>>>>> http://www.ritouki.jp/ 【平成24(2012)年 7月30日】
☆★☆★ 日本李登輝友の会メールマガジン「日台共栄」 ☆★☆★
日台共栄のためにあなたの力を!!
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1>> 「親日国からのメッセージ」(1) 許 世楷(元台北駐日経済文化代表処代表)
2>> 【書評】呉国光著『次の中国はなりふり構わない』 鳥居 民(中国現代史研究家)
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● 映画『跳舞時代』DVD → 現在、在庫切れですが、8月中旬に入荷の予定です。
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*詳細は本会HPに掲載↓
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◆【ネット署名(第4期)】台湾出身者の戸籍を「中国」から「台湾」に改正しよう!!
http://www.shomei.tv/project-1901.html
*署名数:724人(7月30日 3期からの継続署名数)
*1期・2期・3期のネット署名総数=12,235人
◆ 台湾出身者の戸籍を中国から台湾に改正しよう!!
http://www.ritouki.jp/suggest/koseki.html
*署名用紙やアピールチラシもダウンロード可
*法務大臣の名前が異なる署名用紙でも有効です。
◆【動画】 祝!『台湾』国籍が在留カードに記載!
http://youtu.be/FSZtX11OHMg
1>> 「親日国からのメッセージ」(1) 許 世楷(元台北駐日経済文化代表処代表)
去る7月23日、東京・新宿区のホテルグランドヒル市ヶ谷において日本戦略研究フォーラム(中條高徳会長)の主催により、シンポジウム「親日国からのメッセージ、そして日本の役割」が開催され、約150名が参加した。
拓殖大学海外事情研究所の丹羽文生・准教授の司会進行の下、許世楷・元台北駐日経済文化代表処代表(台湾大使に相当)が基調講演を行い、続いて、親日国5カ国の大使経験者をパネリストに公開討論が行われた。
それに続くデスカッションには許氏も参加し、それぞれに親日感情を育んだ背景について日本企業の進出やODAなどの具体例を挙げて説明、充実した内容のシンポジウムだった。世界には台湾はじめ親日国が多いことを改めて認識し、ある大使が「反日は中国、韓国、北朝鮮の3カ国だけ」と言い放ったのが印象的だった。
その後の懇親会では、日本戦略研究フォーラム副会長でもある本会会長の小田村四郎氏が開会の挨拶を述べ、来賓として盧千恵・許世楷大使夫人が挨拶された。
許元代表の基調講演は30分ほどで、当日配布されたパンフレット掲載の講演内容の方が詳しいので、ここではパンフレットからご紹介したい。いささか長いので、3回に分けて掲載し、読みやすいように、適宜、改行や句点を施し、小見出しも編集部で付したことをお断りする。
なお、当日の模様は日本戦略研究フォーラムのホームページに写真とともに掲載しているのでご参照いただきたい。
◆第27回定例シンポジウム「親日国からのメッセージ、そして日本の役割」
http://www.jfss.gr.jp/shinpujum/shinpujum27kai/20120723.htm
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親日国からのメッセージ、そして日本の役割
【日本戦略研究フォーラム:第27回定例シンポジウム基調講演】
許 世楷
本日のシンポジュウムにお招きいただきありがとうございます。
本日与えられたテーマの前半「親日国からのメッセージ」については、第1に、東日本大震災における台湾人の関心ぶりからいって、また第2に、台湾の日本交流協会がこの6月に発表した世論調査「台湾人の対日意識では、「最も好きな国は日本=41%で、2位・3位のアメリカ・中国の各8%を大きく引き離しています。しかも日本が群を抜いての第1位というのは、調査を始めてから3年来続いています。
従って親日国というのは当たっていますし、そこからのメッセージということも、そこに住んでいる私にとっては、どうにかできそうなお話です。しかし後半の「日本の役割」については、多分台湾の視角からの問題提起に終わって、皆様で考える手がかりを提供するお話になるかと思います。
尚、私は政治学を専攻した者なので、話は政治ないし国際政治に傾いたお話になりますので、よろしくお願い致します。
◆台湾の戦後状況から馬英九政権まで
では、台湾の状況からお話を始めます。台湾は第2次世界大戦後、連合国軍軍最高司令官のマッカーサーの命令により、中華民国の国民党政権に占領されます。占領は領土変更ではないことにご留意下さい。
1951年にサンフランシスコ平和条約で、日本は台湾を放棄しますが、放棄先が明記されませんでした。これも条約史上珍しい例です。この間、蒋介石・経国父子の独裁政治が続きます。
しかし、固定した土地・人民・独裁とはいえ、有効に管轄する政府・対外交渉能力を持つ政府が存在し、一国を形成する客観的条件を持っていましたが、当局者は1949年にすでに消滅した「中華民国という虚構を創造し、台湾海峡の対岸をも領土と見倣し、そこを占拠している中華人民共和国を「共匪」と称して「反攻大陸」を掲げ、台湾自ら一国を形成する意志を明確に否定し、従ってひとつの国家ではなく、国際的な「独立した政治的実体(independent political entity)」として過ごして来ました。
1990年代に台湾は民主化が始まり、立法院(一院制国会)の全面選挙、1996年には総統の直接選挙で国民党の李登輝が当選、しかもこれらの選挙は台湾住民だけによる選挙でした。
2000年の総統選挙では民進党の陳水扁が当選、それから2期8年の陳政権が続きます。李総統は1999年に台・中関係は「特殊国と国の関係」、陳総統は2002年に「台湾・中国一辺一国(それぞれ別の国)」と称し、ともに台・中関係の国際化を指向します。
しかし「中華民国」という虚構を放棄できず、独立国家を設立する意志が不明瞭で、固定した土地・人民・民主化し有効に管轄する政府・対外交渉能力を持つ政府が存在するが、「事実上の独立国家(de facto independent state)」としかいえない状態にとどまりました。
2007年7月陳総統は、国連に「台湾という名義で新参加」を申し込みましたが、秘書長潘基文は、「1972年の2758号決議によって台湾は中国の一部である」という理由によって、受付を拒否しました。後に「台湾は中国の一部である」という決議をしたことはないと、潘は米・加・日などから正式抗議を受けました。
陳総統の申し込みは、世界に対して台湾政府の最高当局者が初めて「中華民国の虚構を捨て、台湾はひとつの「新生国家(new born state)」であるということを表明したものであります。そこから「法理上の独立国家(de jure in dependent state)」を実現する手がかりができたわけです。
しかし2008年5月には、中国国民党の馬英九政権が誕生し、2011年の再選後には「一国両区」、つまり台湾と中国は統治者が違うだけで、ひとつの国であると言い出します。
台湾は李登輝・陳水扁によってだんだん国際化してきたのが、一挙に「ひとつの中国」に引き戻されたのです。しかも台・中関係も、蒋政権時代の「反共匪」、「反攻大陸」のような相手に厳しい姿勢ではなく、馬政権の「傾中(対中国傾斜)」政策といわれるように中国一辺倒です。
中国国民党を挙げての中国共産党指導者に対する訪問競争、また台湾を中国市場に囲い込むECFA(貿易協定枠組み)の締結、馬総統2期目は平和政治協定締結か? とも疑われています。
今年1月中旬に総統選挙投票があって、そのときは51%余の得票率だったのですが、現在馬総統に対する支持率は20%以下に落ちています。それはあまりにも早い「傾中」に加えて、物価上昇、失業、貧富の差、米牛肉輸入、高官汚職などが原因になっています。
◆代表時代の重要な仕事
私は陳水扁政権の後半(2004─08年)に駐日代表として参りました。

