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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
  平成25(2013)年3月15日(金曜日)
  通巻第3904号
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本号はニュース解説がありません
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樋泉克夫のコラム樋泉克夫のコラム樋泉克夫のコラム樋泉克夫のコラム樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 875】         
 ――彼の地にては「人間程廉価のものは此れなく」・・・
 「安東県より奉天・・・」(徳富蘇峰 『世界紀行文学全集』修道社 昭和46年)


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明治・大正・昭和の三代をジャーナリスト・思想家・歴史家・評論家、そして時に政治家として生きた徳富蘇峰(文久3=1863年~昭和32=1957年)は伊東忠太の中国西南辺境調査旅行の1年前に当たる明治39(1906)年の「六月一日午後五時前、新義州より、小蒸気にて鴨緑江を渡」り、安東に足を踏み入れる。

その後、1ヶ月ほどをかけ奉天(現在の瀋陽)、大連、旅順、営口、山海関、天津、北京を旅したが、中国の人と社会への視線は、佐佐木信綱のノー天気旅行とは大いに違って鋭く、そして醒めていた。

先ず「安東県にて、二三の支那商店を訪い、種々談話を試み」る。すると日本の「軍政の為に、其の身体、財産の安寧を保持したる」を「彼等が尤も感謝する」。だが衛生やら道路補修・建設など現在でいうところのインフラ整備に彼らは感謝していない。
そこで蘇峰は、「固より彼等が本音を吹くや否やは、知らざれども」とことわりながらも、「何れにしても支那の役人を信ずるよりも、日本の役人を信じ候丈は、間違いなきに似たり」と綴る。

奉天では清朝廷室の宝物蔵の文溯閣を見物し、膨大な古今の貴重な文物に接しながら、その数の多さと保存状態の悪さに閉口し、「総じて支那にては、流石に四億余の人口ある故にや、人間程廉価のものは此れなく」と呆れ果てる一方で、「斯かる宝物庫や何やを見物するにも、役人やら油虫やら、ぞろぞろと左右前後より取り捲き、?々、喋々の奇声を発し、且つ名状す可らざる奇臭の包囲攻撃には、閉口中の大閉口にて有之候」と記した。

安奉鉄道の車窓からの眺めを、「前面には、大いなる巌石の矗立するあり。其の下に小川あり。川堤には、幾株の老柳あり。其の川畔に、一人の村童が、長竿を揮うて、豚や、犬や、驢馬や、山羊や、殆んど許亜(ノア)の方舟の乗客とも思わるる、各種の動物を、一隊として半は川に飲い、半は川原の草に臥さしめつつある光景は、油画以上と存じ候」と記しているところをみると、蘇峰も文人の片鱗をみせ“支那趣味”を満喫しているようだ。

ところが「南満洲鉄道の最終点たる昌図」の付近にも馬賊が「日夜出没しつつあ」ることを同地の役人から聞き及び、道すがらの情況を思い起こしながら、「左もある可し」と納得する。
戦争が終ったとはいえ社会の混乱は収まらず、馬賊の跳梁跋扈が続いていたということだろう。名前は馬賊と恐ろしげだが、元を糺せば喰いっぱぐれの貧窮農民が少なくないのだ。

「廉価」な人間が生きるために武器を持って徒党を組み、同じく「廉価」な人間を襲う。馬賊も勢力を伸ばし多くの私兵を抱えれば張作霖のように軍閥となり大将軍へ。敗残の馬賊は元の農民に戻るか、はたまた乞食。「人間程廉価のものは此れな」いのである。

旅の終わりの北京では、「何れを見ても零落、荒廃の感は免れ不申候。支那人は、不思議なる人種に候。精々念を入れて作り候得共、愈よ作り上げたる後は、丸で無頓着に候。而して其の無頓着さ加減の大胆なる、只管呆れ入るの外無御座候。或る人は、北京の新修道路も、三年後には、依然旧時の荒廃たる可しと、予言致し候。併し小生は、切に其の予言の適中せざらんことを祈り候」と。彼らの新し物好き、移り気の激しさ見抜いている。

