2.ご都合主義
ジコチューは自分の都合に従って行動する。したがってご都合主義が普遍化されるのである。他人の都合や思惑は二の次、三の次というより、最初から考慮されていない。
政治の流れを見ても、一九五〇年代、「向蘇一辺倒」などといわれ、ソ連と蜜月の関係を結んでいたにもかかわらず、六〇年に入って突然「ソ連修正主義反対」、「ソ連社会帝国主義打倒」のスローガンを掲げて豹変した。
そして六〇年代、日米安保、アメリカ帝国主義反対を唱え、旧日本社会党と共同声明まで出した支那は、七〇年代に入るやある日突然、日米安保賛成、反ソ親米に急変した。このとき日本の旧社会党員は肩すかしを食らい、いわゆる進歩的文化人はどれほど困惑したことだろうか。
日本にかぎらない。文化大革命を礼賛した世界の文化人たちは、文革収拾とともに、文化大革命そのものが「動乱の十年」となって評価が逆転して、支那人の敵として振り落とされていく。支那人のご都合主義についていくのはたいへんなことである。
戦後、日本の世論は「支那人とは、原則を重視する民族」という神話を信じていた。それは支那政府がいつも「平和五原則」「周恩来四原則」「日中三原則」と原則ばかりを唱えていたので、つい幻惑されたためであろう。
実は、これは原則ではなかった。偏執、強情、拘泥を「原則重視」に読み間違えたのである。
ジコチューの支那は、原則(建前)と本音を実にうまく使い分ける。日本人はまったくこの点を読むことができない。あまりに思いやりのある民族であるため、日本人は相手の意に添うことばかりを考え、ときには迎合することさえある。
ジコチューの支那人と、相手の意に添うことの上手な日本人ならば、これほど理想的な友好カップルはないはずだ。だが、それはあくまで日本人がついていかれるならばの話である。
人治国家の支那では、法はあっても自分の都合で利用したり、無視したりするのが通常である。したがって、朝令暮改、契約反故などが頻繁に起こり、たいていの日本人は支那人の独断にふりまわされ、最後にはノイローゼになってしまう人までいる。
────────
悪いのはすべて他人だ
────────
3.独善
仏教と儒教は支那から朝鮮を経由して日本に伝えられた。宗教が共通なのだから、精神文化も共有しているように思えるが、根本となる死生観がまったく異なっている。
日本人は「死ねば神」「死者悉皆成仏」といって、死後にまで生前の利害や怨恨を問わない心を持っている。だが、支那人には強烈な勧善懲悪の倫理意識があり、自分の敵は死後もその墓を暴き、屍にむち打ち、魂まで食らおうとする。人は死しても安らかに眠ることができないのである。
しかも信仰の自由はなく、国内で邪教とされた宗教は徹底弾圧し、日本の総理の靖国神社参拝にまで政治的に干渉してくる。
支那の内政干渉は靖国問題にとどまらない。歴史教科書、政府高官の発言、南京事件の評価、日本の生存権問題に属する日米安保、憲法改正論議、ダライ・ラマや李登輝前台湾総統の訪日、航空会社の空港使用、ホテルでの国旗掲揚など、ありとあらゆることに干渉し、外交問題にしようとする。
かつてテレピ朝日の二ュースステーションで、キャスターの久米宏がチベットに関して発言した内容に支那が圧力を加え、翌日の放送で支那に対して謝罪した事件があった。同じように、テレビ各社の支那特番で、支那政府と協力して制作されたものであるにもかかわらず、放送後、支那の一方的な抗議を受け、公開謝罪させられたケースが何度もある。
支那の独善的な思惑の押しつけは、日本に対してだけではない。世界のいたるところにおよんでいるのである。
たとえば、旧西ドイツやデンマークなどでチベットの人権侵害問題をとりあげる議会に圧力をかけ、決議をしたら報復すると恫喝した。また江沢民主席はかつてスイスでデモ隊に遭遇したときに、迎えに出たスイスの首相に対し、自国の管理もできないのかなどと、いちじるしく礼を失する発言をしたことがある。
アメリカに対しでも同様の干渉を加える。李登輝が総統の座にあったとき、卒業したコーネル大学の訪問のために訪米を申し入れたことがあった。アメリカの上下両院が李氏の訪米を受け入れる決定をしたにもかかわらず、支那はこの決議に関しても「誤った決議」だとして反省を求めたのである。
一党独裁、全体主義国家の支那は違うが、アメリカ建国の理念は議会制民主主義である。議会は民意を代表し、いかなる決議も民意の反映であることには変わりない。
議会の決定は大統領といえども無視することはできないことが、江沢民にはわかっていない。アメリカ議会に対する反省要求は、中華思想の露骨な表現であった。日本ならばすぐに反省し、謝罪してしまうだろうが、アメリカは相手にしなかつた。
※明日のメルマガに続く





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ジコチューは自分の都合に従って行動する。したがってご都合主義が普遍化されるのである。他人の都合や思惑は二の次、三の次というより、最初から考慮されていない。
