その経緯にあって杉原はヴィザを亡命希望のユダヤ人に発給し続け、その行為にドイツは反対しなかった。当時、反対したのは英国だけだった。
だから杉原の行為は「人道的に素晴らしい行為」だがと前置きしつつもシロニー教授は「英雄視する必要はない」と言う。
「もし外務省の指示に反しての行為なら、杉原は「すぐに解雇されるか、または日本に送還され刑務所送りになっただろう(ドイツやソ連だったら、殺されていたに違いない)」。
ところが、逆に杉原はその後、プラハ領事館に勤務し、1942年には公使としてブカレストへ赴任するのである。
重要なのはその後日譚である。
「赤軍によってブカレストが占領されると、杉原氏とその家族はロシアの捕虜となった」。捕虜生活の時間は謎のまま、1947年に帰国したが、米軍の占領下にあって、外務省そのものがなくなっていた。だから解雇ではないのである。
「戦時中に『枢軸国』の諜報員だった杉原氏のような人物はいわずもがな(中略)、ミステリアスな側面は「ソ連との特別な繋がり」である。彼はロシア語に通じており、ソ連専門家であったばかりか、
「ロシア正教会に改宗し、一時的にではあるがセルゲイ・パブロヴィッチというロシア名まで名乗り、クラウディアというロシア人女性とハルビンで結婚し、彼女とは十一年間を共に暮らした」のだ。
この衝撃の人生の軌跡はほとんど語られていない。
だからロシアの捕虜となっても、杉原は特別待遇を受け、はやくも1946年に釈放された。にも関わらず釈放から数ヶ月間も杉原氏は日本に帰国しないで、ロシア国内を旅行している。
あまつさえ、杉原は1960年代に「モスクワへ移住し、そこで十五年間、日本のビジネスマンとして働くという、冷戦時代には非常に稀な生き方をしている。杉原氏は二重スパイだったのだろうか?」
という疑問を直截に読者に投げかけている。
◎▽
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 883】
――「愈々支那は気に食わない」(芥川の中)
『支那游記』(芥川龍之介 改造社 大正14年)
▽
芥川は、「支那」に対する怒りの矛先を豚、それも死んだ豚にまで向けている。
長江を遡行して訪れた景勝地の廬山で「若葉を吐いた立ち木の枝に豚の死骸がぶら下がっている。それも皮を剥いだ儘、後足を上にぶら下がっている」。そこで「一体豚を逆吊にして、何が面白いのだろうと考え」た芥川は、「吊下げる支那人も悪趣味なら、吊下げられる豚も間が抜けている。所詮支那程下らない国は何処にもあるまいと考えた」。
ここまで考えたら、後はもう一瀉千里である。
廬山を見ては、「廬山らしい気などは少しもしない。これならば支那に渡らずとも、箱根の山を登れば沢山である」。
連れて行かれた有名な料亭の庭を眺めては、「洪水後の向島あたりと違いはない。花木は少ないし、土は荒れているし、『陶塘』の水も濁っているし、家の中はがらんとしているし、殆御茶屋と云う物とは、最も縁遠い光景である」。
「さすがに味だけはうまい支那料理を食った」にもかかわらず、「この御馳走になっている頃から、支那に対する私の嫌悪はだんだん逆上の気味を帯び始めた」。そして遂に、「私は莫迦莫迦しい程熱心に現代の支那の悪口を云った。現代の支那に何があるか? 政治、学問、経済、芸術、悉堕落しているではないか? 殊に芸術となった日には、嘉慶道光の間以来、一つでも自慢になる作品があるか? しかも国民は老若を問わず、太平楽ばかり唱えている。・・・私は支那を愛さない。愛したいにしても愛し得ない。この国民相腐敗を目撃した後も、なお且支那を愛し得るものは頽唐を極めたセンジュアリストか、浅薄な、支那趣味のしょう?者であろう」とまでいい切るのであった。(尚、「しょう」の漢字は、「口」へんに「尚」)
「莫迦莫迦しい程」と正々堂々と綴っているが、さて、どの程度までに「熱心に現代の支那の悪口を云った」のか。その程度を知りたいものだが。
北京では「薄汚い人力車に乗り」、「北海の如き、万寿山の如き、或は又天壇の如き、誰も見物もののみにはあらず。文天祥祠も、楊椒山の故宅も、白雲閣も、永楽大鐘も(この大鐘は半ば土中に埋まり、事実上の共同便所に用いられつつあり。)」見物し、男女の席を厳格に分けているがゆえに、父親と幼い娘であっても別々に坐らなければならず、父親は「こちら側に坐りながら、(席を分ける)丸太越しに菓子などを食わせていた」姿を眼にして、「まことに支那人の形式主義も徹底したものと称すべし」と洩らす。
救国の英雄である文天祥を祀った文天祥祠は、「亦塵埃の漠々たるを見るのみ」。清朝王宮の紫禁城は「こわ悪魔のみ。夜天よりも厖大な夢魔のみ」
かくして芥川は、「しかし杜甫だとか、岳飛だとか、王陽明だとか、諸葛亮だとかは、薬にしたくてもいそうじゃない。云い換えれば現代の支那なるものは、詩文にあるような支那じゃない。猥雑な、残酷な、食意地の張った、小説にあるような支那である。・・・文章規範や唐詩選の外に、支那あるを知らない漢学趣味は、日本でも好い加減に消滅するが好い」と結論づける。
