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日本の心を伝える会
メールマガジンNo.503
 2012/5/24
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■□【1】尖閣を守れ
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昨年の支那漁船の衝突事件、そして今年にはいってからの石原知事の発言と、ようやくここにきて尖閣問題がクローズされてきました。とても良い傾向です。

先日たまたまテレビのニュースを見ていましたら、尖閣領域には、1バレル80ドル換算で、80兆円に相当する原油が埋まっていると報道していました。これは山田吉彦・東海大教授の「石油は1968年に1000億バレルの埋蔵が確認され、うち100億 バレル(約80兆円)が使用可能」という言葉を受けてのものなのですが、どうしてテレビ局があえて「80兆円」を強調しているのかは私にはよくわからない。

一年前、支那漁船衝突事件は、世間を騒がす大きな事件だったけれど、当時、このブログをはじめ多くのブロガー等が、尖閣に眠る海底資源を話題にしました。けれど、当時、そのことを指摘したメディアは、すくなくとも私が知る限り、やまと新聞社くらいなもので、大手メディアは、一切そのことに触れようとしなかった。むしろ、そんな資源など、ありはしないという声さえもありました。

けれどここにきて、メディアが海底資源問題に触れるようになりました。やっぱり、事実、資源はあったわけです。当然です。支那はすでに盗掘をはじめているのです。

けれど、せっかく報道をはじめながら、「えっ?80兆円?」なのです。山田教授は、実際に試掘しているわけではないので、学者らしい慎重な言い回しでそのように述べているのです。原油そのものは、1000億バレルの埋蔵量です。つまり埋蔵原油は、800兆円分あるわけで、それをあえて80兆円と強調するのには、なにやらメディアの意図的な情報操作のようなものを感じてしまうのです。

もちろん80兆円もたいへんな額であることには違いありません。けれど日本の国家予算規模からしたら、視聴者の受けるイメージは必ずしも衝撃的なものとはなりません。むしろ後に続く「(尖閣海域は)クロマグロの産卵海域で、中国漁船の乱獲が懸念されている」という事の方が、インパクトのある情報として訴求されます。

「知っていて、意図的に隠してる」そうとしか見えない、メディアの姿勢です。

そもそも尖閣領域の海底資源調査は、国連のアジア極東経済委員会(ECAFE)によって昭和43(1968)年10月12日~同年11月29日まで行われ、調査結果が翌昭和44年5月に公刊されています。そこには、次の文章があります。

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台湾と日本との間に横たわる浅海底は、将来、世界的な産油地域となるであろうと期待される
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この調査結果を受けて日本が調査を行ったのが昭和44(1969)年~昭和45年のことで、このときの試算では、尖閣海域に眠る原油の埋蔵量を、1095億バレルと算出しています。

さらにその10年後には、この海域での埋蔵資源調査を支那政府が行っています。このとき支那は、原油埋蔵量を700億~1600億バレルと推計しています。

この埋蔵量は、実に膨大なものです。世界第二位の産油国といえばイラクですが、イラク全土の推定埋蔵量は1125億バレルで、尖閣領海内には、世界第二位のイラクの油田に匹敵する(もしくはそれ以上の)莫大な量の原油が眠っていることになります。

埋蔵量1000億バレルなら、金額に換算すれば800兆円です。これが原油だけの価格です。原油は精製されて、ガソリンやオイル、化学製品などに転換されますから、その資源が及ぼす経済効果は、千兆円の十倍、1京円に相当するともいわれています。尖閣領域には、それだけ莫大な利権が眠っているのです。

もし、この埋蔵原油を全部日本政府が領有した場合、日本政府はまたたく間に国債を全額償還し、国政が完全無借金経営となるだけでなく、福祉、介護、医療、保険、児童保育、学校教育などの全ての公的サービスを、完全無料化して、なお、予算に余りが出ます。尖閣海域は、それだけインパクトのある資源海域なのです。

ただし、これだけの埋蔵量があるということは、良いことばかりではありません。イラクの油田同等の大油田のフタが開くということは、世界的には原油価格の暴落を招く危険があるからです。こうなると困るのは、既存の産油国である中東諸国です。彼らは怒る。商売ガタキとなるからです。

ですから不用意に日本が石油の採掘をはじめるならば、中東諸国は自衛のため(原油の暴落を防ぐため)に、日本に対する石油輸出を一切停止するくらいのことは言い出しかねません。そうなると困るのは日本です。石油があるから石油に困るという、おかしな状態を迎えてしまうのです。

つまり、あまりにも莫大な原油は、長期的には日本にとって大きなメリットがあっても、短期的にはマイナス危険もあるわけです。ですから、開発には慎重にならざるを得ません。

さらに問題があります。尖閣海域が、日本と台湾、支那が国境を接している、という点です。海域の領有面積は、日本が圧倒的で、支那、台湾は、わずかな領海しか保有していません。埋蔵資源も、ほぼ9割以上が日本の領海内にあります。けれど、地下資源を、三国が汲み出せるという状況にあるのは事実です。つまり、日台支三国の足並みがきちんと揃わなければ、尖閣は国際紛争の火種になってしまうのです。

で、こうした国際的大問題を前にした日本政府が、これまで何をやってきたかというと、「臭いものにフタをしてきた」わけです。どういうことかというと、この海域に関する資源は、とりあえず「なかったこと」にしたのです。戦後の日本という国の軟弱外交のひとつの象徴です。

国土地理院の発行する日本資源地図という、日本国土内で産出する様々な資源を詳細に記した地図があるのですが、日本全国津々浦々、きわめて詳細な書き込みがなされているこの地図にも、なぜか尖閣領海付近に関しては、まるっきり空白になっています。まるで、そこだけマスクをしてコピーでもしたみたいですが、要するに政府方針が「棚上げ」で「なかったこと」にしてきた、これもひとつの象徴です。

この海域の原油が、国連のアジア極東経済委員会によって公開された昭和44年頃といえば、ちょうど支那は文化大革命のまっただ中でした。支那の中央政府の意向を受けて、14~5歳の子供達が、ありとあらゆる支那の伝統や文化に対して破壊の限りを尽くしていた時代です。とてもじゃないが、当時の支那には、原油まで考えるだけの余裕などありません。

この文革を指導した毛沢東の頭には、当時、資源といえばむしろ「鉄鋼」しかなく、ために文革の紅衛兵たちは、鍋釜針金に至るまで、およそ鉄でできているありとあらゆるものを学校の校庭などにかき集め、机や椅子などの木材を燃やして鉄を溶かして、鉄塊を集めていました。もっともこうして集められた鉄は、さまざまな不純物の混じったただのくず鉄にしかならず、結果、単に破壊の後の廃材だけが残った。バカなことをしたものです。

こうした文化大革命の混乱が収束すると支那は、さっそく尖閣領域をめぐって策動を始めます。最初の動きは、昭和54(1979)年でした。トウ小平が来日し、「尖閣諸島の問題は次の世代、また次の世代に持ち越して解決すればよい」と声明を出したのです。これを聞いた日本のメディアや政府は、さすがトウ小平は物分かりがいい、と発言を大歓迎しました。これによって、当面の棚上げが実現できるからです。

ところがそのトウ小平は、自身が権力を握った平成4(1992)年2月、全国人民代表大会の常務委員会(7期24回)において、「中華人民共和国領海及び隣接区法(領海法)」を制定しました。国内法によって、一方的に尖閣領域を支那の領土と決定してしまったのです。

同法第2条です。
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