【佐藤千枝】台湾旅行記2012年春(1)228紀念館
作者: 佐藤 千枝
ゴールデンウィークに台湾に行ってきました。
<市立228紀念館&228国家紀念館>
さあ、台湾人を大量虐殺した国民党が再び政権をとって4年。紀念館はどう変わったんだろう? また国民党政権になってから出来た国家紀念館はどんなふうに228を展示しているのかな?
ご自身が228で処刑されそうになった蕭錦文さんに再び市立228紀念館を案内をしてもらった。
最初はこの紀念館の歴史だ。もともとは、ラジオ局として建設された。灯篭の形をしたスピーカーの前でラジオ体操をしている写真が展示してある。現在の228公園にこのスピーカー灯篭が設置されていて総督府からケーブルを引いて放送されていたそうだ(ラジオ局からじゃなくて?あの総督府の塔が電波塔の役割をしてたのか?)。
今でも同公園にある。
次はミニシアターで映画が上映されている。蕭さんの話しによると嘘が含まれているそうだ(中国語音声の映画だから私に内容が解るはずも無く…_(^^;)ゞ)。
次は戦前の台湾自治運動の展示コーナー。昔は臺灣の民主化(自治)運動の原動力となった板垣退助が来台したときの写真とかがあったのだが、今は無くなり簡素化している。
次は太平洋戦争のコーナー。戦争の悲惨さと台湾人が戦争に巻き込まれたといった写真が標示されている。蕭さんの話しによると、台湾総督府が台湾人の軍夫を募集したところ数百倍の人が集まったとか。そういう事は展示されて無いなぁ。
蕭さんが軍夫としてシンガポールに行ったとき英国領になって約200年で就学率10%。華僑の貧しい様子を見て、蕭さんは台湾が日本の領土になって良かったと思ったそうだ。因みに台湾が日本領になって50年近くで初等教育就学率87%だったそうだ。
戦後コーナー。 日本人の引き上げは、一人千円、荷物は30キロしか持ち出せなかったとの事。
そして中華民国から派遣された台湾省行政長官の陳儀の写真だ。彼が台湾に来てから稚拙な行政で台湾経済と治安は悪化。スーパーインフレで米の値段が一日で値上げする風刺画が展示されている。昭和21年には台湾でも選挙があったそうだ。「台湾省」代表が5人くらい選出されたそうで、その展示もあった。
228事件。闇タバコ売りの女性を殴り、売上金とタバコを没収した取締員に周りにいた台湾人達が抗議し、取り囲んだ。取締員が逃げながら発砲した弾が一人の台湾人に当たり死亡した。怒った群衆は取締員が逃げ込んだ警察局を包囲し取締員の引渡しを要求したが拒否された。
その事件現場の写真や被害者の写真、闇タバコやそれを入れていたカバンのレプリカが展示されている。外国や日本のタバコが混じっていたが、蕭さんによると当時、実際に売ってたタバコだそうだ。この闇タバコはタバコの専売局員が密輸して稼いだ物を取り締まりで摘発しているという問題点を蕭さんは説明してくれたが、この説明書きには書かれているのだろうか?(漢文の説明書きが読めないから蕭さんに確認すべきであった<(ToT)> )
2階に上がると、事件翌日に、専売局台北支局に集まって抗議する台湾人が支局の中の机や書類やタバコなどを外に投げ出し燃やした事件の写真が大きく展示してある。
蕭さんの話しによると、この写真は事件を起こしたデモ隊が去った後に集まった民衆の写真だそうだ。この支局前の道路の両側には下水路があって殴られた職員はそこに逃げ込んだため、デモ隊は石やレンガ屑を投げ込み職員はネズミのように逃げ回っていたそうだ。
蕭さんは、専売支局の近所にあった叔父さんの新聞社に勤めていて、物音を聞いて現場に急行したそうだ。
その後、デモ隊は専売局に行き(11時から12時頃)、王民寧(警視庁の役員だそうだ)の「ここには誰もいない。長官公署へ行け」と説得と案内で長官公署へ。その時のデモ隊の行路が大きな台北地図に描かれている。昔、この地図に描かれていた行路が間違っていたが、蕭さんの証言で現在の物となった経緯がある。
次は行政長官公署の絵。公署前に集まった群集をバルコニーから機関銃掃射した絵だが、蕭さんの話しによると機関銃はバルコニーからではなく、屋上からだったそうだ。この絵は見た人が描いたのではなく、事件から約40年後の80年代に話しを聞いて描かれた絵だそうだ。だからリヤカーに乗せてデモ隊を先導した銅鑼がトラックに乗ってたり、当時ボロボロの兵隊服でわらじを履いていた国民党兵がちゃんとした服装で描かれているなど間違いが多い。
そして次からは、陳儀が蒋介石に要請した援軍が台湾に上陸してからの虐殺の展示だ。
基隆港が台湾人の血で真っ赤に染まった処刑の絵や、処刑されたり逮捕・指名手配といった被害にあった著名人の写真や血で汚れた被害者の服などが展示してある。この中には蕭さんの叔父さんで大明報という新聞社の社長をしていた[登β]進益氏の展示もある。彼はギリギリで香港に脱出したそうだ。C=(^◇^ ; ホッ!
