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The Globe Now: 戦国時代を戦うプーチン~ 北野幸伯著『プーチン最後の聖戦』を読む

 プーチンはアメリカの覇権に命がけの挑戦状を叩きつけている。

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■1.「戦国時代に生きるロシア人」

「平和に慣れた日本人と、戦国時代に生きるロシア人では、あまりに思考法、発想法が違う」[1,p16]とは、ロシア在住の国際関係アナリスト北野幸伯(よしのり)氏の新著『プーチン 最後の聖戦』での一節である。

 この本では、いかにプーチンがロシアの最高権力者にのし上がり、アメリカの世界覇権に挑んでいるかが活写されている。それを読んでいくと、我が国の戦国時代に、武将たちがまさに命懸けで領国内の実権を奪い、天下を狙っていった様を思わせる。

 外交の世界では「平和的」「民主的」などの美辞で飾られているので、「平和に慣れた日本人」は国際社会でも同様かと思ってしまうが、プーチンの命懸けの戦いを辿ってみると、国際社会がいまだに戦国時代であることが、よく理解できる。

 そして、再び大統領としてカムバックしたプーチンがアメリカの覇権を打倒したら、我が国もまた戦国時代に投げ出されてしまうのである。


■2.ロシア戦国時代の風雲児

 ロシアでの命懸けの戦国時代を象徴するのが、ユコス事件だ。2003年10月、ロシアの石油王ホドルコフスキー(当時40歳)が、脱税などで逮捕された事件である。

 当時の彼の資産が150億ドルというから1兆円以上、ロシアで最大、世界でも16位の資産家だった。そもそも1991年のソ連崩壊から10年余りで、全員平等の(はずの)共産主義社会から、これほどの大富豪が生まれ、しかも逮捕されて没落する、というダイナミックさは、安定した日本社会では想像することすらできない。

 まずはどうして、こんな大富豪が生まれたのか見てみよう。1991年12月、新生ロシアは膨大な財政赤字を抱えており、初代大統領エリツィンはIMF(国際通貨基金)から、約226億ドルを借りた。

 IMFの貸し出しの条件の一つに「大規模な民営化を実施すべし」があった。ところが、共産主義社会では民営化しようにも、誰も国有財産を買う金を持っていない。

 そこで、ロシア政府は全国民に一定額のバウチャー(民営化証券)を配り、これで国民は民営化された国営企業の株式と交換できるようにした。ここまでは平等で良いのだが、一般国民は「バウチャー」とか「株式」と言われても、何のことか分からない。

 しかし、一部のめざとい人々は、その価値を知っていて、たとえばトラックにウォッカを大量に積んで、バウチャーと交換して歩く。人々は訳の分からない紙切れを出せばウォッカ1本貰えると知って、喜んで交換に応じた。

 こうして7つの新興財閥が誕生し、ロシアの富の50%を支配していると言われるまでになった。そのほとんどがユダヤ系である。

 ホドルコフスキーはメナテップ銀行を手に入れ、さらに国家に金を貸して、国が返せなくなると、担保にしていた石油会社ユコスを300億円で取得した。そして、このユコスの時価総額を3兆円まで増やした。

 アメリカはIMFの民営化条件によって、こうした新興財閥を勃興させ、間接的なロシア支配を企んだのだろう。そのシナリオに乗って、躍り出たのが戦国の風雲児ホドルコスフキーであった。


■3.飼い犬に手を咬まれた新興財閥

 ここでもう1人、風雲児が登場する。プーチンである。

 石油大手シブネフチや公共テレビORTを支配するユダヤ系新興財閥ボリス・ベレゾフスキーに取り入って、プーチンは首相に任命される。その取り入る過程で、いかにも戦国風のドラマチックなエピソードが紹介されているが、それは本書を読んでのお楽しみとしておこう。

 ベレゾフスキーは、操り人形としてプーチンを引き立て、エリツィンの後の大統領にまでしたのだが、プーチンは実権を手にした途端、新興財閥を次々と脱税容疑などで陥れていく。新興財閥側からみると、飼い犬に手を咬まれた形になる。

