■5.「私、永ちゃんのこと、見ていますから」

 74分、その川澄にかわり、永里が指名された。ここで川澄を交代させるべき理由はなかった。佐々木監督が、永里にも変わることにない信頼を注いでいると、本人にも周囲にも伝えたかったのだろう、というのが江橋氏の推測だ。

 指名された永里を、ベンチメンバーが、肩を叩いたり、ハグをしたりして、それぞれの思いを託した。この時の思いを永里はこう語っている。

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 ドイツ戦で途中交代して、次は自分がスタメンじゃないってのは感じていました。(ベンチでの)みんなの気持ちが嬉しかったし、大きかった。それに高瀬(愛実)の存在が、私にあることを気がつかせたんです。[3,p123]
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 20歳の高瀬は将来を期待されるフォワードだが、ワールドカップで4試合を消化しても出場機会がなかった。その高瀬が、ドイツ戦後、なにげなく話をしていた時、「私、永ちゃんのこと、見ていますから」と語ったという。

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 途中交代をした自分がどこでどうするのか、彼女に見られていることがわかったんです。スタメンを外されても、変わらずにいよと、気持ちを強く持てた。[3,p123]
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 自分の振る舞いがチームに影響を与える。自分を支えてくれるチームメイト、自分の背中を見て育つ後輩がいることを学んだ。

 こうして成長した永里(結婚後、大儀見と改姓)は、今回のロンドン・オリンピックでエース・ストライカーとして活躍し、準決勝のフランス戦、そして決勝のアメリカ戦で得点をあげている。


■6.「それぞれに違った思い」

 こうした危機を乗り越えて、王者アメリカを打倒し、世界一になったなでしこジャパンだったが、その勝因をキャプテン・澤穂希(さわ・ほまれ)は「大会を通じて、全員が最後まであきらめず、なでしこらしさ、団結力を発揮できた大会だった」と総括した。[3,p10]

「団結力」こそ、体格では劣るなでしこが世界で戦うための武器であった。しかし、その団結力を生み出すことは容易ではないことは、以上の永里の例でも見てきた通りである。

 この団結力を生み出すために苦心してきた一人が、号泣する永里の手をとって歩いた宮間あやだ。彼女は、こんなコメントを残している。

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 今大会を優勝で追われたことは、誇らしく、嬉しく思う。しかし、(選手)それぞれに違った思いがあって、全員が、ピッチに、持てるものすべてを置いてきた結果が優勝です。[3,p10]
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「それぞれに違った思い」とは、途中交代させられた永里、北京オリンピックでレギュラーを務めながら今大会ではベンチを温めた福元美保、故障を乗り越えて這い上がってきた丸山桂里奈など、それぞれの選手の異なる境遇を思えば、実感できる言葉である。

 永里に「自分が見ている」と話した若手の高瀬愛実は、出場機会がほとんどなかったが、こう語った。

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 試合に出られず悔しいけれど、ピッチに立った11人がベンチや日本にいる選手たちの気持ちを背負って戦ってくれた。どの立場の選手も仲間を思いやった結果。[1,p10]
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「私、永ちゃんのこと、見ていますから」という言葉も、彼女なりの永里への思いやりだったのだろう。

 団結力とは監督が11台のロボットを操縦することではない。「それぞれに違った思い」を持った選手たちが、お互いを思いやり、支え合い、自分の持てる力を出していく、という過程から生まれてくるものである。


■7.「チームのために、ある部分では我慢もする」

 年長の控えゴールキーパーで、永里を隣に座らせた山郷のぞみは、団結力に関して、こう語っている。

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 団結力というと、みんなが同じ思いでひとつになる、というイメージがありますよね。でもそれは真実じゃない。選手それぞれがいろいろな思いを抱えてはいるけれど、チームのために、ある部分では我慢もする。

 今大会のなでしこジャパンはそういう集団でした。ピッチに立つ選手が、立てない選手のことを分かって戦ってくれる。だから、私たちも納得する。そういう相乗効果というか、いい関係性が築かれていたからこそ、ああいうプレーがピッチで生まれたんだと思います。[3,p176]
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 サッカー選手である以上、ワールドカップという檜舞台で活躍したいという思いは誰しも持っているだろう。しかし、ピッチに立てるのは11名のみ。

 ピッチに立つ選手も、ベンチに座る選手も、それぞれの思いを抱きながら、ある部分では我慢しながら、チームのために尽くす。それを可能にするのは、互いへの思いやりなのである。


■8.思いやりをベースにした団結力

 互いへの思いやりをベースにした団結力で、なでしこジャパンは世界を魅了するプレーを見せてくれた。この団結力は、「大いなる和の国」日本の強みそのものである。

 たとえ/