一九四七年二月二十八日のいわゆる2・28事件は、台北の街角でものを売っていた女性を国民党の警官がピストルで殴ったことを発端として、台湾人(本省人)の進駐してきた国民党に対する抗議行動として始まった。
この抗議行動に対して、国民党は単に抗議行動を封殺するに留まらず、戒厳を布告して大陸から援軍を送り込み、日本時代の知識層を徹底的に弾圧し抹殺し始めた。
その戒厳が三十八年間に及んだのだ。
この間、台湾人は既に書いたように、国民党軍に裁判もなく理由無く殺されても何の文句も言えない状態におかれた。
現在、台湾では、2・28事件とそれに続く「白色テロ」で、二万八千人が殺され犠牲になったといわれている。しかし、総数は、もっと多いのではないかというのが私の実感である。
この三十八年間の戒厳令と白色テロの中を、ひっそりと生きてきた台湾の山の人々は、百歳になって、はるばる訪ねてきた門脇朝秀さんを見て抱きつき泣いたのだった。
その中の一人、岡田耕治(陳祐儀)さんは、門脇さんと手を取り合って泣いてから、直立して「海ゆかば」を歌い、以後一切話さなかった。
その岡田耕治さんから届いた手紙を次にご紹介したい。
「こちらは豪北モロタイ派遣軍第二遊撃隊川島部隊陸軍伍長岡田耕治です。
四月二十日、みなさん訪台の節、門脇先生を囲んで、実は耳が遠いので、みなさん貴重な物語もききとれない無口のままに失礼しました。
ただみなさん 台湾岡田耕治への思い暖かい心に触れて、お見舞い、おつき合ひに対し、感謝と感激のお礼申し上げます。
では、この辺で みなさん ごきげんよろしく。
今でも自分は、日本人として、戦った事を 誇りと思っています。」
なお最後に、岡田さんのように日本軍兵士として戦った全ての台湾の人々はもちろん、戦後の2・28事件と長期の「白色テロ」の中で苦しめられ、また殺された多くの台湾の人々は、全て「日本人」であったということを我々は決して忘れてはならない。
台湾では、日本人と日本政府が知らないうちに、多くの日本人が殺されていたのだ。
昭和天皇は、このことを知っておられたと思う。
今からでも遅くはない。日本政府は、台湾におけるこの多くの同胞の死に深く弔意を表し、慰霊碑を建立して民族の記憶として末永く残すべきである。
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◎奥山篤信 アメリカ映画<ヘルプ ~心がつなぐストーリー~ The Help >2011☆5
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アメリカで大ヒットとなったこの作品は2011年10月23日時点で北アメリカで1億6569万2836ドル、その他の国々で960万ドル、世界全体で1億7529万2836ドルの興行収入を得た。本年のアカデミー賞でも作品賞・主演女優賞・助演女優賞2人合計4っのオスカーにノミネートされた。オクタヴィア・スペンサーが助演賞を受賞した。
映画は2時間15分と長く苦行を覚悟で観に行ったが分針は以外に早く回り、集中力を欠くことなく見れたのは筋回しの良さか!
時代はあのケネディ暗殺の1960年代である。黒人差別撤廃の公民権運動で最も遅れた南部ミシシピー州の田舎町を舞台に人種差別問題を浮き彫りにさせた実在の女性たちについて記したベストセラー小説を映画化したものである。当時黒人は交通手段は別、公衆トイレも別、家では黒人メイド用のトイレが屋外に設置されているような、目に見える形での差別が南部にはあった。そのくせ上流白人家庭では、育児に専念せず子供を黒人メイドに任せっ切りにして、やれチャリティ、やれ夫人ブリッジ会、などに現をぬかしていた。しかも自分の本国での徹底的黒人差別を棚において、アフリカでの黒人たちの抑圧に怒り慈善寄付をするこの偽善の極致、まさに古今通じたアメリカの実態である。黒人メイドのトイレは別の癖に自分の子供たちの世話をするのは平気、家族の食事をつくらせるのも平気、ただ単にトイレの共有を嫌う、この感性の不思議さには驚く次第だ。子供たちは黒人メイドを実母のように慕うのである。しかしこの黒人に育てられた子供たちが次世代を担うときには同じ黒人搾取が繰り返されるのだから、摩訶不思議な人間模様である。
その中で幼児以来黒人メイドに育てられ、思春期の悩みにそのメイドに励まされ育った文筆家・ジャーナリスト志望の若い白人女性スキーター(エマ・ストーン)が社会正義に向かって立ち上がる勇気を描いていく。それは黒人メイドの実情を彼女らからのインタビューとして出版することであった。初めは危害を加られるのを恐れていたメイド達も一斉に彼女に協力することになった。差別主義者の滑稽ぶりの笑い話を含めながら、人種を超えた心の絆の構築を見事に描いている。<ダウト ~あるカトリック学校で~>のヴィオラ・デイヴィスの暗い過去の怨念を持つ黒人メイドの演技、<ツリー・オブ・ライフ>のジェシカ・チャ//
