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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成26(2014)年3月17日(月曜日)
通巻第4185号
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徐才厚(元軍事委員会副主任)が末期膀胱ガン
汚職追求の「双規」を中断、事実上の「死刑判決だ」と。
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『サウスチャイナ・モーニング・ポスト』(南方早報、香港の英字紙)が速報で伝えた。
軍事委員会元副主任(事実上の軍トップ)を2004年から十年間つとめた徐才厚が末期ガンであることが判明し、「双規」(最高幹部の取り調べ)から除外されたことが判明したという北京の情報(同紙、3月17日付け)が伝えている。
徐才厚は江沢民に引き立てられ胡錦涛政権の軍のお目付役として軍のトップの座にあり、軍の近代化を主導したが、同時に軍の装備にかかわる汚職を黙認し、また失脚した薄煕来と親しい関係にあったため、密かに取り調べを受けていた。
「蠅も虎も容赦はしない」という王岐山チームは、『大虎』『老虎』という抽象的な名称でターゲットを明かさなかったが、「大虎」は周永康(元政治局常務委員、序列第九位)、「老虎」は徐才厚だったわけだ。
さきにも軍の腐敗の象徴として軍事委員会装備部副主任だった谷俊山が、86億元(邦貨換算で1500億円)の装備調達関連汚職を調べていた過程で「収賄容疑」で逮捕され、失脚している。
その背後に徐才厚がいるという情報は前々からあった。
同情報筋は、徐は末期ガンであるとし、これは「死罪に匹敵する」として、取り調べが中断されたという。
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 1050回】
――「全行程を通じて、三びきのハエを見ただけであった」(中島25)
「点描・新しい中国」(中島健蔵 『世界紀行文学全集』修道社 昭和46年)
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中島の主張する「真の友好関係」「平等な条件による平和共存」が具体的に何を指すのかは不明だが、そもそも外交の第一義的目的は自国の矜持を持った生存と安全の確保にあり、自国民の生命と財産の保全にあり、近隣諸国との「真の友好関係」「平等な条件による平和共存」にあるわけではないだろう。
現実的に考えるなら、後者は前者を確固としたものにするための前提条件にすぎない。だから後者を重んずるあまり前者が侵されるような事態が予兆されたら、サッサと捨て去るべきは明かに後者であるはずだ。
とどのつまり中島らが日中友好運動を差配した50年代半ば以降、日本は基本的に不満を感じながらも相手との間で波風の立つことを嫌い、近隣諸国との友好というオ題目に自らの手足を縛ってしまい、“外交的配慮”やら“大人の対応”などの自己満足(欺瞞?)に基づいて、「明らかに相手が嫌っているような」ことを避ける愚を繰り返してきてしまった。
目の前の厄介事を先送りし、敢えて摩擦を避けようという曖昧で消極的対応が、結果として現在の憤懣やるかたない惨状――中国からの尖閣攻撃や南シナ海の内海化の動き、加えて韓国による罵詈雑言・史実捏造外交――に繋がったことは、いうまでもないだろう。
つまり現に目の前で繰り返される彼らの傍若無人・跳梁跋扈は、たんに中国が経済大国化したからではなく、その根っこは、日本の「55年体制」に病巣があったと思えてしかたがない。
古今東西の国際関係史に照らしても、近隣諸国との間で「平等な条件による平和共存」が成り立った例はないはずだ。古来、遠交近攻という訓えがあるではないか。
ところで中島は、時に自らが任じている文学者としての立場からも発言しているが、やはりトンチンカンの誹りは免れそうにない。以下に、その一例を。
中国の文学者の方が、日本より不自由だというわけではない。「現にこの目で見て来た中国では、人間の弱点を認めるにしても、それをよりどころにして文学を創作するという現実的な根拠がない。それに反して、日本では、どんなに人間の弱点をおおいかくそうとも、やりきれないほど社会にそれが充満しているので、文学はそれをよけることができない」。中国における文学は「できるだけ人間の弱点を少なくすること望む」ことを目指している。だが日本では、「人間の弱点が少なくなれば人生がおもしろくなくなり、文学はあがったりだ」との考えが支配的であるとし、日中の間では「全く相容れない文学観を持っているとみずからみとめなければならなくなる」――これが、中島の考える日中文学の違いだろう。
つまり中島は、「できるだけ人間の弱点を少なくすること望む」がゆえに中国文学は、人間の雄々しさ、逞しさ、自己犠牲を描く。これとは対照的に、日本の文学は社会に「充満」している「人間の弱点」に飽くまでも拘る――と思い込んでいるようだ。だが、この中島の文学観を敷衍するなら、「為人民服務」「自力更生」の政治スローガンに象徴される文学も芸術も、なべて政治(=革命)に奉仕すべしという毛沢東の文芸観に通ずる。日本では確かに文学者のカンバンを掲げて商売をしていた中島だが、文学は「人間の弱点」を描くものではないとは、なんとも勇ましい妄言であることか。中島というゴ仁は、文学者を僭称するトンデモないペテン師であったことは間違いなさそうだ。
