■克明だが信用できない島田氏の証言 

はま子さんのその言葉を聞いた島田氏は、次のように感じたらしい。

―――お父さんを含むパイワン族の人々が見世物にされたこと、そしてそれをご家族に話さないでいたことなど、さまざまを思って発した言葉と感じられた。話している時の表情が厳粛で、「その重さ」との言葉もあり、「重く受け止めているのだな」と感じた。

―――「懐かしい」という意味とは考えられない。一番上のお兄さんの戦死を「悲しい」、と言っていたし、その遺骨が家へ戻らなかったことも「悲しい」と言っていたから。

―――番組ではま子さんが「悲しい」と言うとき、笑みを浮かべているようにも見えるが、無力感のときにそのような表情になるのはおかしいことではない。

島田氏は、はま子さんが言う「この出来事」とは、「お父さんが見世物にされたこと」「それが話されずに今に至っていること」を指すと主張する。

このように克明に話をした島田氏だが、わたしはどうしてもそれを信用できないのだ。

それと言うのも昨年五月、私は弁護団に同行して台湾へ渡り、はま子さんを訪ねた際、「悲しい」は「懐かしい」という意味で発したことを、本人から直接聞かされている。

「お父さんの死後、初めてその顔を見ることができたので、とても嬉しかった」と、その時の話を笑顔でしてくれたのも、はっきりと覚えている。

また、はま子さんが「見世物」という言葉の意味を理解できないのも確認しているのである。

■一番大事な場面をなぜ撮影しなかった 

ここでどうしても拭えない疑問は、はま子さんに「見世物」の話をする時に、なぜカメラを回さなかったのか、あるいはカメラを回しながら話をしなかったのかだ。

これについて島田氏はこう説明する。

―――(私たちは取材の際)全部は撮らない。ディレクター、カメラマンは「必要であろう」と考えた時、適宜に撮影する。段取りを説明する場面(写真を見せながら、「見世物」の話を説明した場面)では必要性を感じなかった。写真で説明する場面も必要性を感じなかった。

原告側弁護士から「カメラを回したり、止めたりするのはよくあることか。『もう一度回すから話して』とお願いするのもよくあることでは。そうしなかったのは重要とは思わなかったからか」と追及された。

最も重要であるはずの場面を「必要性を感じなかった」と強調する島田氏の話を、誰も信用することはできないのだ。

「見世物の説明を、はま子さんは冷静にうんうんと頷いて聞いていた。ご理解いただいていた」とも繰り返し証言した島田氏。弁護士から「本当に説明したのか。(はま子さんはそのような衝撃的な話を)冷静に理解できたのか」と質されても、「(取材前に)コーディネーターが説明していたこともあり、そう思った」と答えた。

番組の中で映ったのは、次郎氏とはま子さんの二人のみで、陳清福氏の「悲しい」と通訳する声は出ても姿は映らず、視聴者には次郎さんがはま子さんの通訳を行ったように感じさせた(悲しみに暮れる兄妹の姿をクローズアップさせる印象操作か)。そこで弁護士は「故意に許進貴さんの発言にしようとしたのか」と質問したのだが、答えはもちろん「違う」。

何を聞いても不自然な回答しか見せない島田氏に対し、我々の疑問は尽きることはなかった。

島田氏はパイワン族が「見世物」されたという話を、はま子さんにしていないのではないか。そこでその証拠となる録画、録音を隠匿するため、「撮影しなかった」と言い張っているのではないのか。

閉廷後、原告団の水島総・チャンネル桜社長は映像のプロの観点から次のように述べた。

「一番大事な場面でカメラを回さないというなら、島田氏は嘘を言っているか、本当に無能なディレクターであるかのどちらかだ」と。

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●NHK訴訟「島田尋問」報告(上)―判明!「台湾総督府文書26000冊を読み込んだ」は嘘だった
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1851.html 

●NHK訴訟「島田尋問」報告(中)―歴史捏造の責任追及に反論できないディレクター
http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-1852.html

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