切ノ障礙(しょうがい)ヲ破砕スルノ外ナキナリ。  


●昭和20年8月15日 終戦の詔書

 抑々帝国臣民ノ康寧(こうねい)ヲ図り万邦共栄ノ楽(たのしみ)ヲ偕(とも)ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範(いはん)ニシテ朕ノ拳々措カザル所。

 曩(さき)二米英二国二宣戦セル所以(ゆえん)モ亦実二帝国ノ自存卜東亜ノ安定トヲ庶幾(しょき)スルニ出デ、他国ノ主権ヲ排シ領土ヲ侵スガ如キハ固ヨリ朕ガ志ニアラス 

 (中略)

 朕ハ帝国卜共二終始東亜ノ解放二協力セル諸盟邦二対シ遺憾ノ意ヲ表セザルヲ得ズ。


●奈良県立商科大学学長 勝田吉太郎氏

 第二次大戦の戦勝国は、東京裁判において大東亜戦争を目して日本軍国主義の侵略戦争と断罪した。

 だがそれとは別に、あの戦争が白人帝国主義の終焉とアジア植民地の解放とを結果的にもらしたこと、それは否定できない歴史の事実であろう。


 日本軍がシンガポールを陥落させたとき、その報に接したロンドン亡命中のドゴール将軍は日記にこう書き記した。

 「シンガポールの陥落は、白人帝国主義の長い長い歴史の終幕を意味する」
と。


 なるほど八月十五日は日本にとつては屈辱の日であろう。

 しかしその日は、インドその他のアジア諸国にとつては解放と独立へ到る日となったのである。

 (前掲『世紀末から見た大東亜戦争』所載「大東亜戦争とコミンテルン」)


(次回へ続く)


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■ 歴史好きの素人が語る歴史(第1190号)(2014年04月23日号)

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