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藤田嗣治
                  No.830 平成25年 3月 7日(木)

 今朝の産経新聞、平川祐弘氏の書かれた「正論」は、青春の実体験のなかから生まれてきた論考で、さりげなく回想記の体裁をとりながら、まことに奥の深い文明論だ。
 しかも抽象論ではなく具体的であり、平川氏の人生から生み出された文章と言える。

 「正論」冒頭で平川祐弘氏が、パリの藤田嗣治が、一九五六年七十歳で、「人間性豊かで溌剌としていた」と書かれたこと、さらに「私は、『フジタの失意』・・・、『日本を捨てた』といった後世の否定的評価に同意しない」、「名声を妬む日本画壇のくだらぬ連中を藤田が相手にしなかっただけの話だ」と言い切ておられること、しかもその断定が、パリの凱旋門近くの公使宅の?師附属中学の同窓会で、溌剌として、話し上手な、「戦前から雲の上のパリ社交界に出入りした人間として格別」な藤田と直に接したことを前提に為されている。
 
 本当にすばらしい。
 このように書いていただいてすっきりしたし、現実に藤田を知る人が書かれているのに接し、やはりそうだったのだ、とほっとした。
 藤田を知らない私のような戦後生まれに入ってくる情報は、例えば、NHKの番組のように、「フジタの失意」、「フランスへの帰化という苦渋の選択」、「日本を捨てた」、その果てにカトリック信者になったというイメージしかないからだ。

 何故、こういうイメージに寄りかかってフジタが取りあげられるのか。その理由は、画家であるフジタの画いた絵を見ていないからだ。というより、戦後のマスコミや評論家は、藤田の絵を見ることはできない。
 それに対して、平川氏は、藤田嗣治の絵に対して、明確に次の如く書かれている。
「『サイパン島玉砕の日』・・・あれが彼の画業中最高作だと思っている」。実に見事な御指摘だ。

 それに加えて、「アッツ島玉砕の図」も、彼の画業の最高峰だと思う。
 十年ほど前、どうしても「アッツ島玉砕の図」の実物を見たくて、竹橋の国立美術館に保管されているのを突き止め、頼み込んで見せてもらったことがある。

 これほど鬼気迫る情景を見たことはなかった。
 暗い画面の中の突撃し倒れ行く兵士の悲しくも必死の形相の奥に、刃も凍る地に咲く小さな花が描かれていた。
 
 この絵が如何なる絵か、
 それについては、画いた藤田自身が、驚き衝撃を受けている。
 
 画かれた直後、青森で「アッツ島玉砕の図」が展示された。それを描いた藤田もその会場にいた。
 その時、彼は、一人の老婆が、「アッツ島玉砕の図」に向かって合掌しているのを見る。
 自分の絵に合掌する人を見たのは初めてだった。
 藤田の心に、言いしれぬ感動が湧き上がった。
 藤田は、この情景を戦後パリにいても終生忘れなかったと思う。

 平川氏は、「サイパン島玉砕の日」を最高傑作として「それを画いた藤田の気持ちは忖度できる」と書かれているが、これを読んで、戦後のパリのフジタは、自分を知る後輩と、談論風発、愉快にワインが飲めてよかったと思った次第だ。

 要するに、藤田嗣治という卓越した存在感をパリで示し続けた日本男子のことは、戦後の自虐史観が蔓延する日本では理解し得ないということだ。

 平川氏は、「正論」の中で、エコール・ド・パリの20年代のモンパルナスでのフジタのエピソードを書いておられる。
 仮装舞踏会にフンドシ姿ででたフジタを、ある夫人がしげしげと観察して、「毛が外に出ている」と言った。
 
 そこで私も、その頃のフジタの、「毛」にまつわるほほえましいエピソードを紹介したい。

 その頃、モンパルナスの今に巨匠として名を残す画家や写真家が最高のモデルとして愛したキキという女性がいた。
 キキは、この頃のルノアールやモジリアニの画いた女性と同じプロポーションをしている。
 つまり、キキは、今はやりの手足が長くスリムなタラバガニのようなスタイルではなく、豊かで豊満なのだ。
 
 そのキキが愛した画家が、うらやましいことに、フジタだった。そして、キキはフジタの前で、裸体になりポーズをとる。
 その時、フジタがキキに言った。
 「毛がないネ」
 ・・・、まことに、良いエピソードではありませんか。
 ・・・うらやましいナー。

 とにかく、藤田嗣治は、戦前戦後一貫した日本の快男児だ。
 代表作は「アッツ島玉砕の図」と「サイパン島玉砕の日」。
 
 藤田嗣治は、最高峰だ。
 平川氏の「正論」の最後に出てくるピンボケの写真のような支那モノを描いて「勲章」をもらった日本画家やドイツ語やフランス語使いを鼻にかける戦後日本の評論家などとは比べることすらできない。

 なお、本日の「正論」執筆者である平川氏の名を「祐弘」と記したが、正しい漢字(示に右)が文字化けして表示できないので致し方なくご無礼した次第です。

西村真悟事務所
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