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□□■平河総合戦略研究所メルマガ■□□(2012年8月20日 NO.1245号 )

                
  ☆☆甦れ美しい日本☆☆


☆☆怒 り を も っ て 自 分 の 目 標 に 向 か っ て い る 人 間 は し つ こ く て 強 い。☆☆
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☆☆ 偽 善 と 欺 瞞 を 憎 む 私 た ち は 書 き た い か ら 書 く の で す。☆☆
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☆☆☆日 本 人 の、 日 本 人 に よ る、 日 本 人 の た め の 政 治 を 取 り 戻 せ!☆☆☆
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★亡国のTPPを粉砕せよ!日本はアメリカの属国か!それとも主権国家か?★
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◎西田昌司

【Showyou通信 VOL.277】-2012.8.8-
 ★伝えよう、美しい精神と自然。
 -日本の背骨を取り戻そう-


【Showyouビデオレター】
 『解散の確約がなければこれ以上協力はしない』を新たに追加いたしました。
 http://www.showyou.jp/videoletter/
 ホームページの新着情報よりご覧下さい。


【showyou動画】
 朝の街頭活動『約束を守らないなら内閣不信任案を提出しろ』を追加しました。
 ホームページのshowyou動画にてご覧頂けます。
 http://www.showyou.jp/movie/

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目次
◎南丘喜八郎   【巻頭言】今こそ対米自立の「独立戦争」を戦わねばならぬ
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◎南丘喜八郎 月刊日本9月号【巻頭言】今こそ対米自立の「独立戦争」を戦わねばならぬ
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 昭和二十年三月九日深夜、マリアナ諸島の米軍基地を飛び立ったB29爆撃機の編隊三百二十五機が首都圏上空に飛来した。日付が十日に変わった直後の零時七分、城東地区や浅草の円周部に焼夷弾による爆撃を開始した。市街地住民の避難経路を遮断するためだ。その後、超低空で侵入したB29の編隊は焼夷弾を雨霰の如く投下する絨緞爆撃を行った。爆撃は二時間以上に亘って続いた。想像を絶する大規模火災が発生し、竜巻並みの暴風が吹き荒れ、火災の煙は成層圏にまで達した。阿鼻叫喚の炎熱地獄で無辜の民十万人以上が焼き殺された。

 米軍内には「民間人の無差別攻撃は国際法に反する」との反対意見もあったが、これを黙殺、無差別焼夷弾爆撃を敢行した第21爆撃集団司令官カーチス・ルメイ少将は、「日本人を皆焼き殺してやる」と嘯いたという。
 米軍の焼夷弾爆撃は続き、全国の主要都市は次々に破壊された。この時、軍部に「日本国民の三分の一を失い、日本列島を焦土と化しても、国家と民族を守ろう」という、捨身必殺の「一億総特攻」思想が生まれていた。
 しかし、八月、広島・長崎へ原爆が投下され、ソ連が参戦したことが、「本土決戦」「一億玉砕」の声を封じた。

 八月十三日の最高戦争指導会議で尚、阿南陸相は「死中に活を求める決心で、抗戦を続けるべし」と主張したが、翌日の御前会議で、遂にポツダム宣言受諾の御聖断となった。かくて、沖縄にのみ地上戦を強いた我が国は、「本土決戦」を断行することなく、終戦を迎えた。大東亜戦争の目的は画餅に帰した。

 昭和十六年十二月八日の「開戦の詔書」は、こう述べていた。
「米英両国は東亜の禍乱を助長し、平和の美名に匿れて東洋制覇の非望を逞うせんとす。更に帝国の平和的通商に有らゆる妨害を与へ、遂に経済的断交を敢てし、帝国の生存に重大なる脅威を加ふ。帝国は今や自存自衛の為蹶然起つて一切の障礙を破砕するの外なきなり」

 我が国は、国家民族の「自存自衛」という戦争目的を達せずして降伏した。以後、今日に至るも「自存自衛」、独立自尊の精神を放棄したまま、安穏な「生活第一」に専心し、戦勝国たる米国の隷属下に呻吟し続ける。

 敗戦から十九年が経過した昭和三十九年十二月、佐藤栄作首相は、無辜の民を大量殺戮した米軍人カーチス・ルメイに勲一等旭日大綬章を授与することを決めた。国会答弁で佐藤首相は「いまはアメリカと友好関係にあり、過去は過去として功に報いるのが当然」と、言い放った。

 最高位である勲一等の授与は天皇親授が通例である。しかし、昭和天皇はルメイへの授与は断固これを拒否されたという。結局、ルメイへの授与式は皇居ではなく、自衛隊入間基地で行われた。

 明治三十四年、福沢諭吉は「痩我慢の説」を発表した。勝海舟が西郷隆盛と会談して江戸無血開城を実現し、百万の江戸市民を救ったと評価されるが、それは間違いだ、と福沢は言う。武士の誇りを維持し続けるためにも、「たとえ敗れても、一戦交え、三河武士は江戸城を枕に討ち死にすべきだった」と、勝海舟を厳しく糾弾した。

 「後世の国を治る者が、経綸を重んじて士気を養はんとするには、講和論者の姑息を排して、主戦論者の痩我慢を取らざるべからず。徳川家の末路に、家臣の一部分が、早く大事の去るを悟り、敵に向て曾て抵抗を試みず、只管和を講じて、自ら家を解きたるは、日本の経済に於て一時の利益を成したりと雖も、数百千年養ひ得たる我日本武士の気風を傷ふたるの不利は、決して少々ならず。得を以て損を償ふに足らざるものと云う可し」

 我が国は六十七年前、本土決戦を回避し、「只管和を講じて」、ポツダム宣言を受諾し、「自ら家を解」いた。その後、「経済に於て一時の利益を成した」。だが、その結果、我々は、幾十万の無辜の民を殺戮した男に最高位の勲章を授ける愚挙を、何ら怪しまないという、唾棄すべき精神風土に安住して恥じない国民となった。
 吉田松陰曰く、「独立不羈三千年来の大日本、一朝人の羈縛を受くること、血性ある者見るに忍ぶべけんや」

 では、我々が今為すべきことは何か。
 独立不羈の精神を取り戻すため、軍事力以外の力を総結集して、対米自立の「独立戦争」を開始し、勝利せねばならない。負け犬のままで、独立自尊などあり得ないのだ。
 

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