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Webで見る(バックナンバー) ⇒ http://www.melma.com/mb/backnumber_45206/
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「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
平成24(2012)年 2月29日(水曜日)
通巻第3575号
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次期駐日代表に無名の外交官(外務次官)は日本のアグレマン無し
憑寄台(現大使)は表向き「引退」。五月に外務大臣就任の可能性大
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台湾外交部は2月28日、突然の人事を発表した。次期駐日代表(日本大使)に外務次官の沈斯淳(58歳)を充てる、と。
台湾の『リンゴ日報』によれば、この人事は外交上通例とされる相手国の同意(アグレマン)が必要だが、発表直前に日本側の通知しただけにおわったと報じている。
もっとも日本と台湾には外交関係がないため、このような措置が執られたとしても外交問題にはならない。
陳斯敦は外交官32年のベテランでオタワ、バンクーバー、北米協会(事実上の駐米大使館)などのあとチェコ大使を歴任し、外務次官。日本語は独学で学び、半年以内に日本語で演説してみせます、とインタビューに答えている。
さて現在の駐日代表は憑寄台(65歳)。馬英九総統の親友。少年時代までは東京の麻布中学に通い、日本語の最学習はしたがって就任後、短時日に完了させ、大使就任から僅か半年で流ちょうな日本語をあやつり、各新聞に台湾の意見を寄稿した。
その論文のどれもが、台湾の立場の説明というより馬英九外交の狙いを説明し、国民党の立場を強固とする内容(たとえばサンフランシスコ条約の解釈)。
馬が総統に立候補した初回選挙(2008年)でも憑大使は早くから陣営のスポークスマンと外交顧問を兼ねた。今回は「母親の看病」のため引退というのが表面上の理由だが、台湾政界を駆けめぐり噂は、次の外務大臣。
筆者も一月に総統選挙取材の際、何人かの情報通から同様の噂を耳にした。
○○○ ◎◎◎
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樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム 樋泉克夫のコラム
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♪
樋泉克夫のコラム
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【知道中国 719回】
――ボクたちだって革命戦士だったんダイ・・ッてか
『両個小旅客』(上海港工人業余写作組写 上海人民出版社 1973年)
△
文革期に出版された革命教育のための典型的な絵本である。
その日早朝、金ばあさんは9歳の金鈴チャンと7歳の金銘クンの2人の孫の手を引いて上海の客船埠頭事務所を訪ね、「孫2人だけで建設事業支援に出向いている両親を訪ねることになりました。どうか宜しくお手配願います」と頭を下げた。
応対した担当職員の魏剛が「今晩、折りよく重慶行きの便がありますけど、どうしますか」
ひとまず帰宅し旅支度を済ませ、3人は夕方に埠頭へ。
すると魏剛が「おばあちゃん、私が2人の面倒を見させてもらいますから、どうぞ安心を」。おばあちゃんは金鈴チャンの肩を抱きながら、「埠頭の姿は日に日に一新されてゆく。昔とは全くの様変わりだ。30年昔の大晦日の晩、この子たちの父親を連れて田舎で乗船したが船中の凄まじさ、上海に到着して下船した時の混乱ぶりは、まったく口では言い表せない・・・」と声を震わせる。すると金鈴チャンはおばあちゃんの話と目の前に広がる埠頭の素晴らしい風景を較べ、旧社会への怒りを募らせ、復仇を深く心に誓った。
さらに、おばあちゃんは事務所の壁に掛けられた毛沢東の肖像画を指差し、「世の中を大きく作り変えたのは、なんといっても毛主席の素晴らしくも有り難いお導きの賜物ですよ」
魏剛は金銘クンを抱きあげて、「今晩、2人は大型客船に乗るんだゾ。いいかい黄浦江、長江だけじゃあないんだよ。新しく建設された南京長江大橋、ダムなどを目にすることができるんだ。今年は、とってもステキな春節が過ごせるね」
やがて2人は魏剛の上司の林さんが待つ事務所へ。そこへ「リーン、リーン」と電話だ。林さんは受話器を手に険しい顔をしながら金鈴チャンに向かって、「大事な要件が起きてしまった。いい子だから、弟の面倒をみているんだよ」と事務所を後にする。
どうやら、あのクソッタレが逃げだしたらしいのだ。
