黄昭堂先生のご労苦に報いる道

                 小池 百合子(衆議院議員)

 台湾独立運動の理論的、実践的指導者であった黄昭堂氏が2011年11月17日、台北市内の病院で死去された。79歳であった。衷心より哀悼の意を表したい。

 昨年12月、黄昭堂先生ゆかりの皆さん多数が出席された「日本李登輝友の会」の会合に講師としてお招きを受けた際、悲しみを共有できたことは幸いであった。もちろん、東日本大震災の被災者に台湾から寄せられた200億円もの義捐金についても、お礼を申し上げることもできた。

 その際にもお話ししたのだが、台湾は私にとって思い出の地である。生まれて初めての海外旅行先ということもある。父が所属していた大阪青年会議所の児童交流の一環として、姉妹関係を結んでいた台北青年会議所のメンバー宅に一週間、滞在した。中学一年生であった私にとって忘れ得ぬ経験となった。

 烏来での水遊びや陽明山での食事など、様々な活動もさることながら、最も強烈に残った記憶といえば、滞在先の家族とともに出かけた映画館でのことだ。映画鑑賞の前に、観客全員が起立し、国歌を斉唱したことである。それは戦後教育の下で育った私にとって、強烈な思い出となった。

 その後、アラブの中心地であるエジプトに留学するのだが、エジプトにおける愛国心教育の現場も、日本人留学生にとっては刺激的であった。大学教育の中でもカウミーヤ(ナショナリズム)という授業があり、エジプト人学生にとっては必修科目となっていた。興味を抱き、授業に出席してみたが、後に大統領となるナセル氏らの青年将校による1952年の革命前後の歴史を学ぶ授業であった。

 自らの国家を誇らしげに語るエジプト人学生たちを見ていて、羨ましく思ったものだ。日本での歴史の授業といえば、いかに日本が間違った政策を履行したかを学び、自虐的な史観にどっぷり浸かるようになるからだ。日教組やマスコミの影響が大きいことは言うまでもない。

 祖国を追われたパレスチナ人の同級生が直面する様々は苦労や、その後、ジャーナリストとして1ミリ、1センチの領土を確保するための血と命をかけた闘いなど、平和ボケの日本では考えられない壮絶な世界があることを身をもって知った。

 大正生まれの父は、常に世界の中の国家、日本を考え、幼い子どもたち(兄と私)にも世界観を語ってくれた。台湾については大阪の経済人とともに独立を支持したことから、「ペルソナ・ノン。グラータ」として、入国を拒否されたことを「名誉だ」と強がっていたものだ。わが父が黄昭堂氏と接点を持っていたならば、きっとより強烈な運動を展開していたことだろう。

 李登輝先生からは何度も直接に学ぶ機会を得ることができたが、生前の黄昭堂先生にお目にかかることはなかった。台湾の尊厳を確保するために血のにじむような努力をされた同胞の方々から、たびたび黄昭堂先生への尊敬の念を伺ってはいた。

 ところで、今年(平成24年)はサンフランシスコ講和条約の発効からちょうど60周年にあたる。日本にとっては戦後のGHQによる占領が終結し、主権を回復した記念すべき年ということになる。

 戦後、主権や領土への関心が著しく低下し、そのことで中共や韓国、そしてロシア(ソ連)から主権を脅かす行為を受けていても、国民的な反対運動も盛り上がらないわが国の現状を憂い、その対策としてサンフランシスコ講和条約が締結された4月28日を休日とする議員立法を準備した。

 自民党の有志議員によるもので、私はその議員連盟の会長代理を務めることとした。会長は野田毅先生である。

 日本の歴史を振り返ると同時に、竹島など、わが国にとっての領土問題、そして台湾の位置づけを学ぶことで、台湾と日本の関係を強化できればとの思いを込めた。

 サンフランシスコ講和条約こそ、台湾の日本からの離脱を決定した根拠だ。戦争の終了、主権の承認を定めた第1条に続く第2条に領土権の放棄がある。つまり第2項で「日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する」と規定しつつも、いかなる国家に割譲するとの規定はない。

 一方で、サンフランシスコ条約発効の同日に、日本と中華民国政府は日華平和条約を締結。サンフランシスコ講和条約の締結の寸前、わずか7時間半前のことである。その間、台湾割譲を行う判断をすることはなかった。

 黄昭堂先生の理論武装は、歴史をひも解き、手繰り寄せ、台湾の人々の自決権を主張、台湾独立を訴え続けられた。黄昭堂先生とそのご家族が受けた様々な迫害やご苦労を考えると、学ぶべきことはあまりにも多い。直接のご薫陶を受けることができなかったことは残念至極である。

 年が明けて、1月14日には立法委員選挙とともに総統選挙が行われ、結果は馬英九総統の続投が決まった。私も国際監視委員会の一員として結果を日本から見守ったが、台湾の国民の意思を尊重しつつ、今後4年間の動きを注視し続けたい。

 「台湾なくして、日本なし。日本なくして、台湾なし」の思いで、今後も日台共存を進めることが、黄昭堂先生のご労苦に報いる道と肝に銘じたい。


3>>『黄昭堂追思文集』頒布のご案内
   李登輝元総統、安倍晋三、小池百合子、櫻井よしこ、金美齢など関係者91名が寄稿

 台湾の2・28事件記念日を期し、李登輝元総統、蔡英文・民進党主席、蔡焜燦・李登輝民主協会理事長、許世楷・前台北駐日経済文化代表処代表、安倍晋三・元首相、小池百合子・衆議院議員、金美齢・元台湾総統府国策顧問、櫻井よしこ・ジャーナリストなど台湾と日本の有縁の人々91名の寄稿により『黄昭堂追思文集』(台湾独立建国聯盟編纂)が刊行された。

 本書は、黄昭堂先生が日台の人々からいかに慕われていたかを如実に示すとともに、その偉大な足跡を書き留める。また、台湾独立運動の本質や日台関係の深遠にも触れることができる。