政治の流れを見ても、一九五〇年代、「向蘇一辺倒」などといわれ、ソ連と蜜月の関係を結んでいたにもかかわらず、六〇年に入って突然「ソ連修正主義反対」、「ソ連社会帝国主義打倒」のスローガンを掲げて豹変した。
そして六〇年代、日米安保、アメリカ帝国主義反対を唱え、旧日本社会党と共同声明まで出した支那は、七〇年代に入るやある日突然、日米安保賛成、反ソ親米に急変した。このとき日本の旧社会党員は肩すかしを食らい、いわゆる進歩的文化人はどれほど困惑したことだろうか。
日本にかぎらない。文化大革命を礼賛した世界の文化人たちは、文革収拾とともに、文化大革命そのものが「動乱の十年」となって評価が逆転して、支那人の敵として振り落とされていく。支那人のご都合主義についていくのはたいへんなことである。
戦後、日本の世論は「支那人とは、原則を重視する民族」という神話を信じていた。それは支那政府がいつも「平和五原則」「周恩来四原則」「日中三原則」と原則ばかりを唱えていたので、つい幻惑されたためであろう。
実は、これは原則ではなかった。偏執、強情、拘泥を「原則重視」に読み間違えたのである。
ジコチューの支那は、原則(建前)と本音を実にうまく使い分ける。日本人はまったくこの点を読むことができない。あまりに思いやりのある民族であるため、日本人は相手の意に添うことばかりを考え、ときには迎合することさえある。
ジコチューの支那人と、相手の意に添うことの上手な日本人ならば、これほど理想的な友好カップルはないはずだ。だが、それはあくまで日本人がついていかれるならばの話である。
人治国家の支那では、法はあっても自分の都合で利用したり、無視したりするのが通常である。したがって、朝令暮改、契約反故などが頻繁に起こり、たいていの日本人は支那人の独断にふりまわされ、最後にはノイローゼになってしまう人までいる。
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悪いのはすべて他人だ
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3.独善
仏教と儒教は支那から朝鮮を経由して日本に伝えられた。宗教が共通なのだから、精神文化も共有しているように思えるが、根本となる死生観がまったく異なっている。
日本人は「死ねば神」「死者悉皆成仏」といって、死後にまで生前の利害や怨恨を問わない心を持っている。だが、支那人には強烈な勧善懲悪の倫理意識があり、自分の敵は死後もその墓を暴き、屍にむち打ち、魂まで食らおうとする。人は死しても安らかに眠ることができないのである。
しかも信仰の自由はなく、国内で邪教とされた宗教は徹底弾圧し、日本の総理の靖国神社参拝にまで政治的に干渉してくる。
支那の内政干渉は靖国問題にとどまらない。歴史教科書、政府高官の発言、南京事件の評価、日本の生存権問題に属する日米安保、憲法改正論議、ダライ・ラマや李登輝前台湾総統の訪日、航空会社の空港使用、ホテルでの国旗掲揚など、ありとあらゆることに干渉し、外交問題にしようとする。
かつてテレピ朝日の二ュースステーションで、キャスターの久米宏がチベットに関して発言した内容に支那が圧力を加え、翌日の放送で支那に対して謝罪した事件があった。同じように、テレビ各社の支那特番で、支那政府と協力して制作されたものであるにもかかわらず、放送後、支那の一方的な抗議を受け、公開謝罪させられたケースが何度もある。
支那の独善的な思惑の押しつけは、日本に対してだけではない。世界のいたるところにおよんでいるのである。
たとえば、旧西ドイツやデンマークなどでチベットの人権侵害問題をとりあげる議会に圧力をかけ、決議をしたら報復すると恫喝した。また江沢民主席はかつてスイスでデモ隊に遭遇したときに、迎えに出たスイスの首相に対し、自国の管理もできないのかなどと、いちじるしく礼を失する発言をしたことがある。
アメリカに対しでも同様の干渉を加える。李登輝が総統の座にあったとき、卒業したコーネル大学の訪問のために訪米を申し入れたことがあった。アメリカの上下両院が李氏の訪米を受け入れる決定をしたにもかかわらず、支那はこの決議に関しても「誤った決議」だとして反省を求めたのである。
一党独裁、全体主義国家の支那は違うが、アメリカ建国の理念は議会制民主主義である。議会は民意を代表し、いかなる決議も民意の反映であることには変わりない。
議会の決定は大統領といえども無視することはできないことが、江沢民にはわかっていない。アメリカ議会に対する反省要求は、中華思想の露骨な表現であった。日本ならばすぐに反省し、謝罪してしまうだろうが、アメリカは相手にしなかつた。
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