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◎佐藤守   「大東亜戦争の真実を求めて 352」
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「山本は日独伊三国軍事同盟の締結に対し、米内海軍大臣、海軍省軍務局の井上成美らとともに最後まで反対した人物」で、この事から「海軍条約派三羽鴉(海軍左派)」とも言われている。中には、日本陸軍や外務省の提案に対して海軍の方針を示していただけで、「海軍本来の対案を出すなど積極的姿勢を見せることはなかった」という指摘もある。

海軍、と言っても山本達3羽鴉の三国同盟に対する反対理由は主に「米英との関係が悪化して支那事変解決が難しくなる」「日ソ開戦の場合ドイツは距離が遠すぎて援助・支援が期待できない」「条約で日本が損をする項目があるのではないか」「軍事同盟締結によりドイツ・イタリアに中国大陸の権益を要求される懸念がある」などというものであったが、海軍の出番がないことが不満だったのではないか?

「勝つ司令部負ける司令部=東郷平八郎と山本五十六」(生出寿著:新人物文庫)の中で、著者の生出氏(海兵74期)は、米内海軍大臣、山本次官、井上成美軍務局長(昭和12年9月就任)の「日独伊3国同盟反対理由」について、直接元井上校長から聞いた話として次のように語っている。

≪米内海相の反対理由は、「陸軍が支那を植民地にしようとしているが、イギリスが長い間資本を投入してやっているのに勝てるわけがない。それを三国同盟をむすび、武力で蒋介石政権を倒して支那を植民地にしようとすれば、支那とイギリスの二国と戦わなければならなくなる。それは無理だ」というもので、山本次官は「三国同盟を結べば、アメリカと戦争になるが、日本はアメリカに勝てない」であった。

井上軍務局長は「三国同盟を結んでも、ドイツ、イタリアにトクをさせるだけで、日本は火中の栗をひろわされ、何のトクもしない(生出注:日本はドイツ・イタリアのために危ないことをさせられるだけで、ドイツ、イタリアは日本のために少しも役に立たない)。それに、支那、イギリス、アメリカ相手に戦争をやっても大義名分が立たない(同:日本が中国を植民地にしようとし、イギリス、アメリカが中国を助けてそれを阻止しようというのでは、日本に道理がない)。大義名分の立たない戦では国民が支持しないから駄目だ」であった≫

ここで「陸軍はシナを植民地化しようとしている」という発想を、海軍大臣が抱いていたという事には驚く。盧溝橋で事変に誘い込まれた現地陸軍部隊は懸命に停戦に向けて努力していた。確かに海軍から見れば、陸軍は事変対処が不適切で、非拡大化に失敗したと受け止められたであろうが、さりとてこれを、支那を植民地化しようとしていると受け止めるのは如何なものか?と私は思う。

盧溝橋事件を素直に分析すれば、これまた“罠”であったことは容易に察しがついたはずだ。「コミンテルンの罠だ」と考えるよりも、わが陸軍が植民地化しようとしていると捉えるほど陸海軍間には不信感が強かったのか?

生出氏は「ともかく、悪魔の同盟としか言えない日独伊三国同盟は、米内、山本、井上のトリオが海軍省にいる間は、その強い反対によって、締結を阻止されていた」と書いているが、三国同盟は、陸軍が主導的に締結に持ち込んだものではなく、時の松岡外相が独断的に結んだものだから、国家施策であったというべきであろう。それを米内海相は、「三国同盟をむすび、武力で蒋介石政権を倒して支那を植民地にしようとすれば、支那とイギリスの二国と戦わなければならなくなる」と発言したというが、この主語が“陸軍”であるとすれば完全な誤解と言える。

ところが昭和14年8月に、ドイツが一方的に日独防共協定を破って「独ソ不可侵条約」を結ぶという“裏切り行為”を働いたため、平沼騏一郎首相が「欧州の天地は複雑怪奇…」と言って政権を投げ出し、三国同盟阻止勢力たる米内、山本、井上の“海軍左派トリオ”も解散してしまう。

こうして8月20日に阿部内閣が発足すると、山本五十六中将は連合艦隊司令長官(兼第一艦隊司令長官)に就任し、米内海軍大臣の後任には吉田善吾(前連合艦隊司令長官)が内定する。この時山本は引き続き次官として吉田を補佐することを米内に望んだが、米内は「じつはね、この前君が来たとき、ちょうど居合わせた男がいたろう。あれは紹介しなかったが、有名な占いだよ。その後またやってきて、君の顔に死相が現れている。気をつけなければいけない、と言っていた。妙な話だが、どうもその言葉がひっかかってね。まあしばらく安全な海上暮らしをするさ……。そのうちまた二人で日本のために矢面に立たなければならん時期が来るかもしれぬから、今回君を大臣に推薦しないで連合艦隊司令長官にしたんだ」と言ったとされる(生出氏)。占い師と近代海軍…とはいささか不釣合いだが、米内が、山本が暗殺されることを恐れ、安全な場所、つまり連合艦隊司令長官として軍艦長門の中へ避難させる人事を行ったことが、結果的に情に流れた甘い人事と批判され、米内の
弱い性格を表す失点であった、とされるが同感である。

生出氏は続ける。≪山本ははじめ、山本と兵学校同期(三一期)で、今回連合艦隊司令長官から海軍大臣になった吉田善吾中将の次官にとどまり、日独伊三国同盟締結の阻止と、日米戦阻止に努力したいと言ったが、米内のこの話を聞くと、一言もなく、ありがたく受けることにしたという。その米内は、海軍省経理局長の武井大助中将に、なぜ山本を大臣にしなかったのかと聞かれたとき、「山本を無理にもってくると、殺されるからねえ」と答えている≫

米内光政(海兵二九期)、山本五十六(三//