小園新司令のもと二五一空は、昭和18(1943)年4月、ふたたびラバウルに進出します。そして4ヶ月後、日本に帰還した小園司令は、首都周辺に存在する海軍施設の防空を任務とする第三〇二航空隊司令に任命されたのです。
すでに本土空襲がはじまる中での首都圏防空隊です。皇居をお守りする最重要任務を持つ三〇二空です。並の司令ではつとまりません。日本海軍が首都圏防空のために、最後に選んだのが、小園司令だったのです。
ソロモンや中部太平洋を巡る激戦によって、この頃の海軍は、戦闘機搭乗員を多数失っていました。三〇二空も、一般大学生を採用した予備士官や爆撃機等の他機種から転科した戦闘機搭乗員が大勢を占めています。もちろん、三〇二空に選ばれるくらいですから、腕はいい。けれど一般に、海軍兵学校を卒業し、戦闘機搭乗員出身の将官は、やはり同じ海軍兵学校卒業生を可愛がる。同門の後輩にあたるからです。
ところが小園司令は、パイロット、整備員、その他職員について、一切の差別というものをしませんでした。完全に実力本位の統率を行ったのです。おかげで、部隊の士気は猛烈に高まりました。
ここでひとこと付け加えます。「完全実力本位の統率」というのは、文字にしたら、たった9文字の簡単な文字でしかありません。けれど、これほど難しいものはないのです。このことは、会社における社員の統率を考えていただいても、よくわかります。入社年月や、役職に関わらず、完全実力本位とする。しかもそのことで社員の士気を著しく高める。それが、クチでいうほど簡単なことでないことは、すぐにおわかりいただけようかと思います。
ましてや、航空隊は、常時、死と隣り合わせの部隊です。いつ死ぬかわからない。そういう過酷な状況の中で、誰からも不満の声ひとつなく、全隊員たちの心を見事なまでに掌握し、実力本位で無理無駄のない完全合理主義の体制をひく。それがいかに難しいことかは、およそ人を使う立場にたったことのある方なら、容易に想像できることだと思います。
小園司令について、ひとついえることは、彼が歴戦の勇者であり、数々の武勲を立てた戦績を持ち、しかも隊長としても豊富な実績を積んでいたということが、まずあります。けれど、小園隊長のもと、全員の気持ちがひとつにまとまった背景には、もうひとつの大切なファクターを見落としてはならないと思います。
それは、彼が、常に「公平」であった、ということです。隊員たちを「平等」に扱ったのではありません。学歴や門籍、あるいは入隊年月や成績順位といったものをもとに、格差をつけるのは、そうした基準をもとに、ある意味「平等」な考課をするということです。何も考えなくて良い。考課者にとって、これほど楽な考課方法はありません。
けれど、実力本位で公平に考課するということは、考課する側、される側の両方に、互いのしっかりとした信頼関係がなければ成り立ちません。いいかえれば、小園司令は、それだけ部下から絶対の信頼を得れる希有な司令であったということです。おそらく「こんな人を上司にしたいランキング」で、歴史上の人物で、小園司令に関する正しい評価がなされていれば、司令は、だんとつNO.1をとれる人であったのではないかと、私は思います。
さて、厚木の司令となった頃の小園司令は、なんと東條英機総理暗殺計画に参加しています。これまたおもしろい史実ですが、実はこの計画は、高木惣吉海軍少将や神重徳海軍大佐が首謀したものです。小園隊長の役割は、東条英機首相暗殺後、実行犯の台湾逃亡を担当することでした。しかし直前にサイパンが陥落し、この責任をとって東条内閣が総辞職したため、この計画は実行に移されなかったのです。もし、この事件が実現していたら、日本の歴史は、また異なる展開となっていたかもしれません。
戦争も後期となり、マリアナ諸島が米軍に占領され、そこを基地としてB29が関東・東海地方を中心に日本本土への空爆を行うようになりました。小園司令の指揮下で首都方面防空隊として、海軍最大の戦力を持つ三〇二空は、B29と激戦を繰り広げています。
航空高度の性能が、2割以上も格上のB29に対して、戦いを挑むのです。前にも書きましたが、方法はただひとつ。全速力で(敵の弾を避けながら)垂直上昇を行い、その勢いで機銃を発射して、ようやく弾を上空のB29に届かせる。
一直線に上昇して来る敵機というのは、非常に狙い撃ちしやすい標的です。その狙い撃ちしやすい標的となって、みずからの機体を敵前にさらし、そのうえで攻撃を行う。悲しいほどに危険な作戦です。
