現実に戻る。
私の子供の頃(昭和三十年代)、三国ヶ丘の巨大天皇陵と巨大墳墓は、ほぼ田園に囲まれていた。その墳丘の森には数千羽の白鷺が舞っていて、彼等の餌であるドジョウやモロコやフナは、付近の田園で生息していた。
しかし、現在、白鷺はカラスに変わり、彼等の餌である人間の残飯は、住宅街と繁華街が提供している。
そして、土地開発により、多くの倍塚が破壊された。今でも、三国ヶ丘駅近くの巨大な前方後円墳がブルトーザーで一挙に破壊されたときの無惨な情景を思い出す。
仁徳御陵の東側の田園は宅地で覆い尽くされ、家庭排水とガソリンスタンドの廃油は、仁徳天皇陵の堀に流れ込み、僕たちが「キンタイ」と呼んでいたすばらしく綺麗な小さな魚はいち早く姿を消し、コイやフナ、ナマズや台湾ドジョウまで姿を消した。
そして、履中天皇の堀沿いにあった空き地は、分譲されて、仁徳天皇と履中天皇の親子の御陵を結ぶ緑の空間は建ち並んだ新築住宅によって分断された。
その上で、堺市は何をしているのかというと、仁徳天皇陵を中心とする百舌鳥古墳群と応神天皇陵を中心とする古市古墳群をあわせてユネスコの「世界遺産」に申請しているのである。
一体全体、天皇陵を囲む歴史的風土を破壊されるに任せている堺市に、天皇陵を「世界遺産」にと申請する資格があるのか。
断じてない。
その理由は、「天皇陵を囲む歴史的風土」が「世界遺産」にふさわしいのであり、「天皇陵」それ自体は「遺産」ではないからである。
冒頭に述べたように、天皇陵は、我が国が万世一系の天皇を戴く国家である限り、「現在に生きている我が国の聖域」であり、「世界遺産」として外国の学者が掘り起こして「学術調査」をしたり、観光客がソフトクリームを舐めながら墳丘を歩き回るなど許されない地域なのだ。
このこと、諸兄姉の先祖の墓のことを思えば分かるであろう。自分のご先祖の墓を大切にするように、天皇陵を大切にしなければならない。いや、天皇陵を大切にすることが自分のご先祖の墓を大切にすることにつながるのだ。
「かくの如きは、独り朕が忠良の臣民たるのみならず、また以て爾祖先の遺風を顕彰するに足らん」(教育勅語)
万世一系の基に断絶することなく今に生きており尊ばれるべき存在としての天皇をいただく国家。これが、我が国の国柄であり、この国柄と不可分であることに天皇陵の本質がある。
従って、天皇陵は「遺産」ではなく、「天皇陵を戴く周辺の歴史的風土」こそが遺産なのだ。
ここがエジプトのピラミッドと我が国の天皇陵とが決定的に違うところだ。ピラミッドの被葬者と現在のエジプトは無関係である。しかし、天皇の御陵は、万世一系の現在の天皇と不可分である。
従って、「世界遺産」申請は、まさに、この決定的違いを前提にして為されねばならないのだ。
しかるに、堺市は、周辺の「歴史的風土」を破壊させながら、「天皇陵」を「世界遺産」として申請している。
そもそも堺という地方自治体の職員は、「天皇陵」を何だと思っているのか。
彼等は、世界一の「巨大古墳」を「世界遺産」として申請しているという意識なのだ。
つまり、驚くべきことに、申請の対象を「天皇陵」だとは思っていない。
従って、「天皇陵」という性格をできるだけ捨象し捨て去ろうとしている。
これは、左翼的自治体職員による、歴史破壊、歴史的風土破壊という文化破壊であり暴挙そのものである。
堺に来られたら、堺市発行のパンフレットを手に取られたし。
そこには、「仁徳天皇陵」とは書かれていない。
天皇を捨象して外し、単に「仁徳陵古墳」と書かれている。
従って、このパンフレットによるプロパガンダが続くと、仁徳天皇陵は単なる「巨大古墳」になる。文化の破壊とはこういうことだ。
つまり、天皇制否定の自治体に巣くう反日組織によって、「天皇陵」が単なる「遺産」にされ、世界の考古学者の「発掘調査」に委ねられようとしている。
そうなれば、現実には、歴史を自国に有利なプロパガンダとファンタジーだとみなす、反日侮日の使命をおびた支那や朝鮮の「学者」が日本の反日学者と反日政治家と共同して、仁徳天皇陵を掘り起こして調査という「破壊」を行うことは目に見えている。(三年前の民主党幹事長による韓国の大学での講演内容を思い出されよ)
そもそも「天皇陵」は、全国民の問題であり、左翼傾向の強い一地方の自治体職員組織によって、「天皇」が捨象されて単なる「巨大古墳」にされ、果ては単なる観光資源としての「遺産」にされることが許される問題ではない。
このような状況の中で、堺市議会の同志の議員諸君が、市当局に執拗に是正を迫り、やっと中央環状線沿いにあった仁徳天皇陵のフェンスに掲げられた掲示が、「仁徳陵古墳」から「仁徳天皇陵古墳」に改められた。
また、昨年から初めて仁徳天皇陵の正面に国旗「日の丸」が掲げられるようになった。これは、仁徳天皇陵の近くで育った池尻秀樹市議の尽力による。
さて、冒頭に戻って、郷里の歴史的風土を護ることは、即ち国土防衛であるとするならば、我々は、尖閣に対する支那の侵略を断じて許さない決意を固めるとともに、同時に戦後の経済優先主義と堺市行政に見られるような左翼思想に基づく皇室無視の中で破壊された歴史的風土の復元にも取り組まねばならない。
そして、この領域は、国防と同様であるから、今はやりの「地方分権」ではなく、明確な国家的な理念の統一のもとに現在に生きて継承されるべき「歴史的風土保存復元特別措置法」の制定により「文化防衛」として実施されなければならない領域である。
以上、本日早朝の、仁徳天皇陵参拝の後に書き始めた。
西村真悟事務所