2人が事務所の窓から埠頭を見遣ると、煌々たる灯りのなかでクレーンが唸りを挙げ、多くの作業員が一生懸命に働いている。
荷物が下ろされ、船積みされ。銅鑼の響きが天を衝き、爆竹が鳴り、「毛主席バンザイ、文革バンザイ」の声が埠頭全体にこだまする。建設のために各地に出発する人々を見送ろうというのだ。
すると窓の外の暗がりのなかを、怪しい人影が通りすぎた。金鈴チャンは心に、「おや、あいつは数日前に町会の集会でみんなから批判されたゴロツキの反革命ヤローじゃないかな。埠頭で、なにをしようっていうんだろう」。
そんな彼女の耳に、「断固として階級闘争を忘れてはならない」との毛沢東の教えが聞こえてきた。すると急用で出かけていった林さんのことが頭を過ぎる。「あの逃亡ヤローを捉まえに行ったんだ・・・」
さっそく2人は事務所を飛び出し犯人を追いかけ、追い詰める。林さんがやって来て、民兵も駆けつける。怒りの眼差しの2人の子どもと一緒に、旅客や民兵たちは逃亡犯批判集会を開く。みんな『毛主席語録』を手に口々に「毛主席の紅小兵の心の目は光り輝き、こんなにも勇敢なんだ」。
2人の機転で犯人は無事に逮捕された。めでたし、メデタシ。
2人は甲板に立ち勝利の微笑みを浮かべ手を振って埠頭のみんなに別れを告げた、とさ。それにしても、絵本で完璧な革命学習をされたはずの紅小兵世代は、今や50歳前後で金満中国の牽引世代となっているはず・・・三つ子の魂。
フーン、そんなもん、知るかい。
《QED》
○
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読者の声 どくしゃのこえ 読者之声
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(読者の声1)既にお読みになっている方もあるかと思いますが『WiLL』4月号に渡部昇一先生の力作論文「原発興国論」が掲載されました。
今では放射線は人間にとって不可欠な存在であることが分かっており(カリウム40により普通の人は大体6000ベクレルの放射線を持っており、これを取り除くと人間は死亡する)、又低放射線は人体に害があるどころではなく、免疫力を高めガンになりにくくするなどの効果のあることも解明されているのに、何故依然として放射線害悪論、放射能ヒステリーが横行しているのか。しかも学会においてもLNT仮説という迷信がまかり通っているのはなぜなのか。
この疑問に対してたいへんわかりやすい事例を交えながら、極めて論理的に回答を与えてくれています。この説明を読んでなおかつ放射線恐怖症が全くおかしいということが理解できない人がいるとしたら、その方の常識と論理的な判断力を疑いたくなります。
原発についても脱原発論の正体が余すところなく明らかにされています。要するに日本の不利益、中国・韓国に利益に直結する論にほかならないという事がよくわかります。
そもそも原発で死者など1人も出ていないのにこれを過剰に危険視するところから反原発・脱原発論は出発しています。誤ったスタートを何か絶対的な正義でもあるかのような前提にこの論は成り立っていますので、初めから間違っています。
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憑寄台(現大使)は表向き「引退」。五月に外務大臣就任の可能性大
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台湾外交部は2月28日、突然の人事を発表した。次期駐日代表(日本大使)に外務次官の沈斯淳(58歳)を充てる、と。
台湾の『リンゴ日報』によれば、この人事は外交上通例とされる相手国の同意(アグレマン)が必要だが、発表直前に日本側の通知しただけにおわったと報じている。
もっとも日本と台湾には外交関係がないため、このような措置が執られたとしても外交問題にはならない。
陳斯敦は外交官32年のベテランでオタワ、バンクーバー、北米協会(事実上の駐米大使館)などのあとチェコ大使を歴任し、外務次官。日本語は独学で学び、半年以内に日本語で演説してみせます、とインタビューに答えている。
さて現在の駐日代表は憑寄台(65歳)。馬英九総統の親友。少年時代までは東京の麻布中学に通い、日本語の最学習はしたがって就任後、短時日に完了させ、大使就任から僅か半年で流ちょうな日本語をあやつり、各新聞に台湾の意見を寄稿した。
その論文のどれもが、台湾の立場の説明というより馬英九外交の狙いを説明し、国民党の立場を強固とする内容(たとえばサンフランシスコ条約の解釈)。
馬が総統に立候補した初回選挙(2008年)でも憑大使は早くから陣営のスポークスマンと外交顧問を兼ねた。今回は「母親の看病」のため引退というのが表面上の理由だが、台湾政界を駆けめぐり噂は、次の外務大臣。
筆者も一月に総統選挙取材の際、何人かの情報通から同様の噂を耳にした。
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【知道中国 719回】