芥川の説く「支那あるを知らない漢学趣味」の弊害は一向に改まることなく、戦争期を経て毛沢東の時代に絶頂に達し、現在までも絶えることなく続いている。いったい、いつになったら改まるものなのか。
「百年、河清を待つ」わけにもいられまい・・・に。
《QED》
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▼ 宮崎正弘独演会のお知らせ
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宮崎正弘独演会
『ラストエンペラー・習近平の絶叫が聞こえる』
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とき 4月13日(土)14時~16時30分(開場:13時40分)
ところ 文京区民センター3F 3-A会議室(文京シビックセンター向かい側)
東京都文京区本郷4-15-14 Tel:03-3814-6731
交通:都営三田線・大江戸線「春日駅」A2出口から徒歩10秒、東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園駅」5出口から徒歩3分
参加費 事前申込:1500円、当日申込:2000円(事前申込の学生:1000円、高校生以下無料)
司会 タイラ ヨオ 作詞家・シンガーソングライター・ラジオDJ(倖田來未、ピコ(『よりぬき銀魂さん』エンディングテーマ)などへ作詞を提供)。
懇親会 17時~19時頃 参加費:事前申込3500円 (事前申込の学生3000円)当日申込4000円 (当日申込の学生3500円)
申込先 4月12日23時迄にメール又はFAXにて(当日受付も可)(懇親会は4月11日 23時迄)★当日は混雑が予想される為 事前申込の無い方の入場は講演10分前とさせて頂きます
主催 「士気の集い・青年部」千田宛て http://blog.goo.ne.jp/morale_meeting
FAX 03-5682-0018
E-mail:morale_meeting@yahoo.co.jp
第一級の中国ウォッチャーで、作家・評論家の宮崎正弘先生が中国の軍事・経済・環境・社会面等多角的な視点から最新の中国情勢を語ります。
【講師】宮崎 正弘(みやざき まさひろ) 評論家、作家(1946年 石川県金沢市生まれ。早稲田大学英文科在中に日本学生同盟(日学同)の機関紙である「日本学生新聞」の編集長、雑誌『浪漫』企画室長を経て、貿易会社を経営する。著書は『習近平が仕掛ける尖閣戦争』『中国権力闘争』『中国大暴走 高速鉄道に乗ってわかった衝撃の事実』『自壊する中国 ネット革命の連鎖』、『震災大不況で日本に何が起こるのか』『ウ/
だから杉原の行為は「人道的に素晴らしい行為」だがと前置きしつつもシロニー教授は「英雄視する必要はない」と言う。
「もし外務省の指示に反しての行為なら、杉原は「すぐに解雇されるか、または日本に送還され刑務所送りになっただろう(ドイツやソ連だったら、殺されていたに違いない)」。
ところが、逆に杉原はその後、プラハ領事館に勤務し、1942年には公使としてブカレストへ赴任するのである。
重要なのはその後日譚である。
「赤軍によってブカレストが占領されると、杉原氏とその家族はロシアの捕虜となった」。捕虜生活の時間は謎のまま、1947年に帰国したが、米軍の占領下にあって、外務省そのものがなくなっていた。だから解雇ではないのである。
「戦時中に『枢軸国』の諜報員だった杉原氏のような人物はいわずもがな(中略)、ミステリアスな側面は「ソ連との特別な繋がり」である。彼はロシア語に通じており、ソ連専門家であったばかりか、
「ロシア正教会に改宗し、一時的にではあるがセルゲイ・パブロヴィッチというロシア名まで名乗り、クラウディアというロシア人女性とハルビンで結婚し、彼女とは十一年間を共に暮らした」のだ。
この衝撃の人生の軌跡はほとんど語られていない。
だからロシアの捕虜となっても、杉原は特別待遇を受け、はやくも1946年に釈放された。にも関わらず釈放から数ヶ月間も杉原氏は日本に帰国しないで、ロシア国内を旅行している。
あまつさえ、杉原は1960年代に「モスクワへ移住し、そこで十五年間、日本のビジネスマンとして働くという、冷戦時代には非常に稀な生き方をしている。杉原氏は二重スパイだったのだろうか?」
という疑問を直截に読者に投げかけている。
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――「愈々支那は気に食わない」(芥川の中)
『支那游記』(芥川龍之介 改造社 大正14年)
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芥川は、「支那」に対する怒りの矛先を豚、それも死んだ豚にまで向けている。
長江を遡行して訪れた景勝地の廬山で「若葉を吐いた立ち木の枝に豚の死骸がぶら下がっている。それも皮を剥いだ儘、後足を上にぶら下がっている」。そこで「一体豚を逆吊にして、何が面白いのだろうと考え」た芥川は、「吊下げる支那人も悪趣味なら、吊下げられる豚も間が抜けている。所詮支那程下らない国は何処にもあるまいと考えた」。
