樋泉克夫のコラム  樋泉克夫のコラム  樋泉克夫のコラム
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 樋泉克夫のコラム
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【知道中国 865回】             
 ―――いったい岩波書店に何が起きているだろう・・・
『中国民主改革派の主張 中国共産党私史』(李鋭 岩波現代文庫 ?年)


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ここ数年、岩波書店は従来から堅持してきた北京主導の日中友好路線をかなぐり捨てたのか。共産党政権の“暗部と恥部”を抉り出すような本を出版してきた。

漢族が20世紀初頭以降に内モンゴルで進めてきたモンゴル民族に対する理不尽で残虐極まりない圧殺の歴史を追いながら、内モンゴルにおける文革を漢族によるモンゴル民族抹殺を狙った極悪非道の蛮行として告発した『墓標なき草原(上下)』(2009年)、続編に当る『続 墓標なき草原』(2011年)――を第1弾とするなら、第2弾は毛沢東の絶対権力の傘の下で特務として蠢き続けた康生の悪逆非道極まりない人生を詳細に追跡した『龍のかぎ爪(上下)』(2011年)だろう。(それぞれ327回、703回、705回で紹介済み)

かくて第3弾が、『中国民主改革派の主張 中国共産党私史』として岩波現代文庫の「2月の新刊」に組み込まれたらしい。これを喜ばずにいられるだろうか。欣喜雀躍として馴染みの書店に出かけたものの、「2月の新刊」と事前に広告されていた他の3冊は店頭に並んでいたが、肝心要の『中国民主改革派の主張 中国共産党私史』が見当たらない。

既に買われてしまったのか。ならば予約しよう。そこで店員に尋ねると、在庫があれば数日で入手可能と応えながら、親切にも岩波書店に電話する。しばらく遣り取りがあった後、店員は「岩波の担当者がいうには、出版延期とのことです」。そこで再び問い質してもらうと、受話器を置きながら「無期限延期といってます。たぶん出版中止でしょう」。

そんなバカなと思いつつ家に戻り、インターネットで岩波書店のホームページを開いて「2月の新刊」に当る。確かに『中国民主改革派の主張 中国共産党私史』は見当たらない。そこで疑問が湧く。さて、この本の出版をめぐってどのような異常事態が生じたのか。出版延期の原因に、次のいくつかが考えられるだろう。

1:この本の内容を極めて不都合とする共産党関係者からの“ある種の要求”があった。

2:共産党の姿勢を事前に察知し今後の中国との関係を考慮したうえで、出版を自己規制することが賢明な措置と岩波側が判断した。

3:出版直前に大きな誤訳が発見され、出版後の回収などというブザマな事態を避けるため、出版を取り止めた。
編訳者は小島晋治とのこと。これまでの彼の仕事からして、上記3の誤訳は考え難い。なにせ天下の岩波書店だ。誤植なんぞ、あろうはずもなかろうに。原因は1か2だろう。

ところで、「2月の新刊」にラインアップされ既に出版されている『『コーラン』を読む』(井筒俊彦)の末尾に『中国民主改革派の主張 中国共産党私史』が簡単に紹介されている。それには「中国共産党の老幹部で民主改革派の重鎮である著者の一九三〇年代から今日に至る党史に関わる評論集。胡耀邦書記辞任の内情を明かす貴重な証言も収録」と。

李鋭の数多くの評論のうち、なにが収められているのか。現物が手に入らない以上、一切は不明だ。あるいは「胡耀邦総書記辞任の内情を明かす貴重な証言」に問題があったようにも思える。辞任とされるが、一般には長老=保守派の圧力で事実上の解任と伝えられているだけに、共産党からすれば、やはり「貴重な証言」の公表は避けたいに違いない。

いずれにせよ“日本最良の出版社”と自他共に認める岩波書店だ。出版延期理由を内外に明らかにしてもらいたい。かりに他から“圧力”があったなら正々堂々と公表し、出版の自由のため、積極果断な行動を望みます・・・ふれ~ッ、フレ~ッ、イ・ワ・ナ・ミ。
《QED》
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【知道中国 866回】            
 ――「日中間のパイプ太く」すればいいってものではない
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伊藤憲一氏が「産経新聞」(2月19日)の「正論」に寄せた「今こそ日中間のパイプ太くせよ」と題した論考に、いささかの疑義を感じた次第だ。

伊藤氏が理事長を務める日本国際フォーラムは、様々なチャンネルを通じ中国側諸機関との間で「日中対話」を重ねているらしい。
昨年11月末には「中国最大の外交問題シンクタンクで、党と政府の外交政策形成に多大な影響力を持つことで知られている」中国現代国際関係研究所から、「日中関係の見通し」についての「緊急対話」開催の打診があったという。「『この照会は、習近平新政権からの指示によるものだな』と、ピンと来た」伊藤氏は、12月14日に「緊急対話・・日中関係の見通し」を開催している。

席上、中国側からは「『中日関係が非常に困難な時期にあることは確かだが・・・お互いに知恵を絞り、協力し合って、この難局に立ち向かわなければならない』とのあいさつがあり、私の方からは、『日本に対し、痛烈な批判の言葉があるものと覚悟していたが、理性的かつ建設的な言葉で励まされた』と応じた」そうだ。
「私」とは、つまり伊藤氏である。

伊藤氏が「ピンと来」たところでどうでもいいこと。だが問題は、なぜ彼が「(中国側から)痛烈な批判の言葉があるものと覚悟」し、「(中国側の)理性的かつ建設的な言葉で励まされ」ねばならないのか、ということだ。いったい、中国側の発言のどこが「理性的かつ建設的」だというのか。「困難な時期・・・だが、お互いに知恵を絞り、協力し合って、この難局に立ち向かわなければならない」などという“上から目線”に「励まされる」とは。まさに故中嶋嶺雄先生が口を極めて批判していた「位負け外交」の典型だろうに。

伊藤氏はさらに、「中国国内には、いろいろな声があり、軍関係者などの中には、力の行使によって領土を拡大することを肯定しかねない者もいる。しかし、それは中国の最終的な国家意思ではない」とするが、いったい何を根拠に、「中国の最終的国家意思ではない」などと断定口調で広言できるのか。

1月24日には東京で日本国際フォーラム、グローバル・フォーラム、北京師範大学、浙江大学の共催で「未来志向の日中関係の構築に向けて」と題する「日中対話」が開催されている。
会場で「日中双方の問題では、『中国の大気汚染、水質汚染は深刻であり、日本の支援が緊急に求められている』『中国は原発の新増設なしに環境問題を解決できない』『日中両国は気候変動枠組み条約締結国会議(COP)で角突き合わせていてよいのか』『中国は世界貿易機関(WTO)の最大の受益国だ』『対話はお互いの信頼を前提にしている』『日本だけでなく、中国にとっても、資源の確保は生命線だ』などの発言が飛び交った」そうだ。

こういった意見を「聴いているだけでは、個々の発言が日中いずれの側からの発言であるかが分からないほどであった」と、伊藤氏は「日中対話」の実が挙がっているとでもいいたげだ。だが、大気汚染、水質汚染、環境問題、WTO最大の受益国、資源確保など地球規模の大難題の数々は、経済強国をバネに超大国へ/