ところで、お笑いを。広州でのソ連バレー団公演の折、「報道カメラマンがずらりと並んで〔・・・〕遠慮なくストロボをたいてシャッターを切っている」。
だが「五千人という観衆の中からは一つもシャッターの音は聞こえなかったのである」と。ここで当時の中国の民衆が置かれていた環境――毛沢東による徹底した独裁化に伴う情報管理、加えて経済事情から考えれば、「五千人という観衆」がバレー鑑賞のマナーを守っていたのではなく、カメラを持てなかっただけだろうに。
さすが中島だ。「人間の弱点」を描こうとはしない。
《QED》
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読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)シンポジゥム「島嶼問題を考える」を拝聴しての感想です。3月14日宮崎先生の総合司会のもとに開催されたシンポジゥム「島嶼問題を考える~尖閣・南沙・西沙諸島~」を拝聴しました。
浜田参議院議員が挨拶の中で言及された、ベトナムへのシナ人観光客急増の理由が面白い。それは3G、Golf, Girl, Gambleだと。小生はGolfよりもGourmetがふさわしいと思った。
シナ人の伝統に従えば食欲・性欲・金銭欲の3つが彼らの行動原理だからだ。
水島聡氏の迫力ある決意開陳にも感動。氏はもし尖閣にシナ人が上陸するような事態になれば何も出来ない日本政府に代わって自ら尖閣上陸に赴くと。
高山正之氏の「アメリカ=悪玉」論も面白かった。
米が介入するまでそれなりに安定していたイラク、リビアを見よ。サダム・フセインを絞首刑にし、カダフイを殺害させたためイラクもリビアもますます混乱し不安定化した。米が望むのは地域の安定化ではなく、不安定化である。安定勢力が地域の主導権を握ることは米の国益に反すると考えるからだ。現在の東シナ海、南シナ海の不安定化は米の望むところだろう。
小生なりに高山説を敷衍したい。シナと対立するアセアン諸国がたとえ日本主導の地域安定化を望んでも、不安定化を望む米は或いはシナと組んで日本叩きに走るかも知れない。米駐日大使の言動や米マスコミの論調、米国内での慰安婦像建立容認など、既にしてその兆候ではないか。
日中韓の対立構造、アセアン諸国とシナの対立は東アジア、東南アジアの不安定化に寄与し、米にとっては好ましい展開なのかも知れない。
(ちゅん)。
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(読者の声2)ウクライナの東西対立に関してはさまざまな解説がありました。なかでもロシア問題専門家にして宗教事情にも詳しい佐藤優氏の論考には教えられることが多かった。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140307/erp14030708300003-n2.htm
http://ameblo.jp/zipang-analyzing/entry-11789201004.html
・西ウクライナのガリツィア地方に基盤を持つ排外主義的なウクライナ民族至上主義者の危険性を欧米諸国は過小評価している。
・ガリツィアは1945年まで帝政ロシア、ソ連の版図に含まれていなかった(オーストリアあるいはポーランド領)。宗教も、儀式は正教と似ているが、ローマ教皇に帰属するカトリック教会(ユニエイト教会)が主流。
・帝政ロシアの時代、ウクライナの全域ではロシア語を使えということになっていたので、ウクライナ人は農村部以外ではロシア語を使っていた。ほとんどのウクライナ人、ウクライナ語は使えない。
上記からも西ウクライナが親西欧の理由がわかります。ドナルド・キーン氏の「私の大事な場所」という本のなかで氏は、ポーランドまでがヨーロッパでロシアは異質であるという観察をしています。
ムソルグスキーのオペラ「ボリス・ゴドノフ」(在位:1598年 - 1605年のロシアのツァーリ)という作品に描かれるポーランドの場面は明るくて、いかにもヨーロッパ的な場所に見えるといい、ポーランドの古都クラコフ滞在では、「このクラコフの宮殿も、クレムリンと比べたら、いかにもヨーロッパ的な感じがする。ロシアの皇帝が毛皮や宝石で着飾った中央アジア風の衣装をつけていた四百年前、ポーランドではフランス風のレースとビロードのバロック式の衣装をつけ、ガボットを踊っていた。ヨーロッパはここまで来ていた。同じスラブの国なのに、ポーランド人はヨーロッパ人であるという自己意識がとても強い」とあります。
ポーランド人はロシア人をタタールと呼び毛嫌いしたといいますが、ガリツィアの民族主義者も同様なのかもしれません。
(PB生、千葉)
(宮崎正弘のコメント)キエフでオペラを鑑賞したとき、ウクライナ語でした。ポーランドのクラコーは小生も行った事がありますが、なるほど欧州風、ロシアの印象はありませんでした。もっともクラコーは琥珀の本場でもあり、また日本文化センターがあって、日本への興味が深い町でしたが。。。/
