戦前の日本は暗黒時代だった?
今、教育現場では大東亜戦争があったこと自体を教えていない、という異常な事態になっているそうです。そういえば日本史の授業といえば、私も原始人の骨や土器の名前から覚えさせられ、重箱の隅をつつくような細かい年号とかどうでもいいような人物の名前などを暗記させられてウンザリしたことを覚えています。古代から始めると近代になる前に授業は終わってしまうのです。わが国の歴史の中でもっとも大事な近代史、それも国民が一丸となって世界を相手に戦ったすごい歴史を習わずに卒業してしまうのです。その上、マスコミは日夜「戦前の日本は暗黒時代だった」とか「言論の自由はなく個人の自由や権利は抑圧されていた」などと嘘ばかりを吹き込みます。これで子供たちがまともな大人に育ったら、不思議なぐらいです。
日本史の教科書によれば昭和10年 (1935年) から20年まで日本は「戦争一色の時代だった」そうですが、では実際はどうだったのでしょうか? 一目瞭然、見ただけで分かる本があります。『ひと目でわかる 「戦前日本」の真実 1936—1945』(PHP研究所・1,500円)です。ジャーナリストの水間政憲さんが精力的にされているお仕事、「ひと目でわかる」シリーズの5冊目です。
表紙の女性は16歳の初々しい原節子さん
この本の中に「1936年~45年: 国民生活各種統計表」というのがあります。これによると映画館の来場者数は年々増えており、ピークはなんと! 日米開戦の翌年の1942年です。もちろん外国映画を見ることもできました。上野動物園の入場者数も毎年増えていて、ピークは1941年です。これでも「娯楽のない暗い時代」といえるのでしょうか?
「戦争中は贅沢は敵、といわれて女性はおしゃれもできなかった」と言われていますが、この本には最新のファッションで銀座を闊歩する女性がたくさん出てきます。むしろ今の女性よりも派手で念入りにお化粧をしているように見えます。浜辺で水着姿の女性がタバコを吸う写真、立ち食い寿司屋で寿司をほおばる女性もいます。みんな明るく元気いっぱいに見えます。1940年、 歌舞伎座の楽屋で写した女優の李香蘭(山口敏子)の写真がありますが、彼女は「戦時中、もんぺをはく風潮になってもはくことはなかった」 と語っています。ということは服装の強制はなかった、ということです。1944年以降、本土にもアメリカの爆撃機が頻繁に飛来するようになってからは、さすがにおしゃれどころではなくなったようですが、それまではのどかな日常生活だったことが分かります。
戦争が長引き、若い男性がほとんど戦地へ行ってしまうと、それまで男がやっていた仕事を女がやるようになりますが、そこに悲壮感は見られません。むしろ嬉々として仕事に励んでいることが表情から読み取れます。戦争中というのは本当の意味での「男女共同参画社会」だったのです。
「戦争に負けたのは日本とアメリカの工業力の差だ」とか「科学技術の差だ」ともよく言われますが、それもどうも違うようです。ノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士が中間子理論を発表したのは1935年という早さでした。原子力の研究もかなり進んでいて、原爆を製造する能力もあったそうです。ただ原爆を実用化することは戦時国際法違反になるということで、昭和天皇がついに首を縦に振らなかったそうです。
では、この本の中に納められている写真は一体、誰が撮った のでしょうか? なんと! 朝日新聞のカメラマンです。水間政憲さんは戦前に発行された『アサヒグラフ』を丹念に調べてその中から277枚 の報道写真を選んで一冊にまとめたのです。現在の朝日新聞の記者にも是非、この本を読んで感想を聞かせてもらいたいものです。
ブログランキングを始めました!クリックしてもらえると嬉しいです。
人気ブログランキングへ
