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【寄稿】縁の下の力持ちから主役へ―自衛隊の今

20140319

菊地 英宏

3月15日の横須賀は晴れ渡っていた。自衛隊さんありがとう日の丸行進は、主催する山本正治氏を中心に、多数の日の丸、旭日旗を掲げ、整然と行われた。

自衛隊に感謝するこの種のデモンストレーションを行うことができるようになったことは一時期の日本からは隔世の感があり、自衛隊の諸君に公に感謝の意を示すことができるようになったという事実だけで筆者の頬を熱いものが伝うのであった。

さて、先導車が自衛隊の創設者の吉田茂首相の訓示を読み上げる一幕があった。

引用する。

君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。

きっと非難とか誹謗ばかりの一生かもしれない。

御苦労だと思う。

しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、

外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。

言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。

どうか、耐えてもらいたい。

引用終わり

この訓示を要領よくまとめれば、自衛隊が活躍する事態は、国家存亡の危機であり、その様な事態にならないことが国民の幸せであるので、自衛隊の諸君は日陰者であることに耐えてもらいたいというものである。

かなり、乱暴にまとめれば、戦後の国軍の状況はこの訓示のままであったと言える。
自衛隊はつい最近まで日陰者という扱いに甘んじていた。つい最近までとした理由は、自衛隊はもはや「日陰者」ではないからだ。

吉田茂の訓示は、軍隊の本質をついているようでいて、ついていない。

英語にプレゼンスという言葉がある。英和辞典を引いてみると、

presence  いる[ある]こと;存在

とある。実は国軍というのは、そのプレゼンス、存在すること自体が「活躍」なのである。
その意味で吉田茂は軍隊の本質が分かっていなかったと言える。

軍隊が活躍する瞬間というのは何も、国家存亡の危機が出現し、激しい戦闘がおこっている瞬間だけを意味するのではない。むしろ、軍隊の最も活躍する瞬間とは、軍隊が静かに、その存在によって世界の秩序と安定を維持している状態、つまり平時こそ本当に彼らが活躍していると言えるのだ。

そして、我々が最も国軍である自衛隊に感謝しなければならないことがある。彼らが活躍するために、つまりプレゼンスを発揮するためにはwell trainedの状態、即ちよく訓練された状態でなければならない。それを維持するために実はたくさんの血が流れているのである。

平成11年11月22日、T33練習機に乗った二人の優秀な空自パイロットが逝った。彼らは、最後までエンジントラブルを抱えた機を操縦して、住宅地に被害のない位置まで誘導した後、2度目のベイルアウト宣言して逝った。二度目のベイルアウト宣言は、そしてベイルアウトは、射出シートの整備員に対して、自分たちの死が決して、その整備不良にあるのではないことを示すために行ったと言われている。最後まで仲間を気遣った、立派で誇りある死である。

防衛省によれば、警察予備隊以降、平成25年度追悼式までに殉職された方の数は、1,840柱に登る。これは、自衛隊がプレゼンスを発揮するための代償、即ち、日本が、世界が平和であるための尊い代償なのだ。

軍隊は存在するだけで、プレゼンスを発揮するだけで、多くの血を流している。だが、それは、それよりもっと大きな流血である戦争を抑止するために流された尊い血なのだ。

今日、国軍のプレゼンスにはさらなる期待が高まっている。

日本がアメリカから独立するかどうかと、独立する力を持つかどうかはまた、別の問題である。

本質を言えば、するかしないかの問題とできるかできないかの問題は根本的に異なる。

アメリカから潜在的に独立可能な軍事力を保有することは日本にとって焦眉の急である。

TPPで多大な妥協をアメリカにした日本は、「従軍慰安婦問題」がカネになると考えるアメリカの一部の浅ましい議員たちのさらなるゆすりたかりにあっている。

日本が独立可能な軍事力を有していなければ、いつでもアメリカは、「もう日本の肩をもってやらないぞ」と日本を脅すことができる。

ところが、日本が独立可能な軍事力を持っていれば、そんな時でも、日本は、「お好きにどうぞ、我々は、あなた方を見捨てるだけです」と言い放つことができる。

国軍の十分なプレゼンスがあるかどうかはこれだけ大きな決定的な影響を外交交渉に与える。

国軍が存在し、機能している、それだけのことが本当に本当に国家の存立にとって平時から重要なのである。

だからこそ、我々は、自衛隊の諸君に犠牲を求めている。

我々は、自衛隊の諸君に感謝しなければならない。我々の存在は、日本国のプレゼンスは、国軍たる自衛隊の存在に依拠しているからだ。

竹島、尖閣、北方領土、拉致問題、TPP、「歴史問題」全て、パワーバランス、軍隊同士の力関係の影響を受けている。

我々が、正しくあろうとすれば、力を持たなければならない。

反対に我々が、正しくふるまうと心に誓うのであれば、我々こそが強力な軍事力を保有すべきである。

国際社会は、正義と平和を希求しているというのは、致命的妄信に満ちている。国際社会は常に、ならず者の悪意と、不正義と暴力に満ちている。

中共のウイグル、チベットでの虐殺、ソビエトが行ったカチンの森、ユーゴスラビアの悲劇、あらゆる事実が、力なき正義の無力を示している。

我々が、本当に世界の人々の幸せを考えるならば、公に生きるならば、今こそ、軍事力を用意しなければならない。

日本には素晴らしい理想がある。世界で初めて人種差別に反対し、八紘一宇を唱えた。人種差別に反対し、世界の人々の融和を唱えることは、和の心を大切にする大和ならではの考え方だ。

その素晴らしい理想を、理念を広めるためには軍事力が必要だ。

邪なことに軍事力を使わないものだけが、強力な軍事力を保有する権利がある。

国益を英語で
National interestという。国家の関心事だからである。
そうであるならば、日本はいわば、World interestに基づいて動いてきた。

そういう公に生きる国家ほど、強い軍事力を持ち、指導的役割を果たさなければならない。

もはや、自衛隊を「日陰者」または縁の下の力持ちとして扱う時代は終わった。

彼らは、日本の国益、世界の平和を守るために今もプレゼンスを発揮し続けている。


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菊地英宏 Hidehiro Kikuchi

山口多聞記念国際戦略研究所

代表・首席上級研究員 工学博士