北京散策後、その物情騒然とした情況から清朝崩壊の近いことを推測した。
「予は北京の皮相を見たる迄に候得共、何となく北京即今の情態は、此儘にて永遠に持続す可きものにあらざるが如く感じ」、「要するに清国は、目下過渡の期にあ」る。そして「国民的統一をなし、国民精神の発揮と与に、文明諸国共通の生活思想に加入し、茲に一大強国となるを得可き乎。否乎」との「多くの疑問中にて、最も大なる疑問」を呈した後、「之を解釈するの責任は、固より清国人士のうえにある也」と結論づけた。
断固として異議ナ~シ。
《QED》


(宮崎正弘のコメント)安東は現在の丹東、日本人が終戦までに数万人居留しており、銭湯も四軒あったとか。遼寧省の裏玄関、営口は現在大発展の最中、この旅行記とは隔世の感がありますね。
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 読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)『中国特快新聞』(3月14日付け)の報道に拠れば、見出しに「湖北省で長距離バスが橋から落下、14人が死亡 」とあり、「湖北省荊州市の長江大橋で、武漢市から鶴峰県に向かう二階建ての寝台バスが橋の欄干を乗り越えて長江江岸の緑地帯に墜落、14人が死亡し、8人が怪我をした」由です。
 18メートルの高さから落下した事故現場には座席やガラス片、衣服や布団、書籍や食べ物などが散乱していたそうですが、日本でも中国人運転手のバスが事故を起こし、大問題となった。こういう交通モラルの低い国を旅行されて危なくないですか?
  (JJセブン)


(宮崎正弘のコメント)ですから深夜バスには乗りません。雲南省で、その昔、寝台バスが安いといって乗っていた日本人のバックパッカーの若者ふたりが事故に巻き込まれ死亡したこともあります。ま、新幹線だって危ないですし、湖北省武漢といえば、泥濘の湿地帯が多く、あそこで地下鉄工事をしていますが、地盤沈下、落盤事故も予想されますので、次に武漢へ行っても地下鉄には乗らない積もりです。



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(読者の声2)日本の外交といえば米中韓しかないようなメディアの報道がほとんどですが、4月末からのGWには安倍総理がロシアと中東を歴訪する資源外交との報道もあります。そのロシア、シェールガスの開発などにより資源価格の低下が予想される先行き、日本になにを求めているのか。「ロシアの声」に興味深い記事がありました。
一部引用します。
『露日、利益と帰結』
 http://japanese.ruvr.ru/2013_03_13/107806720/
元ロシア経済発展相のアレクセイ・ルハチェフ氏は「ロシアの新聞」からのインタビューのなかで、ロシアのビジネスモデルが日本ととりうる唯一正しい相互関係について、原料輸出からより深化させた形の加工製品へ移行することだと語った。炭化水素燃料の採掘が一層困難さを増し、高額になっていることを考慮すると、ロシアは日本にエネルギー燃料を輸出する代わりに日本のイノベーション技術を入手し、その省エネ分野の経験に学ぶほうがずっと利にかなっている。(中略)「近代化」センターのアナリスト、アントン・バルバシン氏の見解をご紹介しよう。
「太平洋地域における主要なプレーヤーの中国に対する『抑止』はますます明確になっている。こうした状況でロシアは活発な、そして第1にプログマティックな立場を発揮すべきだろう。
露中関係がいかに『戦略的』なものであったにせよ、経済関係では単に中国の対露輸出がますます拡大だけに終わってしまう。ロシアは大きな太平洋地域のプレーにおいて他のプレーヤーらを当てにすべきだ。ロシアへは中国などからよりもまさに日本、韓国からずっと巨額の投資とずっと新しい技術が入るはずだ。」