他にも無名の被害者達の写真と名前が並んだコーナーもあるが、蕭さんによると、詳しく展示してある著名人以外の被害者遺族達の中には、不満を持つ人々もいるらしい。(同じ被害者なんだから自分の家族も同じように取り上げて欲しいということらしい)
それにしても、白色テロで逮捕・処刑された人々の展示が少なくなったな。葬式の為に棺おけを買い、葬儀後遺体を棺おけから出して墓に入れてから店に棺おけを返し銃で脅してムリヤリ返金させたりといった、戦後、台湾にやってきた「外省人」達の無法な逸話の展示も少なくなった。
紀念館の外(カフェの近く)には228で逮捕された人々の名前が刻まれた碑が新たに設置され蕭さんの名前もあった。
今度は228国家紀念館だ。国民党が作った施設なので蕭さんには聞きづらい。そしてなぜかこの施設はガイドブックにぜんぜん載っていない。こんなときは台北駅の観光案内所だ! メモに「228国家紀念館」と書いて見せて「在[口那]裡(どこ)?」と聞くとネットで調べてくれて「ここ?」とサイトを見せてくれた。
地図を見せながら「在[口那]裡?」と聞くと印を付けてくれた所が郵政博物館の前!確かレトロな建物があったっけ。
更に案内所の人は『今日はもう閉まっている』と教えてくれたので(このとき土曜の18時)、「トゥモローは?」と聞くと「OK!」との事。でも、明日は遠出もするし買い物もするから行く暇ないかも。最終日の月曜も開いてるかな?あれ?月曜って英語でなんていったっけ?
「トゥモロー イズ サンデー。ホワッツ ネックスデー?」
「Monday。」
「マンデー イズ OK?」と聞くと、休みとの事。仕方が無い。無理しても明日行かねば。
中正紀念堂駅を降りて南門市場近くの出口から郵政博物館を通り過ぎるとレンガ造りの建物が見える。角に入口のある旧警視庁を小さくしたような建物だ。大正・昭和初期あたりかな?ぜったい日本時代の建築物だけど何の建物だったんだろう? 中に入ると奥に大階段があり、踊り場から階段が二手に分かれて2階へと続いている。よくあるパターンだが今のビルよりずっと素敵!入口近くに受付のオバちゃんがいたので「フォト OK?」と確認したところ、「いいけど、フラッシュは駄目だよ。」とジェスチャー付でOKをもらう。
手すりの曲線とか百合をモチーフにした二つの巨大なシャンデリアが綺麗だよなぁ。とパチパチ撮影していると、オバちゃんに「フラッシュは駄目」と再びジェスチャーで注意され、さらに近くにいた男性客にも頼んで「ノーフラッシュ」と私に注意させてきた。
「我 [小董]了(解った)」と言って、今度は廊下を撮ると、フラッシュが付くではないか!なんでー?私はちゃんとフラッシュ無しでカメラを設定したのに~。もしかしてさっきもフラッシュがついたのか?<(ToT)>シマッタァ!オバちゃんごめんなさいm(__)m
どうやら、展示物は2階にあるらしい。階段を登って矢印に従って展示室に入ると最初にこの建物の歴史の説明があった。読もうとすると2階の廊下にいたオバちゃんが話しかけてきた。
「中文不[小董](中国語わかりません)」と言うと、入り口に引っ張られていった。
作者: 佐藤 千枝
ゴールデンウィークに台湾に行ってきました。
<市立228紀念館&228国家紀念館>
さあ、台湾人を大量虐殺した国民党が再び政権をとって4年。紀念館はどう変わったんだろう? また国民党政権になってから出来た国家紀念館はどんなふうに228を展示しているのかな?