そういう死闘を繰り返す最前線の兵を抱える小園司令にとって、お偉いさんたちのノホホンぶりは、日ごろから腹に据えかねるものだったであろうことは、容易に推測できることです。
小園司令が「斜め銃」装備の有用性を必死になって説いてまわったときも、あまりに上層部の反応が鈍かったといいます。小園司令にしてみれば、「こいつらは戰争を始めておいて、一体勝つもりがあるのか」という憤りすらある。
後日、厚木基地で叛乱を起こした小園司令の憤激の根底にあったのは、「キンタマぶらさげた男が、正しいと思う喧嘩を始めておいて、簡単に降参できるもんか」という意地であったともいいます。けれど同時に、小園司令の心の中に、ふぬけたお偉いさんに対する不満が鬱積したとしても、これは不思議なことではありません。
小園司令は、思っていることを腹にためておくことができない性格の人です。二度目の司令としてラバウルに赴任したときも、歯に衣着せない意見具申を艦隊司令部に何度も出し、ついにはお偉いさんをおちょくったような短歌をつくって部下に配布して、上官のミコを悪くし、わずか四カ月でとばされた、という経歴ももっています。
しかし、戦いというものは、常に現場が第一であるべきものです。戦争は会議室で行われているのではない。戦場の最前線で行われているのです。
私がかつてサラリーマンをしていた頃にも、部下に小園司令と顔つきも気性もそっくりな男がいました。頑固一徹です。たとえ相手が本社のお偉いさんであっても、歯に衣をきせず、真正面から大声を張り上げた。彼は、上からはずいぶん嫌われていました。けれど、責任感が強く、やり抜くまで絶対にあとにひかない。単に口舌の徒ではなく、そういう生一本で純粋で責任感のかたまりのような男こそ、いざというときにほんとうに役に立つ。
小園安名大佐は、おそらく我が国航空戦史に燦然と輝く隊長というだけでなく、世界の航空戦史上に名を輝かせる事績を持った昭和の勇士です。
いま、日本は腰抜けになったといわれています。けれど、かつてこの日本に、小園大佐のような、勇猛果敢かつ実直一筋の男がいた。
そのことを、私たちはもうそろそろ思い出してもいいのではないか。私はそのように思います。





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すでに本土空襲がはじまる中での首都圏防空隊です。皇居をお守りする最重要任務を持つ三〇二空です。並の司令ではつとまりません。日本海軍が首都圏防空のために、最後に選んだのが、小園司令だったのです。
ソロモンや中部太平洋を巡る激戦によって、この頃の海軍は、戦闘機搭乗員を多数失っていました。三〇二空も、一般大学生を採用した予備士官や爆撃機等の他機種から転科した戦闘機搭乗員が大勢を占めています。もちろん、三〇二空に選ばれるくらいですから、腕はいい。けれど一般に、海軍兵学校を卒業し、戦闘機搭乗員出身の将官は、やはり同じ海軍兵学校卒業生を可愛がる。同門の後輩にあたるからです。
ところが小園司令は、パイロット、整備員、その他職員について、一切の差別というものをしませんでした。完全に実力本位の統率を行ったのです。おかげで、部隊の士気は猛烈に高まりました。
ここでひとこと付け加えます。「完全実力本位の統率」というのは、文字にしたら、たった9文字の簡単な文字でしかありません。けれど、これほど難しいものはないのです。このことは、会社における社員の統率を考えていただいても、よくわかります。入社年月や、役職に関わらず、完全実力本位とする。しかもそのことで社員の士気を著しく高める。それが、クチでいうほど簡単なことでないことは、すぐにおわかりいただけようかと思います。
ましてや、航空隊は、常時、死と隣り合わせの部隊です。いつ死ぬかわからない。そういう過酷な状況の中で、誰からも不満の声ひとつなく、全隊員たちの心を見事なまでに掌握し、実力本位で無理無駄のない完全合理主義の体制をひく。それがいかに難しいことかは、およそ人を使う立場にたったことのある方なら、容易に想像できることだと思います。
小園司令について、ひとついえることは、彼が歴戦の勇者であり、数々の武勲を立てた戦績を持ち、しかも隊長としても豊富な実績を積んでいたということが、まずあります。けれど、小園隊長のもと、全員の気持ちがひとつにまとまった背景には、もうひとつの大切なファクターを見落としてはならないと思います。
