

















日本の心を伝える会
メールマガジンNo.595
2012/10/22









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■□【1】二つの日本(1/2)
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昭和20年8月15日は終戦記念日ですが、この日がどういう日かというと、日本が「自発的に戦闘行為を停止した日」です。ですからこの日は、敗戦記念日ではなく「終戦記念日」と呼びます。
時系列で流れを追ってみると、次のようになっています。
8月14日 帝国政府、ポツダム宣言受諾を連合国側に通告
(終戦の詔書の日付も8月14日です)
8月15日 玉音放送
8月16日 大本営、停戦命令を発令
8月30日 マッカーサー厚着飛行場に上陸
9月2日 戦艦ミズーリ上で休戦条約に調印
休戦ですから戦争状態は継続しています。
では、戦争が終わった、つまり「終戦の日」はいつかというと、さらにその7年後の、昭和27年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効の日です。
実際、講和条約には、次のように書かれています。
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第一章 平和
第一条【戦争状態の終了、日本の主権承認】
(a) 日本と各連合国間との戦争状態は、第二十三条の定めるところによりこの条約が日本国と当該連合国との間に効力を生ずる日に終了する。
(b) 連合国は、日本及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する。
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つまり日本は、昭和20年8月14日のポツタム宣言受託通告から、昭和27年4月28日のサンフランシスコ講和条約発効の日までの6年8ヶ月間も、連合国とはまだ「戦争状態」にあったのです。繰り返しになりますが、終戦記念日と呼ばれる昭和20年8月15日は、あくまで戦闘行為が終ったのであって、戦争そのものが終わった「終戦」の日ではない、ということです。
そして大切なことは、戦争が継続していたから、「占領統治」があった、ということです。これはとても大切なことです。それが今日の本題です。
そもそも「占領」というのは、他国の領土、拠点、政経中枢などを「軍」が占有・占拠することです。
軍は占領地において、軍による占領行政を敷きます。そして軍の支配下においた現地政権を通じて間接統治を行ないます。これが「占領統治」です。
ですから日本が「占領統治を受けていた」ということは、占領統治されている間、日本はまだ戦争状態にあった、ということです。
ここが大切なポイントなのです。
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戦争状態にあったから、占領統治があった
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のです。
ちなみに、この占領統治下にあった日本は、国名は日本国でも大日本帝国でもありません。
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「連合国統治領日本」
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です。それが占領統治期間における日本の名前です。
日本から輸出される製品も、「Made in Japan」ではありません。
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Made in Occupied Japan
(占領された日本製)
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です。
さらにいうと、では当時の日本の国旗はどうなっていたかというと、これまた日の丸ではありません。
連合国が定めた三色旗が日本の国旗でした。
連合国統治領日本の国旗
http://blog-imgs-43-origin.fc2.com/n/e/z/nezu621/2010020803085002f.jpg
国家とは、「政府が支配する一定の領域や住民・共同体・制度・文化などの総体」です。
占領統治下の日本は、
(1) 大東亜戦争を日本と戦った「連合国」が
(2) 日本を占領し
(3) 日本を連合国軍の軍政下におき、
(4) 日本にGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)を設置して
(5) 日本政府をその支配下におき
(6) 日本政府を支配することで日本を統治した時代です。
当該国を占領し、軍政の下に置く、というのは、世界史によくみられることです。近年では、フセイン政権のイラクが、米軍を中心とする連合国軍の軍政下におかれました。フセイン政権は、なくなってしまったので、連合国は、イラクに新しい政権を誕生させるべく、選挙を推進しました。
なぜそのようにしたかといえば、軍事占領は主権を奪わないからです。主権は領土の割譲によって異動します。
実際、イラクには自衛隊も出動していますが、自衛隊がいたエリアが日本になったわけではありませんし、米軍がいるエリアが、アメリカ合衆国イラク州になったわけでもありません。
軍事占領は、あくまで当該国を軍政下におくだけで、領土主権を奪わないからです。
では軍政下におけるイラクの主権は、誰が持っているかというと、イラク国民です。要するに「国民主権」です。だからこそ、イラクに新政府を誕生させ、そこに主権を与えるべく、選挙が行われるのです。
日本の場合も同様で、日本国憲法が「国民主権」とうたっているのは、それが占領統治憲法だからです。
つまり、日本が占領統治の軍政下にあるという前提があるから「国民主権」だといっているのです。
もっと簡単にいえば、GHQは、日本を領有化するつもりはありませんよ。主権はあくまで日本人のみなさんのものですよ、と言っている。それが成文化されているだけのことです。
ということは、占領統治が終わった以上、軍事占領のための占領憲法は必要ないのです。なぜなら、内容に矛盾が出るからです。なぜ矛盾がでるかといえば、日本に占領者がいなくなるからです。
さて、占領統治下の日本では、占領軍の意向によって、護国救国の志を持った様々な識者などが公職追放されました。財閥が解体され、日本軍が解体され、修身や国史の教科書に墨が入り、日本の国会でのマスコミ取材が記者クラブのみを経由した情報しか提供できないように制限され、その一方で日本解体を遂行するためのさまざまな利権団体が生まれました。
たとえば、日教組です。
日教組が設立されたのは、昭和22(1947)年6月8日で、まさに占領統治下でのできごとです。日教組は、日の丸国旗に反対の姿勢をとり続けていますが、彼らにとっては、彼らにとっての黄金時代である日本の占領統治時代が、なによりも「素晴らしい時代」なのでしょう。
ちなみに、S学会も、色と柄は異なりますが、何故か「三色旗」という語にこだわりをみせています。
学会旗と呼ばずに、あえて三色旗と呼ぶところに、なにやら連合国統治領日本の時代の三色旗への思慕が垣間みれます。(ちなみに学会の三色旗は、朝鮮王朝の色であるという説もあります)
サンフランシスコ講和条約によって、日本が戦争を終結させたのは、昭和27年のことですが、本来であれば、この時点で日本は占領統治を脱したのですから、占領統治のための最高法規である「THE CONSTITUTION OF JAPAN(邦名:日本国憲法)」をも、廃案とすべきものでした。
なぜなら、そもそもこの「THE CONSTITUTION OF JAPAN」は、あくまで占領統治のための基本法規(最高法規)として書かれ、公布されたものであるからです。
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