ご自身が228で処刑されそうになった蕭錦文さんに再び市立228紀念館を案内をしてもらった。
最初はこの紀念館の歴史だ。もともとは、ラジオ局として建設された。灯篭の形をしたスピーカーの前でラジオ体操をしている写真が展示してある。現在の228公園にこのスピーカー灯篭が設置されていて総督府からケーブルを引いて放送されていたそうだ(ラジオ局からじゃなくて?あの総督府の塔が電波塔の役割をしてたのか?)。
今でも同公園にある。
次はミニシアターで映画が上映されている。蕭さんの話しによると嘘が含まれているそうだ(中国語音声の映画だから私に内容が解るはずも無く…_(^^;)ゞ)。
次は戦前の台湾自治運動の展示コーナー。昔は臺灣の民主化(自治)運動の原動力となった板垣退助が来台したときの写真とかがあったのだが、今は無くなり簡素化している。
次は太平洋戦争のコーナー。戦争の悲惨さと台湾人が戦争に巻き込まれたといった写真が標示されている。蕭さんの話しによると、台湾総督府が台湾人の軍夫を募集したところ数百倍の人が集まったとか。そういう事は展示されて無いなぁ。
蕭さんが軍夫としてシンガポールに行ったとき英国領になって約200年で就学率10%。華僑の貧しい様子を見て、蕭さんは台湾が日本の領土になって良かったと思ったそうだ。因みに台湾が日本領になって50年近くで初等教育就学率87%だったそうだ。
戦後コーナー。 日本人の引き上げは、一人千円、荷物は30キロしか持ち出せなかったとの事。
そして中華民国から派遣された台湾省行政長官の陳儀の写真だ。彼が台湾に来てから稚拙な行政で台湾経済と治安は悪化。スーパーインフレで米の値段が一日で値上げする風刺画が展示されている。昭和21年には台湾でも選挙があったそうだ。「台湾省」代表が5人くらい選出されたそうで、その展示もあった。
228事件。闇タバコ売りの女性を殴り、売上金とタバコを没収した取締員に周りにいた台湾人達が抗議し、取り囲んだ。取締員が逃げながら発砲した弾が一人の台湾人に当たり死亡した。怒った群衆は取締員が逃げ込んだ警察局を包囲し取締員の引渡しを要求したが拒否された。
その事件現場の写真や被害者の写真、闇タバコやそれを入れていたカバンのレプリカが展示されている。外国や日本のタバコが混じっていたが、蕭さんによると当時、実際に売ってたタバコだそうだ。この闇タバコはタバコの専売局員が密輸して稼いだ物を取り締まりで摘発しているという問題点を蕭さんは説明してくれたが、この説明書きには書かれているのだろうか?(漢文の説明書きが読めないから蕭さんに確認すべきであった<(ToT)> )
2階に上がると、事件翌日に、専売局台北支局に集まって抗議する台湾人が支局の中の机や書類やタバコなどを外に投げ出し燃やした事件の写真が大きく展示してある。
蕭さんの話しによると、この写真は事件を起こしたデモ隊が去った後に集まった民衆の写真だそうだ。この支局前の道路の両側には下水路があって殴られた職員はそこに逃げ込んだため、デモ隊は石やレンガ屑を投げ込み職員はネズミのように逃げ回っていたそうだ。
蕭さんは、専売支局の近所にあった叔父さんの新聞社に勤めていて、物音を聞いて現場に急行したそうだ。
その後、デモ隊は専売局に行き(11時から12時頃)、王民寧(警視庁の役員だそうだ)の「ここには誰もいない。長官公署へ行け」と説得と案内で長官公署へ。その時のデモ隊の行路が大きな台北地図に描かれている。昔、この地図に描かれていた行路が間違っていたが、蕭さんの証言で現在の物となった経緯がある。
次は行政長官公署の絵。公署前に集まった群集をバルコニーから機関銃掃射した絵だが、蕭さんの話しによると機関銃はバルコニーからではなく、屋上からだったそうだ。この絵は見た人が描いたのではなく、事件から約40年後の80年代に話しを聞いて描かれた絵だそうだ。だからリヤカーに乗せてデモ隊を先導した銅鑼がトラックに乗ってたり、当時ボロボロの兵隊服でわらじを履いていた国民党兵がちゃんとした服装で描かれているなど間違いが多い。
そして次からは、陳儀が蒋介石に要請した援軍が台湾に上陸してからの虐殺の展示だ。
基隆港が台湾人の血で真っ赤に染まった処刑の絵や、処刑されたり逮捕・指名手配といった被害にあった著名人の写真や血で汚れた被害者の服などが展示してある。この中には蕭さんの叔父さんで大明報という新聞社の社長をしていた[登β]進益氏の展示もある。彼はギリギリで香港に脱出したそうだ。C=(^◇^ ; ホッ!
