【 幸せと平和を願う人々の心が臨界質量を超えるとき世界は変わる 】
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人間学を学ぶメルマガ『 こころは超臨界 』
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【部分公開】「南京の真実」第一部「七人の『死刑囚』」[桜H24/7/28]
http://www.youtube.com/watch?v=gBhvc1QUXEY
⇒東京裁判は日本を戦争犯罪国に仕立てるための茶番劇であった!
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◆ 2011年7月31日 第1374号「 勇者を尊敬しない国 」
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★甲標的とは二人乗りの特殊潜航艇だ。海軍は真珠湾攻撃の時に、甲標的を潜水艦に搭載してハワイ近海まで運び、それを真珠湾に突入させた。だが警戒の厳しい米軍港に小型潜水艇が潜入出来るはずはない。よしんば成功したとしても、脱出して沖で待つ潜水艦に回収されるのはまず不可能だ。つまりこれは特攻隊とほとんど変わらない。(『永遠の0』)
【世界の名言】
臆病者は愛を表すことができない
それは勇者に与えられた特権なのである
( マハトマ・ガンジー )
A coward is incapable of exhibiting love;
it is the prerogative of the brave.
( Mahatma Gandhi )
●いつから日本人は責任を取ることを怖がり、嫌がるようになったのか。
『誰が国賊か』http://tinyurl.com/7rpopvr
【 谷沢永一・渡部昇一、文藝春秋 (2000/06)、p198 】
【渡部】 それはやはりこの敗戦からだと思います。
敗戦の時には、みずから進んで連合軍に名乗り出て、死刑になった人がたくさんおりました。実際には部下がやったことでも、「それを許したのは自分の責任である」と言って、何も弁明せずに従容(しょうよう)として殺された人も少なくからずおります。また、「これはまったく冤罪(えんざい)だけれども、自分が逃げれば、誰か別の人が犠牲になる」と言って、まったく無実なのに死刑宣告をあえて受けた人もたくさんおりました。いわゆるB・C級戦犯(注)として裁かれた人の多くは、そういう人たちなんです。
●B・C級戦犯 大戦後、連合国は日本の軍人・政治家などを戦争犯罪で告発し、一方的に裁いた。その告発内容によって戦犯は三種に分けられ、A級は平和に対する罪、B級は通例の戦争犯罪、C級は人道に対する罪とされた。A級は国際軍事裁判に付され、B・C級は連合軍各国の軍事裁判に付せられた。
だから、そのころまでは恥を知るとか、責任を取るという観念が日本人に溢(あふ)れていたわけです。
しかも敗戦までの日本ですと、こういう人をみんなが称(たた)えたわけです。たとえば、事故で軍艦が沈没したときに、艦長が責任を取って船と運命をともにしたというような話は、教科書とか新聞に美談として紹介されておりました。だから、みんな「責任を取るというのは大事なことだ。人として美しいことだ」と素直に感じていたわけです。
ところが、あの敗戦でガラッと事情が変わりました。自ら罪を負って死んだ人は、みんな損をしたような感じになってしまった。マイナス評価はされても、偉いとは絶対に言われなくなった。
B・C級戦犯のことを取材された上坂冬子(かみさかふゆこ)さんが言っておられたけれども、無実の罪で殺されたのが明々白々な戦犯の遺族でさえ、「うちのお父さんはバカなことをした」と思っているそうです。
こんな言葉は使いたくありませんが、崇高(すうこう)な動機で死刑宣告を受けた戦犯の人たちは、みんな“無駄死に”になってしまいました。
日本人を代表して死んだ人がこういう扱いでは、誰も責任を取ろうとは思いません。それは当然の成行きです。
だから、やはり戦犯として裁かれた人たち、特にB・C級戦犯の人たちは名前を挙げて顕彰(けんしょう)しなければいけません。この人たちは勇者ですよ。しかし今の日本では、こういう勇者が尊敬されず、責任を回避して逃げ延びた人間が大きな顔をして歩いているのです。
●東京裁判が大東亜戦争(太平洋戦争)の英雄をみな戦犯として決めつけたのです。戦争で人を殺したことが罪だとして裁いたからです。そして不幸なことに、未だに日本国民は東京裁判は正義であったと信じこまされているということです。
●日本を守るために命を捧げた人びとを「戦争犯罪人」として決めつける社会の仕組みが戦後のわずかな期間の間に巧妙に築かれてしまったのです。
『永遠の0』http://tinyurl.com/bv9xub5
【 百田尚樹、講談社 (2009/7/15)、p433 】
海軍には「特攻」の下地は初めからあったのかもしれない。開戦劈頭(へきとう)の真珠湾で、甲標的による特別攻撃のようなことが行われていたからだ。
甲標的とは二人乗りの特殊潜航艇だ。海軍は真珠湾攻撃の時に、甲標的を潜水艦に搭載してハワイ近海まで運び、それを真珠湾に突入させた。だが警戒の厳しい米軍港に小型潜水艇が潜入出来るはずはない。よしんば成功したとしても、脱出して沖で待つ潜水艦に回収されるのはまず不可能だ。つまりこれは特攻隊とほとんど変わらない。甲標的の十人の隊員たちは生還を期せずに出撃した。そして実際に五隻全部が生還しなかった。この時、後の「特攻」が約束されたとも言える。
余談になるが、この時、一隻が湾口に座礁し、生き残って捕虜になった酒巻少尉の存在は無視した。しかしまもなく酒巻少尉の名前は知れることになり、彼の実家は石を投げられ「非国民」「なぜ自決しなかった」という嫌がらせの手紙が全国から舞い込んだそうだ。
酒巻少尉の艇は航行に絶対必要なジャイロコンパスが故障していたのだが、母艦の潜水艦長の「どうする?」という声に、「行きます」と答えて出撃したそうだ。「どうする?」と聞かれて断る軍人などいるはずがない。なぜ艦長は「出撃中止」を命令しなかったのかと思う。酒巻少尉は結局ジャイロコンパスの故障で艇を上手(うま)く操ることが出来ず、艇位を失って座礁したのだ。同乗の一人は死んだ。
非国民呼ばわりされた酒巻少尉とは逆に、九軍神の実家には彼を英雄と称える村人や子供たちが大勢列をなしたそうだ。しかし戦後は一転して「戦争犯罪人」を出した家として、村人達から白眼視されたと聞いている――。このエピソードを聞く時ほど、嫌な気持ちになるものはない。
★お勧め情報
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