▼円高対策の詳細は効果的だろう

また円高是正についてはこう言う。「円高政策は弱い企業をいじめる政策である。経済の空洞化を推し進める政策であるのはもちろん、地方切り捨ての政策でもある。空洞化の流れで、企業が外国に工場を移転しても、東京のヘッドクォーターは残る。結果、工場があった地方は疲弊する。東京は超円高に耐えられても、地方はそうはいかないのである」。

 それには次の数字があると浜田教授は続ける
 「レオンティエフの手法を適用した慶応大の野村浩二準教授との共同研究で、日本経済とくに輸出産業は、プラザ合意の円高のときに25%、1995年の超円高のときには実に78%、速水優日銀総裁がゼロ金利を離脱して再引き締めにかかろうとして2000年には41%もの重荷を負わされていた。企業にこれだけのハンディがあると、日々のコスト削減だけでは追いつかない」
 だから日本企業は海外へ、とりわけ中国へ進出した。そして反日暴動で忘恩のシナ人によって焼き討ちにされた。


▼円高対応緊急パッケージとは、結局何だったのか?

しかるに日銀は何をしてきたのか、浜田教授の舌鋒がますます鋭くなる。
「日銀の政策の最大の問題点は、日本の空洞化を促進する政策(をいま展開していること)である」と猛攻撃し、たとえば日銀の「円高対応緊急パーケージ」は逆効果を生んだとする。そのうえ野田内閣の経済の布陣たるや「絶望的」であり「不適財不適所の不適格内閣」と談じる。なによりリーマンショック以後の国際比較で最も甚大な悪影響は日本が被災したのであり、原因は「突発した円高の大波を日本銀行が手をこまねいて見ていた」からだった。
 世界列強が通貨安競争、あるいは通貨安戦争を闘っているときに日銀は誤魔化していた。日本経済を案じて、インフレ目標を言ったグルーグマンも、政府紙幣の発行も選択肢と言ったスティグリッツ(いずれもノーベル経済学賞受賞)も学説は大いに日本経済新聞でも紹介されたが、日銀は腫れ物に触るように、嫌った。
ベン・バーナンキFRB議長は「ヘリコプター・ベン」(最近は「ステルス・ベン」とも)と言われるほど金融緩和を断行し通貨供給量を猛烈に増やしたが、白川日銀総裁は反対だった。「日銀と財務省のための経済政策」という国益無私、視野狭窄の枠内に陥没して、日銀は売国的政策を推進するだけとなった。元凶は白川総裁個人にあるというより、こんな不決断日銀総裁を任命した民主党であり、究極的にはその政権をおもしろがって選んだ国民にある。評者(宮崎)はここまで書いてきて、オルテガ・イ・ガセットの箴言を思い出した。かれは『大衆の反逆』のなかで喝破してではないか。「大衆的人間とは甘やかされて慢心した坊ちゃんである。あまりに組織されすぎた世界に生まれ、その中で便宜だけを見いだし、危険を感じさせないタイプの人間は、ふざけて暮らすよりほかに行動できないのである」
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 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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樋泉克夫のコラム
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【知道中国 839回】          
 ――革命的ゼニ儲け至上資本共産主義・・・勝利バンザイ
 『マオノミクス』(ロレッタ・ナポリオーニ 原書房 2012年) 


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「なぜ 中国経済が 自由主義を 凌駕できるのか」という副題を掲げ、「中国経済の凄さの本質は何か?」を問い続ける著者は、「この国の支配層は、海外による屈辱の時代に生まれ、植民地になり下がるというはずかしめを受けた後、中国がふたたびマルクス主義と毛沢東主義によって再起するさまをみつめ、さらには文化大革命を生き延びてきた。

それが今度は市場経済の原則によって国をつくりかえようと」と近現代史を概観し、「毛沢東の死から数年後、?は長征や共産主義革命に象徴される階級闘争に終止符を打ち」、かくして「国民の幸福こそが、共産党と国民の間に結ばれた約束のよりどころとなった」とする。

 どうやら「中国経済の凄さの本質」は、「マルクス主義と毛沢東主義」から逸早く「今度は市場経済の原則によって国をつくりかえ」、「階級闘争に終止符を打ち」、「共産党と国民の間に結ばれた約束のよりどころ」に「国民の幸福」を据えた点にこそあるようだ。ここで「市場経済の原則」と「国民の幸福」の間に強権を持って介在する共産党という一党独裁政党に問題があるように思うが、著者は共産党の振舞いを全面的に肯定することによって、「市場経済の原則」と「国民の幸福」を“魔法”のように結び付けてしまう。

たとえば「?にとって市場経済と社会主義のふたつの理論は相反するものではなかった。『社会主義経済をうながすものはなんであれ社会主義である』と考え、社会主義は市場経済を排除するものではない、ととらえていた」。だから「ベルリンの壁の崩壊とともにイデオロギーも瓦解してしまったにもかかわらず、?小平が掲げたこのモットーを得た中国共産党はこの危機を乗り越えることができた」。やはり「?は正しかった。経済理論は経済を導く道具にすぎず、マルクス主義のツールは自由市場を排除するものではなかった」ということになる。無原則という大原則。
お~いマルクス、聞いてるか~ッ。

かくして著者は、中国共産党は万事が正しいと強く主張する。その一端を挙げると、
■「共産主義」は・・・国民の利益を保証すべく経済に目を光らせる国家を意味する。
■現に中国での民主化の試みは、・・・ついには三四の省へと拡大して、最終的に中央政府に達することになる。

■将来的に中国の政治は「熟慮型民主主義」を中心に展開していき、市民社会が参//