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【日米開戦は30年前から決まっていた!?】

 大東亜戦争敗戦後、日本人はそのショックからなかなか立ち直れず、なぜ負けてしまったのか、という自問自答を繰り返して来ました。日清戦争以来、連戦連勝だったので初めての敗戦がよほどショックだったのだと思います。しかし、敗戦直後の日本人の書いたもの などを読むと、日本が間違っていたから負けたのだと考えていた人はいなかったようです。正義の戦いであったことは確かだけれどもアメリカとの国力の差で負けただけだ、と捉えていたようです。それがGHQ(連合国軍総司令部)の洗脳によって日本は道徳的に劣っていたから負けた、間違っていたから負けたのだ、と考えるようになり、では何が間違っていたのか、という発想になり、犯人捜しを始めるようになりました。陸軍が悪かったんだ、いや海軍が悪かったんだ、 いや関東軍が悪かったんだ、いや東條英機が悪かった、という議論を延々と60年以上も繰り返しているのです。

 しかし戦争というものは常に相手がいます。こちらが戦争を回避しようとしても相手が何が何でもやろうとすれば戦わざるを得ません。相手の国はその時、どういう状態にあったか、世界情勢はどうだったのかという視点が必要です。そういう意味でとても新鮮な視点を提供してくれる本があります。去年、出版された『日米衝突の根源 1858-1908』(草思社・3500円)です。著者は渡辺惣樹(そうき)さんです。

  


 タイトルの副題についている1858-1908という年号は何を表しているのでしょうか? 1858年は日米修好通商条約締結の年です。ペリー提督が黒船で浦賀に到着したのが1852年で、アメリカの圧力によって開国した日本との間に結ばれたのが日米修好通商条約ですから日本とアメリカが本格的に付きあい始めたのが1858年と考えていいでしょう。1908年はアメリカの大西洋艦隊が世界一周の親善航海に出発した年です。世界各国の港を訪問して友好を深める航海、と称していましたが、実はこの航海には他に目的がありました。横浜の軍港としての設備や日本海軍の能力の偵察です。



 日本の教科書に初めてアメリカという国が登場するのは「ペリー来航」でしょう。しかしその後、アメリカは日本史の中から しばらく姿を消します。次に登場するのは1905年、日露戦争の和議の仲介をしたのがアメリカの大統領のセオドア・ルーズベルトという人だ、ということでしょうか?教科書からアメリカが姿を消していたこの期間にアメリカの中で何が起きていたのか、ということを米側資料に丹念にあたりながら解明したのが この本です。大東亜戦争が起きた原因は実はこの期間のアメリカ側の事情にこそあったのではないか、というのが著者の問題意識です。かなり分厚い本なのですがすばらしい日本語で書かれていて、読みやすいので思ったほど時間がかかりませんでした。本格的な歴史書ですがあっと驚くエピソードも いっぱい入っていて飽きません。お勧めの一冊です

 著者の渡辺さんがこの本を書くきっかけになったエピソードがあとがきに書いてあるのですが、これがまた衝撃的でした。2009年、渡辺さんは取材旅行の途中、たまたま車を走らせていた時に奇妙なものを見つけたそうです。車から降りて近づいてみる と大砲が連なる要塞だったそうです。案内板には「コロンビア要塞」と書かれていて、造られたのは1904年。砲台は砲身をまっすぐ太平洋に向けていたそうです。この大砲が何のために造られたのか、ということを渡辺さんは考えます。1904年は日露戦争勃発の年です。日本とアメリカとの関係は良好です。日露戦争を終結させるのに一役買ったセオドア・ルーズベ ルト大統領は日本の恩人だと学校教育では教えられています。しかし大砲は明らかに太平洋に向けられていて、太平洋の向こうにある強い国は日本しかいません。なぜこの要塞が造られたのか・・・?というところから渡辺さんの問題意識は始まっています。

 大東亜戦争を考える時に、私たちはつい負けたという結果から考えてしまいがちです。負けたのだから日本軍は弱かったのだ、というふうに考えてしまうのですが、20世紀初頭の太平洋を取りまく国々の中で実は日本の軍事力はずば抜けていました。移民社会のアメリカと違い、天皇を中心として一丸となる日本人の団結力はアメリカ人にとって脅威だったでしょう。アメリカがハワイ、フィリピンを併合した後、日本との衝突が必ずあることをかなり早い時期に覚悟して、準備していたと考えるのはまったく的外れではないと思います。

戦争が終わってもうすぐ70年になります。そろそろ私たちも歴史の真実を見つめ直せるようにならないといけないと思います。

花時計:岡真樹子