

















日本の心を伝える会
メールマガジンNo.505
2012/5/28









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■□【1】拉致に表れた国家意識の薄さ
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中山恭子先生の一文をご紹介します。
2012年04月30日産経新聞東京朝刊に掲載されたものです。こういう素晴らしい政治家が、日本にはまだまだいるのです。その素晴らしい政治家が、国政の中心となり、私たちの国を正常化させる。そのために必要な環境を作り上げるのは、私たちの仕事であると、私は思っています。





【拉致に表れた国家意識の薄さよ】
参議院議員中山恭子
戦後20年の頃から、仲間に信頼され、責任感の強い高校生たちが姿を消した。1970年以降は、日本の典型的家庭で日本的な躾(しつけ)をしっかり身に着けた人々が拉致された。
印刷工や看護婦など多くの職種の若者たちも姿を消した。
普通に生活していた人々が、外国から忍び込んだ工作員に袋詰めにされて連れ去られるなどということが各地で起きていたとは、何と情けない国か。 なぜ、日本は国民の拉致を防げなかったのか。北朝鮮による拉致のことを、ほとんどの日本の人々は知らなかった。知る由もなかった。80年1月7~9日に阿部雅美記者のアベック拉致事件報道が産経新聞1面に載ったにもかかわらず、触らぬ神にたたりなしとでもいうように、他の報道機関が追随することもなく、この問題は沙汰やみになる。
97年に家族会が結成され、被害者家族が「娘や息子、兄弟が北朝鮮に拉致されています」と必死で訴えた際も、ごく一部の関係者を除き、行政府も政界も社会も、彼らを厄介者を扱うように門前払いにし注意を払おうとしなかった。
被害者が北朝鮮にいると分かっていながら、なぜ日本は国を挙げて救出に当たれなかったのか。警察組織に欠陥があったのか。国防力が弱いからか。日本社会全体が冷たいものになってしまったからなのか。
多くの要因があり、全てが関わっていると考えられ、その遠因に戦後の占領政策と占領下で急ごしらえで作られた現行憲法があると言わざるを得ない。
もちろん、我々(われわれ)日本人は現行憲法から自由、民主主義、国民主権など多くのものを得た。一方で、占領が終了して独立を果たした後も、経済発展に邁進(まいしん)するあまり、見失ってしまったものは大きい。
その一つが「国家」意識である。個人の自由や権利が主張される一方「国家」というものから極力目を逸(そ)らしてきた。「国家」として国土を防衛し、国民を守るという気概も、他国に拉致された国民を何としても取り戻すという気迫も今もって強く感じられない。
52年4月28日、サンフランシスコ平和条約が発効し、日本が主権を回復して今年でちょうど60年になる。40年に生まれ、戦後の惨憺(さんたん)たる日本の状態を子供ながらに見ていた者として、どのようなことがあっても平和を維持していかなければいけない、次の世代に平和の尊さを伝えなければならない、それは戦争の悲惨さを見た世代の使命であるとの思いで過ごしてきたし、今もそう確信している。
だが、国民が拉致され他国で監禁状態に置かれたままの日本は真に「平和」だと言えようか。他国の顔色を窺(うかが)い自国の国土、国民を守る意識もない国は平和国家とは言えない。真の平和を維持するには大きなエネルギーが必要だ。
四方を海に囲まれた日本は歴史上、他国の侵略を受け国が奪われる経験をしなかった。人々は「国家」が消滅するという切迫した危機感に乏しい。しかし、現実 の国際社会では、拉致に象徴される様々(さまざま)な工作活動がなされ、日本も当然、標的となっている。
事実、北朝鮮の工作員は船で日本の沖合まで来て、 小舟などで上陸していた。日本国内に他国の工作員が易々と侵入していたのである。
戦後、日本は国を守ることにあまりに臆病だ。羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹き続けている。真の平和を享受するためには、外交力、国際的な情報力、防衛力、母国への思いなど、あらゆる面で常に備えていなければならない。
一刻も早く、国土と国民を堅固に守る体制が求められる。その根本が憲法である。 憲法の前文を読むと、日本の長い歴史の中で、日本の人々が培ってきた文化に基づく考え方や思想が見当たらない、自分たちの言葉ではなく、 他所から借りてきた文章が綴(つづ)られていると感じ、大変残念なことだと思い続けてきた。
前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」とある。今の国際社会は、「諸国民の公正と信義」を信頼できる状況にはない。
諸国民を信頼する前 に、「国家」として自立していなければならない。それには、自国の国民、領土・領海・領空を守ることが不可欠であり、できなければ国は消滅するというのが 現在の国際社会の掟(おきて)である。国際社会は厳しく、甘えの余地はない。
本来、調和ある社会を重んじる日本には、国際社会でも重要 な役割を果たして貢献できる文化がある。こうした日本の精神・文化を盛り込んだ憲法を自ら制定する時が来ている。
主権回復から60年、回復したはずの主権 を自ら守り切らなかったことを恥じ、まずは自らの憲法を制定しよう。(なかやま きょうこ)





文章は、恭子先生らしく、とてもやわらかな文ですが、私はこれを檄文だと思いました。まさに、国家というものの厳しさを再認識させられます。
文中には、国家としての自立、自国の国民、領土・領海・領空を守ることが不可欠との記載されています。たいせつなことは、同時に中山先生は、常々、日本文化の受容性の大きさを好感し、「文化のプラットホームとしての日本」という提言もされていることです。
<文化のプラットホームとしての日本>
http://nakayamakyoko.net/modules/jpn/content0010.html
自国が国家として自立することと、異文化と積極的に交流することは、決して矛盾することではない。むしろ、国家国民がきちんと自立したところに、交流は生まれるのです。そのことを中山恭子先生は、自らの行動を通じて、はっきりと世界に示されています。
このことは逆に考えると実にわかりやすいです。国家国民が自立せず、単に他国や他国民に迎合するだけの状態、もっといえば、国家が存在しない者が、他国に迎合するだけの状態というのは、いったいどういう状態か。
すこし考えたらわかることです。これは支配者と被支配者の関係にしかならない。
自由に行動し生殺与奪の権を持つ支配者と、自由を阻害され、人としての権利も尊厳も生命財産も、一切認められない被支配者。そんな信じられないような関係が、世界の歴史には、そして現代世界にさえも、いくらでも存在します。
そして不思議なことにいまの日本の国政は、日本の歴史伝統文化を否定し、ひたすらに反日国に進んで迎合しようとしています。
中山恭子先生のご主張は、国家国民が、きちんと自立したうえで、互いに対等な関係を築き上げようというものです。威張る必要なんてない。支配するのでもない。古い歴史と伝統のある日本は、きちんと自立するだけで、世界中の諸国家と仲良く対等におつきあいできるのです。
では、日本が自立するために何が必要かといえば、国家として「自らの憲法」を制定しよう、と述べられています。まさにその通りと思います。
中山恭子先生は、北朝鮮にいる拉致被害者を、単身、北朝鮮に乗り込んで取り返して日本に連れ帰られました。これは実にすごいことです。
なぜなら、拉致被害が現実のものと認識されてから、内閣も外務省も他の政治家の誰一人さえも、北朝鮮と仲良くしているという政党や政治家さえも、誰一人実現できなかったことを、単身でやってこられたからです。
恭子先生には、他にも同様のエピソードがあります。ウズベキスタン大使就任中の頃のことです。