この抗議行動に対して、国民党は単に抗議行動を封殺するに留まらず、戒厳を布告して大陸から援軍を送り込み、日本時代の知識層を徹底的に弾圧し抹殺し始めた。
その戒厳が三十八年間に及んだのだ。
この間、台湾人は既に書いたように、国民党軍に裁判もなく理由無く殺されても何の文句も言えない状態におかれた。
現在、台湾では、2・28事件とそれに続く「白色テロ」で、二万八千人が殺され犠牲になったといわれている。しかし、総数は、もっと多いのではないかというのが私の実感である。
この三十八年間の戒厳令と白色テロの中を、ひっそりと生きてきた台湾の山の人々は、百歳になって、はるばる訪ねてきた門脇朝秀さんを見て抱きつき泣いたのだった。
その中の一人、岡田耕治(陳祐儀)さんは、門脇さんと手を取り合って泣いてから、直立して「海ゆかば」を歌い、以後一切話さなかった。
その岡田耕治さんから届いた手紙を次にご紹介したい。
「こちらは豪北モロタイ派遣軍第二遊撃隊川島部隊陸軍伍長岡田耕治です。
四月二十日、みなさん訪台の節、門脇先生を囲んで、実は耳が遠いので、みなさん貴重な物語もききとれない無口のままに失礼しました。
ただみなさん 台湾岡田耕治への思い暖かい心に触れて、お見舞い、おつき合ひに対し、感謝と感激のお礼申し上げます。
では、この辺で みなさん ごきげんよろしく。
今でも自分は、日本人として、戦った事を 誇りと思っています。」
なお最後に、岡田さんのように日本軍兵士として戦った全ての台湾の人々はもちろん、戦後の2・28事件と長期の「白色テロ」の中で苦しめられ、また殺された多くの台湾の人々は、全て「日本人」であったということを我々は決して忘れてはならない。
台湾では、日本人と日本政府が知らないうちに、多くの日本人が殺されていたのだ。
昭和天皇は、このことを知っておられたと思う。
今からでも遅くはない。日本政府は、台湾におけるこの多くの同胞の死に深く弔意を表し、慰霊碑を建立して民族の記憶として末永く残すべきである。
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◎奥山篤信 アメリカ映画<ヘルプ ~心がつなぐストーリー~ The Help >2011☆5
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アメリカで大ヒットとなったこの作品は2011年10月23日時点で北アメリカで1億6569万2836ドル、その他の国々で960万ドル、世界全体で1億7529万2836ドルの興行収入を得た。本年のアカデミー賞でも作品賞・主演女優賞・助演女優賞2人合計4っのオスカーにノミネートされた。オクタヴィア・スペンサーが助演賞を受賞した。
映画は2時間15分と長く苦行を覚悟で観に行ったが分針は以外に早く回り、集中力を欠くことなく見れたのは筋回しの良さか!
時代はあのケネディ暗殺の1960年代である。黒人差別撤廃の公民権運動で最も遅れた南部ミシシピー州の田舎町を舞台に人種差別問題を浮き彫りにさせた実在の女性たちについて記したベストセラー小説を映画化したものである。当時黒人は交通手段は別、公衆トイレも別、家では黒人メイド用のトイレが屋外に設置されているような、目に見える形での差別が南部にはあった。そのくせ上流白人家庭では、育児に専念せず子供を黒人メイドに任せっ切りにして、やれチャリティ、やれ夫人ブリッジ会、などに現をぬかしていた。しかも自分の本国での徹底的黒人差別を棚において、アフリカでの黒人たちの抑圧に怒り慈善寄付をするこの偽善の極致、まさに古今通じたアメリカの実態である。黒人メイドのトイレは別の癖に自分の子供たちの世話をするのは平気、家族の食事をつくらせるのも平気、ただ単にトイレの共有を嫌う、この感性の不思議さには驚く次第だ。子供たちは黒人メイドを実母のように慕うのである。しかしこの黒人に育てられた子供たちが次世代を担うときには同じ黒人搾取が繰り返されるのだから、摩訶不思議な人間模様である。
その中で幼児以来黒人メイドに育てられ、思春期の悩みにそのメイドに励まされ育った文筆家・ジャーナリスト志望の若い白人女性スキーター(エマ・ストーン)が社会正義に向かって立ち上がる勇気を描いていく。それは黒人メイドの実情を彼女らからのインタビューとして出版することであった。初めは危害を加られるのを恐れていたメイド達も一斉に彼女に協力することになった。差別主義者の滑稽ぶりの笑い話を含めながら、人種を超えた心の絆の構築を見事に描いている。<ダウト ~あるカトリック学校で~>のヴィオラ・デイヴィスの暗い過去の怨念を持つ黒人メイドの演技、<ツリー・オブ・ライフ>のジェシカ・チャ//