他にも無名の被害者達の写真と名前が並んだコーナーもあるが、蕭さんによると、詳しく展示してある著名人以外の被害者遺族達の中には、不満を持つ人々もいるらしい。(同じ被害者なんだから自分の家族も同じように取り上げて欲しいということらしい)
それにしても、白色テロで逮捕・処刑された人々の展示が少なくなったな。葬式の為に棺おけを買い、葬儀後遺体を棺おけから出して墓に入れてから店に棺おけを返し銃で脅してムリヤリ返金させたりといった、戦後、台湾にやってきた「外省人」達の無法な逸話の展示も少なくなった。
紀念館の外(カフェの近く)には228で逮捕された人々の名前が刻まれた碑が新たに設置され蕭さんの名前もあった。
今度は228国家紀念館だ。国民党が作った施設なので蕭さんには聞きづらい。そしてなぜかこの施設はガイドブックにぜんぜん載っていない。こんなときは台北駅の観光案内所だ! メモに「228国家紀念館」と書いて見せて「在[口那]裡(どこ)?」と聞くとネットで調べてくれて「ここ?」とサイトを見せてくれた。
地図を見せながら「在[口那]裡?」と聞くと印を付けてくれた所が郵政博物館の前!確かレトロな建物があったっけ。
更に案内所の人は『今日はもう閉まっている』と教えてくれたので(このとき土曜の18時)、「トゥモローは?」と聞くと「OK!」との事。でも、明日は遠出もするし買い物もするから行く暇ないかも。最終日の月曜も開いてるかな?あれ?月曜って英語でなんていったっけ?
「トゥモロー イズ サンデー。ホワッツ ネックスデー?」
「Monday。」
「マンデー イズ OK?」と聞くと、休みとの事。仕方が無い。無理しても明日行かねば。
中正紀念堂駅を降りて南門市場近くの出口から郵政博物館を通り過ぎるとレンガ造りの建物が見える。角に入口のある旧警視庁を小さくしたような建物だ。大正・昭和初期あたりかな?ぜったい日本時代の建築物だけど何の建物だったんだろう? 中に入ると奥に大階段があり、踊り場から階段が二手に分かれて2階へと続いている。よくあるパターンだが今のビルよりずっと素敵!入口近くに受付のオバちゃんがいたので「フォト OK?」と確認したところ、「いいけど、フラッシュは駄目だよ。」とジェスチャー付でOKをもらう。
手すりの曲線とか百合をモチーフにした二つの巨大なシャンデリアが綺麗だよなぁ。とパチパチ撮影していると、オバちゃんに「フラッシュは駄目」と再びジェスチャーで注意され、さらに近くにいた男性客にも頼んで「ノーフラッシュ」と私に注意させてきた。
「我 [小董]了(解った)」と言って、今度は廊下を撮ると、フラッシュが付くではないか!なんでー?私はちゃんとフラッシュ無しでカメラを設定したのに~。もしかしてさっきもフラッシュがついたのか?<(ToT)>シマッタァ!オバちゃんごめんなさいm(__)m
どうやら、展示物は2階にあるらしい。階段を登って矢印に従って展示室に入ると最初にこの建物の歴史の説明があった。読もうとすると2階の廊下にいたオバちゃんが話しかけてきた。
「中文不[小董](中国語わかりません)」と言うと、入り口に引っ張られていった。