 ベレゾフスキーはプーチンの大統領選勝利の際はテレビORTを使って後押ししたのだが、今度はプーチンを攻撃し始める。2000年8月にフィンランドの北方バレンツ海で「ロシア原子力潜水艦クルスク」の沈没事故が起きると、「クルスク乗組員家族が苦しむ映像」と、黒海沿岸のソチで「休暇を満喫するプーチンの映像」を交互に流して、攻撃した。

 これに激怒したプーチンは、ベレゾフスキーとの最後の会談をする。これまた戦国風の劇的な対立で終わり、結局、ベレゾフスキーはロシアを脱出して、ロンドンに逃げた。ロシア政府は、再三彼の引渡しをイギリスに要求しているが、英政府は拒否している。

 新興財閥の親玉ベレゾフスキーまで失脚させられて、残る新興財閥は、プーチンに白旗をあげた。「ここ10年間の一番大きな過ちは、大企業が国の支配権を独占しようとしたことだと思われる」という声明を発表して、今後は本業に励み、政治には口出ししないと誓う。


■4.ホドルコフスキーの打倒プーチン

 しかし、新興財閥の一つ、ホドルコフスキーは、米英の支配者層と結託することで、プーチン政権を打倒し、自ら大統領になろうと考えた。

 同じユダヤ系の大富豪ロスチャイルド家の知遇を得て、その協力のもと「オープン・ロシア財団」を設立して、ロンドンや米国に事務所を設立した。「オープン・ロシア」とは、「プーチンを追放し、ロシアを開こう」という意味だ。

 さらにホドルコフスキーはブッシュ政権内の人脈作りに乗りだし、米国がイラク戦争を始めた直後、03年3月20日には「戦争はロシア経済にプラス」と述べて、明確に支持した。自国経済にプラスなら、他国での戦争も支持する、というあからさまな言い分は、いかにも戦国風で、平和ぼけした日本では絶対に口に出せないセリフである。

 一方のプーチンは2002年7月まで、「アメリカに接近することで、フセイン後の石油利権を確保しよう」と考えて、対米接近を図っていた。ソ連崩壊後、国力の落ちたロシアに覇権国家アメリカを止めることはできない。それならば、アメリカに寄り添って、「分け前」にあずかろうという魂胆であった。

 しかし、アメリカが「イラクの石油利権をロシアと分かつつもりはない」と明確な意思を表明してからは、プーチンは方向転換していく。

 プーチンは、同じ安保常任理事国のフランス、中国とともに、アメリカのイラク戦争を阻止し、その見返りにイラクの石油利権を確保することを目指した。それにロシア国内から異を唱えたのが、ホドルコフスキーだった。プーチンの怒りは想像に難くない。

 こうしてイラク問題を機に、反米にシフトしたプーチンと、米英の後ろ盾を求めたホドルコフスキーとの対立が先鋭化し始めた。[a]


■5.「プーチンはマジで世界の支配者たちと戦うつもりだ」

 さらにプーチン政権を驚愕させる行動を、ホドルコフスキーはとった。ユーコスと、米石油大手のシェブロンテキサコ、エクソンモービルとの資本提携を図ったのである。

 米メジャーがロシア最大級の石油会社に、法的拒否権を持つ形で入ってくると、事実上、米国務省、国防総省がユーコスの後ろ盾につくことを意味する。

 プーチンとホドルコフスキーの対立は、あくまでロシアを覇権下に置いておこうとするアメリカと、そこから抜け出そうとするロシアとのつばぜり合いであった。

 2003年10月25日、プーチン政権はホドルコフスキーを脱税などの容疑で逮捕した。北野さんは、これで「プーチンはマジで世界の支配者たちと戦うつもりだ」と悟ったという。[1,p138]

 これを機に、アメリカとロシアは「新冷戦」時代に突入する。新興財閥を屈服させ、ロシア国内の独裁を確立したプーチンは、アメリカの覇権に挑戦状を叩きつけたのである。


■6.反米の砦

 アメリカの逆襲も凄まじい。ソ連から独立したロシア周辺の諸国に次々と民主革命を仕掛け、親米政権を誕生させていく。