それは、彼が、常に「公平」であった、ということです。隊員たちを「平等」に扱ったのではありません。学歴や門籍、あるいは入隊年月や成績順位といったものをもとに、格差をつけるのは、そうした基準をもとに、ある意味「平等」な考課をするということです。何も考えなくて良い。考課者にとって、これほど楽な考課方法はありません。
けれど、実力本位で公平に考課するということは、考課する側、される側の両方に、互いのしっかりとした信頼関係がなければ成り立ちません。いいかえれば、小園司令は、それだけ部下から絶対の信頼を得れる希有な司令であったということです。おそらく「こんな人を上司にしたいランキング」で、歴史上の人物で、小園司令に関する正しい評価がなされていれば、司令は、だんとつNO.1をとれる人であったのではないかと、私は思います。
さて、厚木の司令となった頃の小園司令は、なんと東條英機総理暗殺計画に参加しています。これまたおもしろい史実ですが、実はこの計画は、高木惣吉海軍少将や神重徳海軍大佐が首謀したものです。小園隊長の役割は、東条英機首相暗殺後、実行犯の台湾逃亡を担当することでした。しかし直前にサイパンが陥落し、この責任をとって東条内閣が総辞職したため、この計画は実行に移されなかったのです。もし、この事件が実現していたら、日本の歴史は、また異なる展開となっていたかもしれません。
戦争も後期となり、マリアナ諸島が米軍に占領され、そこを基地としてB29が関東・東海地方を中心に日本本土への空爆を行うようになりました。小園司令の指揮下で首都方面防空隊として、海軍最大の戦力を持つ三〇二空は、B29と激戦を繰り広げています。
航空高度の性能が、2割以上も格上のB29に対して、戦いを挑むのです。前にも書きましたが、方法はただひとつ。全速力で(敵の弾を避けながら)垂直上昇を行い、その勢いで機銃を発射して、ようやく弾を上空のB29に届かせる。
一直線に上昇して来る敵機というのは、非常に狙い撃ちしやすい標的です。その狙い撃ちしやすい標的となって、みずからの機体を敵前にさらし、そのうえで攻撃を行う。悲しいほどに危険な作戦です。
そういう死闘を繰り返す最前線の兵を抱える小園司令にとって、お偉いさんたちのノホホンぶりは、日ごろから腹に据えかねるものだったであろうことは、容易に推測できることです。
小園司令が「斜め銃」装備の有用性を必死になって説いてまわったときも、あまりに上層部の反応が鈍かったといいます。小園司令にしてみれば、「こいつらは戰争を始めておいて、一体勝つもりがあるのか」という憤りすらある。
後日、厚木基地で叛乱を起こした小園司令の憤激の根底にあったのは、「キンタマぶらさげた男が、正しいと思う喧嘩を始めておいて、簡単に降参できるもんか」という意地であったともいいます。けれど同時に、小園司令の心の中に、ふぬけたお偉いさんに対する不満が鬱積したとしても、これは不思議なことではありません。
小園司令は、思っていることを腹にためておくことができない性格の人です。二度目の司令としてラバウルに赴任したときも、歯に衣着せない意見具申を艦隊司令部に何度も出し、ついにはお偉いさんをおちょくったような短歌をつくって部下に配布して、上官のミコを悪くし、わずか四カ月でとばされた、という経歴ももっています。
しかし、戦いというものは、常に現場が第一であるべきものです。戦争は会議室で行われているのではない。戦場の最前線で行われているのです。
私がかつてサラリーマンをしていた頃にも、部下に小園司令と顔つきも気性もそっくりな男がいました。頑固一徹です。たとえ相手が本社のお偉いさんであっても、歯に衣をきせず、真正面から大声を張り上げた。彼は、上からはずいぶん嫌われていました。けれど、責任感が強く、やり抜くまで絶対にあとにひかない。単に口舌の徒ではなく、そういう生一本で純粋で責任感のかたまりのような男こそ、いざというときにほんとうに役に立つ。
小園安名大佐は、おそらく我が国航空戦史に燦然と輝く隊長というだけでなく、世界の航空戦史上に名を輝かせる事績を持った昭和の勇士です。
いま、日本は腰抜けになったといわれています。けれど、かつてこの日本に、小園大佐のような、勇猛果敢かつ実直一筋の男がいた。
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