ここまで考えたら、後はもう一瀉千里である。
廬山を見ては、「廬山らしい気などは少しもしない。これならば支那に渡らずとも、箱根の山を登れば沢山である」。
連れて行かれた有名な料亭の庭を眺めては、「洪水後の向島あたりと違いはない。花木は少ないし、土は荒れているし、『陶塘』の水も濁っているし、家の中はがらんとしているし、殆御茶屋と云う物とは、最も縁遠い光景である」。
「さすがに味だけはうまい支那料理を食った」にもかかわらず、「この御馳走になっている頃から、支那に対する私の嫌悪はだんだん逆上の気味を帯び始めた」。そして遂に、「私は莫迦莫迦しい程熱心に現代の支那の悪口を云った。現代の支那に何があるか? 政治、学問、経済、芸術、悉堕落しているではないか? 殊に芸術となった日には、嘉慶道光の間以来、一つでも自慢になる作品があるか? しかも国民は老若を問わず、太平楽ばかり唱えている。・・・私は支那を愛さない。愛したいにしても愛し得ない。この国民相腐敗を目撃した後も、なお且支那を愛し得るものは頽唐を極めたセンジュアリストか、浅薄な、支那趣味のしょう?者であろう」とまでいい切るのであった。(尚、「しょう」の漢字は、「口」へんに「尚」)
「莫迦莫迦しい程」と正々堂々と綴っているが、さて、どの程度までに「熱心に現代の支那の悪口を云った」のか。その程度を知りたいものだが。
北京では「薄汚い人力車に乗り」、「北海の如き、万寿山の如き、或は又天壇の如き、誰も見物もののみにはあらず。文天祥祠も、楊椒山の故宅も、白雲閣も、永楽大鐘も(この大鐘は半ば土中に埋まり、事実上の共同便所に用いられつつあり。)」見物し、男女の席を厳格に分けているがゆえに、父親と幼い娘であっても別々に坐らなければならず、父親は「こちら側に坐りながら、(席を分ける)丸太越しに菓子などを食わせていた」姿を眼にして、「まことに支那人の形式主義も徹底したものと称すべし」と洩らす。
救国の英雄である文天祥を祀った文天祥祠は、「亦塵埃の漠々たるを見るのみ」。清朝王宮の紫禁城は「こわ悪魔のみ。夜天よりも厖大な夢魔のみ」
かくして芥川は、「しかし杜甫だとか、岳飛だとか、王陽明だとか、諸葛亮だとかは、薬にしたくてもいそうじゃない。云い換えれば現代の支那なるものは、詩文にあるような支那じゃない。猥雑な、残酷な、食意地の張った、小説にあるような支那である。・・・文章規範や唐詩選の外に、支那あるを知らない漢学趣味は、日本でも好い加減に消滅するが好い」と結論づける。
芥川の説く「支那あるを知らない漢学趣味」の弊害は一向に改まることなく、戦争期を経て毛沢東の時代に絶頂に達し、現在までも絶えることなく続いている。いったい、いつになったら改まるものなのか。
「百年、河清を待つ」わけにもいられまい・・・に。
《QED》
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宮崎正弘独演会
『ラストエンペラー・習近平の絶叫が聞こえる』
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とき 4月13日(土)14時~16時30分(開場:13時40分)
ところ 文京区民センター3F 3-A会議室(文京シビックセンター向かい側)
東京都文京区本郷4-15-14 Tel:03-3814-6731
交通:都営三田線・大江戸線「春日駅」A2出口から徒歩10秒、東京メトロ丸の内線・南北線「後楽園駅」5出口から徒歩3分
参加費 事前申込:1500円、当日申込:2000円(事前申込の学生:1000円、高校生以下無料)
司会 タイラ ヨオ 作詞家・シンガーソングライター・ラジオDJ(倖田來未、ピコ(『よりぬき銀魂さん』エンディングテーマ)などへ作詞を提供)。
懇親会 17時~19時頃 参加費:事前申込3500円 (事前申込の学生3000円)当日申込4000円 (当日申込の学生3500円)
申込先 4月12日23時迄にメール又はFAXにて(当日受付も可)(懇親会は4月11日 23時迄)★当日は混雑が予想される為 事前申込の無い方の入場は講演10分前とさせて頂きます
主催 「士気の集い・青年部」千田宛て http://blog.goo.ne.jp/morale_meeting
FAX 03-5682-0018
E-mail:morale_meeting@yahoo.co.jp
第一級の中国ウォッチャーで、作家・評論家の宮崎正弘先生が中国の軍事・経済・環境・社会面等多角的な視点から最新の中国情勢を語ります。
【講師】宮崎 正弘(みやざき まさひろ) 評論家、作家(1946年 石川県金沢市生まれ。早稲田大学英文科在中に日本学生同盟(日学同)の機関紙である「日本学生新聞」の編集長、雑誌『浪漫』企画室長を経て、貿易会社を経営する。著書は『習近平が仕掛ける尖閣戦争』『中国権力闘争』『中国大暴走 高速鉄道に乗ってわかった衝撃の事実』『自壊する中国 ネット革命の連鎖』、『震災大不況で日本に何が起こるのか』『ウ/