――ボクたちだって革命戦士だったんダイ・・ッてか
『両個小旅客』(上海港工人業余写作組写 上海人民出版社 1973年)
△
文革期に出版された革命教育のための典型的な絵本である。
その日早朝、金ばあさんは9歳の金鈴チャンと7歳の金銘クンの2人の孫の手を引いて上海の客船埠頭事務所を訪ね、「孫2人だけで建設事業支援に出向いている両親を訪ねることになりました。どうか宜しくお手配願います」と頭を下げた。
応対した担当職員の魏剛が「今晩、折りよく重慶行きの便がありますけど、どうしますか」
ひとまず帰宅し旅支度を済ませ、3人は夕方に埠頭へ。
すると魏剛が「おばあちゃん、私が2人の面倒を見させてもらいますから、どうぞ安心を」。おばあちゃんは金鈴チャンの肩を抱きながら、「埠頭の姿は日に日に一新されてゆく。昔とは全くの様変わりだ。30年昔の大晦日の晩、この子たちの父親を連れて田舎で乗船したが船中の凄まじさ、上海に到着して下船した時の混乱ぶりは、まったく口では言い表せない・・・」と声を震わせる。すると金鈴チャンはおばあちゃんの話と目の前に広がる埠頭の素晴らしい風景を較べ、旧社会への怒りを募らせ、復仇を深く心に誓った。
さらに、おばあちゃんは事務所の壁に掛けられた毛沢東の肖像画を指差し、「世の中を大きく作り変えたのは、なんといっても毛主席の素晴らしくも有り難いお導きの賜物ですよ」
魏剛は金銘クンを抱きあげて、「今晩、2人は大型客船に乗るんだゾ。いいかい黄浦江、長江だけじゃあないんだよ。新しく建設された南京長江大橋、ダムなどを目にすることができるんだ。今年は、とってもステキな春節が過ごせるね」
やがて2人は魏剛の上司の林さんが待つ事務所へ。そこへ「リーン、リーン」と電話だ。林さんは受話器を手に険しい顔をしながら金鈴チャンに向かって、「大事な要件が起きてしまった。いい子だから、弟の面倒をみているんだよ」と事務所を後にする。
どうやら、あのクソッタレが逃げだしたらしいのだ。
2人が事務所の窓から埠頭を見遣ると、煌々たる灯りのなかでクレーンが唸りを挙げ、多くの作業員が一生懸命に働いている。
荷物が下ろされ、船積みされ。銅鑼の響きが天を衝き、爆竹が鳴り、「毛主席バンザイ、文革バンザイ」の声が埠頭全体にこだまする。建設のために各地に出発する人々を見送ろうというのだ。
すると窓の外の暗がりのなかを、怪しい人影が通りすぎた。金鈴チャンは心に、「おや、あいつは数日前に町会の集会でみんなから批判されたゴロツキの反革命ヤローじゃないかな。埠頭で、なにをしようっていうんだろう」。
そんな彼女の耳に、「断固として階級闘争を忘れてはならない」との毛沢東の教えが聞こえてきた。すると急用で出かけていった林さんのことが頭を過ぎる。「あの逃亡ヤローを捉まえに行ったんだ・・・」
さっそく2人は事務所を飛び出し犯人を追いかけ、追い詰める。林さんがやって来て、民兵も駆けつける。怒りの眼差しの2人の子どもと一緒に、旅客や民兵たちは逃亡犯批判集会を開く。みんな『毛主席語録』を手に口々に「毛主席の紅小兵の心の目は光り輝き、こんなにも勇敢なんだ」。
2人の機転で犯人は無事に逮捕された。めでたし、メデタシ。
2人は甲板に立ち勝利の微笑みを浮かべ手を振って埠頭のみんなに別れを告げた、とさ。それにしても、絵本で完璧な革命学習をされたはずの紅小兵世代は、今や50歳前後で金満中国の牽引世代となっているはず・・・三つ子の魂。
フーン、そんなもん、知るかい。
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(読者の声1)既にお読みになっている方もあるかと思いますが『WiLL』4月号に渡部昇一先生の力作論文「原発興国論」が掲載されました。
今では放射線は人間にとって不可欠な存在であることが分かっており(カリウム40により普通の人は大体6000ベクレルの放射線を持っており、これを取り除くと人間は死亡する)、又低放射線は人体に害があるどころではなく、免疫力を高めガンになりにくくするなどの効果のあることも解明されているのに、何故依然として放射線害悪論、放射能ヒステリーが横行しているのか。しかも学会においてもLNT仮説という迷信がまかり通っているのはなぜなのか。
この疑問に対してたいへんわかりやすい事例を交えながら、極めて論理的に回答を与えてくれています。この説明を読んでなおかつ放射線恐怖症が全くおかしいということが理解できない人がいるとしたら、その方の常識と論理的な判断力を疑いたくなります。
原発についても脱原発論の正体が余すところなく明らかにされています。要するに日本の不利益、中国・韓国に利益に直結する論にほかならないという事がよくわかります。
そもそも原発で死者など1人も出ていないのにこれを過剰に危険視するところから反原発・脱原発論は出発しています。誤ったスタートを何か絶対的な正義でもあるかのような前提にこの論は成り立っていますので、初めから間違っています。