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宮崎正弘の最新刊
『中国が世界経済を破綻させる』(清流出版、1680円)
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読者の声 どくしゃのこえ 読者之声
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(読者の声1)薄煕来失脚までの王立軍亡命未遂事件からの動きをメディアの中でも一番早く報じた貴誌ゆえに、ひとつ質問です。息子の薄瓜瓜はボストンから行方不明になったと言われましたが、その後、中国へ帰国したのですか。あるいは中国当局に、かれも拘束されたのでしょうか(UI生、三鷹)
(宮崎正弘のコメント)薄瓜瓜はボストンの豪華マンションからは姿を消しましたが、彼の担当教官のひとり、エズラ・ボーゲル教授に拠れば「元気だ」といわれてきました。5月24日、ハーバード大学の卒業式に現れた薄瓜瓜は、卒業証書を受け取り、にこにこ笑いながらマスコミの取材を蹴って、ふたたび米国内の何処かへ消えました。
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(読者の声2)在米読者ですが、所用あって日本に戻り、紀伊国屋で貴著をすぐに買い求めました。『中国が世界経済を破綻させる』(清流出版)は題名も中味も世界市場の巨視的な感覚で展望されていて、納得するばかりです。貴著が、このタイミングで極めて重要であるばかりか、まさに米国の議論と同時並行的という早読みのセンスの冴えです。というもの、おりから米国で注目されている書物はルチール・シャーマ(モルガン・スタンレー『新興国ファンド』主任)が書いた『BREAKOUT NATIONS』です。このなかでルチール・シャーマは中国経済の衰退は自然の流れでもあるが、急激なおちこみは世界の経済バランスを崩すと言っており、またこの本を評して著名コラムニストのザガリアは『ワシントン・ポスト』(5月24日付け)で同様な危機感を警告しているのです。そういう意味で貴著は、いまの日本のパラノイア的非常識な言論界の中でひときわ光ります。こういう本質を把握している評論家が日本にいることに安堵感があります。(HJ生、在ニューヨーク)
(宮崎正弘のコメント)ご指摘の書籍、まだ読んでいませんでしたが、それは現場の声ですから、切迫感があると思われます。
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(読者の声3)貴誌3663号(読者の声1)でHK氏が「宮崎先生は『日米先端特許戦争』(ダイヤモンド社)を1983年頃、かかれて、いち早く特許技術戦争に警鐘を鳴らされた」と書かれたのに対して、(宮崎正弘のコメント)「出願件数と特許成立件数を間違えていませんか? かたや中国はダボハゼ型。なんでもかんでも出願して、中味で日本が中国の脅威に晒されるのは、まだかなり先のことですよ」と書かれました。HK氏も宮崎先生も慧眼です。しかし、一つ付け加えさせてください。それは1983年当時、対日国家防衛の一環として米国の特許政策があった時点からの情勢の変化です。まず歴史的にみると、米国においては憲法自体に特許権の規定があり、発明者の権利が建国の時点から法的に保障されていました。それ以降、特許権を大きく保護する(pro-patent)の時代と特許権の行き過ぎを反省し、権利を抑制する(anti-patent)の時代が30年の周期で繰り返しました。その周期が、1990年代になって次の通りに大転換しました。
1.特許権をより強く保護し、特許料をとることを強く支持する一方、特許権の範囲を明確にし、あいまいで抽象的な「請求項(claim)」で少しでも引っかかれば特許権を主張できたのができなくなった。実施例の中で明確に書かれたものに対してしか権利が主張できなくなりつつあります。つまり、権利の範囲に関してはanti-patentで、認められた(明細書に掲載された)範囲に関してはより強い権利がえられる(pro-patent)ということです。これは、1994年に連邦最高裁判所が判決を下したによってこの方向が明確となりました。今では、最良の実施形態を特許明細書にかかない場合、その特許が喪失するということが判例法として定着しつつあります。特許権を認められ行使できることの代償が、特許期間経過後その発明を誰でもが無料で使えることなので、特許明細書に最良の実施形態を記述しないことは、この代償を提供することを拒否していることとみなされ、特許権をはく奪される場合があります。
2.国際的に特許となるものの標準化が漸次進んでいます。
3.ハードウェア中心の特許権から、ソフトウェアの特許、さらには「ビジネスモデル特許」と「特許」となりうるもの性格が広がってきています。これらの三つの大きな流れと比べれば、米国が先願主義に転換し、サブマリン特許がやりにくくなったことなど些末なことといえます。
これら三つの動きのうち、「1」は今後中国企業がダボハゼ型の特許戦略で攻撃してくることに対して、防御策ともなりえます。また、くそまじめな日本人の発明家もこの流れをよく理解して特許出願すると自己の権利を守ることを有利に進めうることとなります。そして、これは米国での動きであるだけでなく、ヨーロッパでも日本でも同じ動きがあります。要するにTPPと同様それ自体が良いのでも悪いのでもなく、現状と動向を最大限に生かせるだけの力量を持っているかが決定的に重要です。またこれは特許の専門家以外にはほとんど知られていないことですが、日本での特許明細書の書き方に米国特許商標庁(USPTO)およびヨーロッパ特許庁(EPO)と大きく異なる点があり、これが日本で得たか、または出願した特許を米国やヨーロッパやそれ以外の世界中のほとんどに国や地域で出願する場合に大きな障害となっています。
(1)日本では特許明細書の最初に請求項が来て、そのあとに説明や実施例が記述されるが、他のほとんどの国では請求項が最後に記述される。
したがって日本の特許明細書では、説明や実施例の中で請求項を参照したり、引用したりするが、そのまま翻訳すると外国の審査官にはチンプンカンプンとなります。10時間足らずで出願された特許を審査しなければならない彼らは、最後の部分に書いてある請求項をいちいち参照してその特許を理解し審査するほど暇ではないからです。
(2)日本では請求項は名詞ないし体言止めであることが要求されますが、USPTOやEPOは一つの主語と述語を持った文であることが要求されます。したがって日本で出願した請求項はまず、名詞ないし名詞的なものから主語と述語を待った文に変換してから翻訳される必要があります。これは大変な作業です。その発明自体と日本の特許での審査の慣例と米国やヨーロパでの特許審査の実際を知った人がまず請求項を書き直してから翻訳する必要があります。これは大変な技術と経験と見識を要求される仕事の割には評価されません。つまり優秀な人を引き付けられないので、いい加減なものができてしまい、下流工程の翻訳者と現地代理人が苦労するか、こんな質の悪いものまともにやっていられるかとなって、できのわるい翻訳原稿ができあがります。
(3)いまだに日本には請求項万能主義の幻想が巣食っていて、単に翻訳しただけでは、明細書全体でより広い/


