読者の声 どくしゃのこえ READERS‘ OPINIONS 読者之声
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(読者の声1)先週「新唐人テレビ」の主催、「大紀元時報」後援の「生体臓器摘出問題」で日本を訪れていたデビッド・キルガー氏の国会議員会館での報告会とシンポジュウムに行ってきました。この問題は2007年からは聞いていましたが、やっとここに至り黒幕の重慶市元トップの薄煕来が政権から引きずり下ろされ、その部下の王立軍が 臓器狩りの資料を持って アメリカに亡命しようとした事で、アメリカ議会や国連で大きく取り上げられるようになりました。
私はチベット支援者なので法輪功学習者とともに沢山の「良心の囚人」とよばれるチベット人、ウイグル人、カソリック教徒が 生きたまま臓器をとられて殺されている事態を憂慮しています。今まで6万人にも及ぶ生体臓器摘出が行われ、まだ続いているようですが、共産党政府も闇の不法移植として幕引きを行おうとしています。
薄煕来は自民党の一部の政治家と共同で中国への投資を鼓舞していましたが、そのときの合弁会社などは生体臓器移植で儲かった潤沢な資金をマネーロンダリングしているのでしょう。
殺された英国人もこのマネーロンダリングで知りすぎて殺されたといわれています。この潤沢なおかねは日本、欧米のロービーにも使われていることも明白です。
しかし法輪功が宗教系のカルト的集団と日本ではみなされているため全くマスコミの報道はありません。
今回の報告会でも主要マスコミは来ていなかったようです。新聞社、テレビ局の馬鹿さ加減はもうわかっていますが、血にまみれたお金が 世界中の経済の裏に入り込んでいるとすれば忌忌しき問題です。
この事件は日本と欧米とは全く温度差があります。どう読み解けばよいのでしょうか?
(チベット支援者 YO生)
(宮崎正弘のコメント)臓器狩りについては福島香織さんも渾身のルポルタージュをサピオで連載中です。連載がおわると単行本化される予定で、大きな話題を呼ぶと思います。
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(読者の声2)「琉球雑考」。よく中国人は、「琉球は、中国に朝貢をしていた。そして中国は琉球の内政に干渉しなかった。」と言う。中国は琉球の内政に干渉しなかったというが、できなかったのです。中国に内政干渉をさせなかったのは、薩摩藩の支配があったからです。中国の使節は、毎年やってきて、琉球に半年間滞在したが、連日、宴会を催し、琉球の内政に関心をもたせなかった。そして薩摩藩は、琉球王の後継者問題もおこさせなかったので、李氏朝鮮のように中国皇帝の裁可をうるために、莫大な金品を使うということもなかった。琉球は気候が良く、環境もよいので、今のチベットや東トルキスタンのように、中国人がやって来て住みつき、原住民(琉球の人たち)よりも多くなり、国を乗っ取られるということも起こりえたはずだ。ところが、琉球は現代のチベットや東トルキスタンのようにならなかった。
薩摩藩は琉球を通じた間接貿易で利益をあげたのは確かです。しかし朝貢貿易だけが中国との貿易ではない。『朝貢』は、中国との貿易の環境作りにすぎない。当時の日本では、海外との貿易は長崎の出島に限られており、それ以外は、密貿易ということになる。
だから中国と直接の交易はできなかった。だから琉球に中国へ朝貢させることは、中国との間接貿易のためにはとても重要だった。それと同時に中国に琉球の内政干渉をさせないことも重要でした。また薩摩藩は江戸幕府の許可を得て、『琉球通寶』という貨幣を発行し、琉球に貨幣経済を持ち込み、経済の一体化をはかっている。中国皇帝の下賜品を「仮に」薩摩藩が全てを搾取したからといって、琉球経済がおかしくなっただろうか、とても思えない。薩摩藩の琉球の間接統治と琉球を通じた中国との間接貿易はとても巧妙でした。それは琉球経済のためにもなった。琉球の人たちの呻吟は、琉球王の苛政にあった。琉球王を史実に違えて、美化するようになったのは、戦後のアメリカ支配の時からだ。明治維新の時、琉球王が琉球を離れ、東京に居を移すと聞くと琉球の人たちは拍手喝采して喜んだものだ。
東京に移った琉球王は、九段下(現九段高校)に屋敷を構え、朝から芸者をあげて大散財をした。そして大正の初め頃には、その全財産を使いはたした。また琉球語(方言)は、南九州から南下してできた言葉で、日本語からの派生語だとい//