『三島由紀夫の総合研究』(三島由紀夫研究会 メルマガ会報)
平成24年(2012)10月24日(水曜日)
通巻第690号
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第245回公開講座講演録
「三島由紀夫と保田與重郎、そしてファシズム」
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ヴルピッタ・ロマノ氏(京都産業大学名誉教授) (前篇)
1.イタリア民族派における三島評価
今年はムッソリーニによる「ローマ進軍」から90周年という節目の年である。当時、イタリア国民の抱いた大きな夢、国家の夢というものは、形や表現は違うにせよ、三島由紀夫も抱いていたものである。
それについて、私の考えを述べていきたい。
イタリアで三島由紀夫は民族派の間で人気がある。なぜ、三島は民族派の英雄になったのか。三島の著作が最も多く翻訳されているのはイタリアであり、今でも新刊・再刊が相次いでいる。三島に関する講演会や映画の上映会、三島の著作をもとにした演劇の上演、「憂国忌」など、数多くのイベントが開催されている。2009年11月には映画「憂国」が上映され、その際、私は「三島由紀夫と日本浪漫派」と題して講演した。今年3月には『英霊の聲』を他の作家がアレンジした演劇がローマで上演されている。
三島は民族派(ネオファシスト)のうち、特に若者に強い人気がある。彼らにとって、三島は文学者というよりも行動家・思想家として高く評価されている。日本の伝統文化の価値観に殉じた英雄として崇拝され、サムライとカミカゼの国である日本を象徴する人物の一人として位置付けられている。
このように三島が理想化された人物になっていることは、イタリアのネオファシストが三島に共有の価値観があると感じているからである。この事実をもとにして三島とファシズムの関係、三島文学における理想とファシズムの価値観の接点について論じていくことにしよう。
2.三島のファシズム観とはもともとイタリアのファシストたちは戦前から日本に大きな憧れを持っており、今でも旧同盟国として日本に好感を抱いているイタリア人は多い。1943年9月、イタリアのバドリオ政権は連合国に無条件降伏するが、多くのイタリア国民は同盟国と共に戦争を継続することを望んでいた。ムッソリーニはドイツ軍により解放され、イタリア社会共和国(RSI)の指導者になるが、この時、共和国に参加した人々とその子孫の間で日本への憧れが強い。
イタリアと日本でも三島を日本的ファシストの典型と見る傾向は強い。三島文学におけるファシズムの問題が最初に取り上げられたのは1962年の『美しい星』発表時であり、日本共産党の機関誌『前衛』では三島をファシストとする批判記事が掲載された。この作品には知識人を餓死寸前の極限状態に置くことで、野性的人間に戻すという内容が含まれていたため、当時、三島に対しては反知性的な姿勢と一種の残酷さからファシストないしはナチという指摘がなされたのである。その後、三島ファシズム論をめぐっては一年間ほど論争が続いたが、その後も日本や外国では三島をファシストとする見方が残っている。その理由は彼の愛国主義、天皇主義、軍国主義、反共的な姿勢、それに文学作品にも表れている民主主義への疑問にある。
では、実際の三島はファシズムとどのような関係があったのか。三島は学生時代にムッソリーニを高く評価しており、特に1940年代の日記にはムッソリーニへの言及が多い。その後、1968年に戯曲『わが友ヒットラー』を発表していることから、確かに三島はヒトラーにも興味があったが、それだけで彼をファシストと断定することには無理がある。私はむしろ文学者である三島がダンヌンツィオに惚れていたことを重要視している。ダンヌンツィオはファシズムの思想・価値観の形成に大きく貢献した詩人であり、三島が彼に共鳴していたことは、間接的であるにせよ、三島自身がファシズムの価値観に興味を持ち、影響されていたと言えるだろう。
3.ファシストを惹きつける共通の言語
前述のように、三島がファシスト視されているのは愛国主義、天皇主義、軍国主義という点にあるが、これは表面的なものにすぎず、政治思想としてのファシズムを軍国主義的かつ反動的暴力と捉える先入観に由来するものである。ここでは三島文学の特徴とファシズムの価値観について話しておきたい。
政治面からファシズムの議論をする場合、ファシズムの定義という大きな障害にぶつかる。ファシズムの定義はまだ確定しておらず、ファシズムとはどのようなものであるかをめぐっては政治学と思想史で大きな争点となっている。
私が思うに、ファシズムの解釈はファシストたちの数と同じであり、皆が自分自身を純粋ファシストと思っている。三島文学とファシズムの価値観を論じるにあたっては、政治思想としてのファシズムではなく、彼の人生観と価値観、世界観を分析しなければならない。たとえば、三島の著作を見ると、『仮面の告白』や『金閣寺』は思想的姿勢と関係なく左翼からも高く評価されているが、『憂国』、『英霊の聲』、『太陽と鉄』のような作品はなかなか理解されず、拒絶されている。しかし、こうした『憂国』などの作品はイタリアだけでなく、どの国の民族派も共鳴している。特にイタリアのネオファシストたちは『若きサムライのために』、『葉隠入門』といった系統の著作を直感的に理解している。これは思想よりも言語の問題であり、ネオファシストにとって、三島の使っている言葉には共通の言語があるためである。
重要なキー・ワードの意味とその言葉を包含する感情的内容は各人によって異なる。たとえば、「祖国」、「民族」、「犠牲」、「英雄」、「行動」、「歴史」、「軍隊」といった言葉は思想的な姿勢によって理解の仕方や反応が変わってくる。しかし、三島やイタリアのファシストたちの場合、これらの言葉を理解していた。私は晩年の保田與重郎と会った経験がある。年齢や文化の違いはあったが、さきほど述べたような意味で保田の言葉は理解できた。言語、すなわち、重要なキー・ワードには感情的内容があり、どのようにして世界や人間、生活を見るかという世界観を表す。言語が共通すれば、その言語の裏にある世界観や共通の価値観を示唆することになるのである。
4.「ローマ進軍」の画期性
現在、ファシズムは悪魔視されているが、これはある意味で言語の問題である。ファシズムという言葉は悪い意味を与えられ、内容が変わってきたという点で、言葉の二重性を表す典型例となっている。そして、現在では悪い意味合いがほぼ全世界に定着したと言ってよい。この事実は左翼のインテリや政治家が「言語の戦争」に勝利したことの明白な証拠である。ファシズムにとどまらず、やはりマスメディアには左翼の用語が浸透しており、左翼のインテリは自分の言語を言論界に押し付けてきたのである。
たとえば、「右翼」は一般の言論界で悪い意味合いを帯びているが、「左翼」は違う。「保守」のイメージはよくないが、「革新」にはいいイメージがある。左翼は執拗に自分の言語を全世界に通用させることで、その言葉の包含するイメージも通用させてきた。
今、「ファシズム」は罵倒に近い言葉になっており、拡大解釈され、濫用されている。「アメリカの政策はファシズムである」、「スターリンはファシストである」、「アルカイダもファシズムである」など、相手を悪魔として見たい時、ファシストというラベルを貼っているのである。こうしてファシズムは本来の意味を失うことで、実際は何も意味しないものになってしまったのである。
しかし、ファシズムという言葉は必ずしも戦前は悪魔視されていなかった。ファシズムに対しては色々な考えがあり、そのイメージは時間が経つごとに変容してきたのである。当然、左翼はファシズムという言葉に早くから反動と独裁という悪いイメージを持っていた。
